俺は悲しき猫である

西の茶店

読切(脚本)

俺は悲しき猫である

西の茶店

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〇撮影スタジオ
  俺は猫である。
  
  名前はマリーだ。
  
  なぜ俺が猫で、なぜマリーなのかは、俺もよくわからない。

〇撮影スタジオ
  俺はどうやら、生後四か月の三毛猫のメスらしい。
  
  なぜ一人称が「俺」なのかというと、前世の記憶が残っているからだ。

〇撮影スタジオ
  俺は城田祥太郎42歳。中堅企業勤務のサラリーマン。妻と娘がいる。
  
  いや、いたはず、だった。

〇撮影スタジオ
  それがどうしてこうして、今はマリーと呼ばれて保護猫シェルターの世話になる毎日だ。

〇撮影スタジオ
  そして、自分の手がクリームパンのような愛らしい手であり、ひげがあり、耳があり、しっぽがあり、三毛猫であると認識したのだ。

〇撮影スタジオ
  どうやら前世の記憶を持ったまま、俺は猫に転生したらしい。

〇大ホール
  そして今日、「譲渡会」なるものに参加している。

〇大ホール
奈苗「マリー、いい里親さんが見つかるといいわねー」

〇大ホール
マリー「そうだな。いつまでも世話になってるわけにはいかんからな」
奈苗「んー、いいお返事ね、マリー」
  人間には俺が何を言っても「にゃー」にしか聞こえないらしい。不便なものだ。

〇大ホール
奈苗「この子は三毛猫の女の子でマリーでーす」
  譲渡会というものは意外に盛況らしく、家族連れも多い。

〇大ホール
桃花「ママ、この子かわいいね」
いずみ「ほんとね。小っちゃくてかわいいわね」
マリー「・・・ん?この声、聞き覚えが・・・?」

〇大ホール
いずみ「パパもいなくなったし、この子にしちゃう?」
桃花「いいの!?」
マリー「いずみ!?桃花!?」
  そこには、記憶の中のまま変わらぬ姿の俺の妻と娘がいた。

〇大ホール
マリー「俺だ、パパだ!桃花!」
奈苗「マリーちゃん、抱っこしてみます?」
いずみ「マリーちゃんていうんですか?抱っこしてもいいんですか?」
  奈苗さんがケージを開けて、じたばたする俺を抱き上げて娘の桃花の腕に俺をふわりとおろした。

〇大ホール
マリー「桃花、桃花!パパだよ!」
桃花「マリーちゃん、にゃー♡」
  桃花には言葉は通じず、猫の俺に頬ずりをしてくすぐったそうにきゃっきゃと笑った。

〇大ホール
いずみ「昨年、父親が交通事故で亡くなってしまいましてね・・・。娘のためにも、家族を増やしてあげたいんです」
マリー「昨年!?俺は死んでたった一年もたたずに猫に転生したのか!?」
奈苗「そうなんですか・・・」

〇大ホール
マリー「俺は、俺は、たった一年で忘れられてしまう程度の男だったのか・・・」
  急にしょんぼりした俺を、桃花は心配したようによしよしと撫ぜてくれた。
マリー「家族を増やすだなんて、再婚してしまうんだな・・・?」

〇大ホール
桃花「マリーちゃん、どうしたのー?」
奈苗「おやつあげてみますか?」
  奈苗さんが気を利かせて、俺のお気に入りのチューブ入りのおやつをいずみに手渡した。

〇大ホール
いずみ「桃花、抱っこしててね。 マリーちゃん、おやつですよー」
マリー「いずみ・・・」
  チューブをあけて、いずみが俺におやつを差し出した。
桃花「マリーちゃん?」

〇大ホール
いずみ「桃花、マリーちゃん、ママに抱っこさせて?」
桃花「いいよ」
マリー「いずみ?」
  いずみは俺を優しく抱き上げ、そっと頭を撫ぜた。

〇大ホール
いずみ「マリーちゃん、うちの子になってくれる?桃花もパパが亡くなって寂しいし、私も寂しいの」
いずみ「あなたが来てくれたら、きっと私たち楽しくなるわ。桃花一人だとまだ泣いちゃうこともあるから、桃花の妹になってくれる?」
マリー「・・・いずみ、桃花・・・すまなかった・・・!」
  俺はいずみにしがみつき、にゃーにゃーと鳴いた。

〇大ホール
マリー「お前たちを残して、死んでしまって、すまなかった・・・!」
奈苗「まあ、マリーちゃんがずいぶん懐いていますね。二週間お試しされますか?」
  奈苗さんがおススメしてくれたおかげで、いずみはすんなりうなずいた。

〇大ホール
いずみ「ぜひお願いします。できれば、そのまま飼いたいと思っています。ね、桃花」
桃花「いいの?ママ?」
  ぴょんぴょんと飛び跳ねて、桃花が喜んだ。
  
  そうだ。桃花はずっと、動物が飼いたいと言っていたっけ。
  まだ桃花が小さいからダメだと、俺が反対していたんだった。
  
  それなのに、そんな桃花に俺が飼われることになるとは・・・。

〇大ホール
いずみ「祥太郎さんがいなくなって、初めて気づいたの。普段、どれだけ愛してるなんて言ってなかったかって」
いずみ「だから、これからはいっぱい言わなきゃね。ね、マリーちゃん」
マリー「いずみ・・・俺も、愛してる・・・生きてるときは、言えなくて、ごめんな」
桃花「ママずるいー、桃花もー!マリーちゃん大好き!」

〇大ホール
桃花「ママずるいー、桃花もー!マリーちゃん大好き!」
マリー「桃花・・・前はパパのこと好きって言ってくれなかったのに。俺は嬉しい・・・こんな姿になっても、おまえたちの傍にいられるなら」
  桃花に渡され、俺は桃花に背中をよしよしされて思わずのどを鳴らした。

〇大ホール
桃花「マリーちゃん、気持ちいい?」
マリー「ああ、とても気持ちがいい。桃花は優しいなあ」
  そうか、家族を増やすって、俺を飼うってことだったんだな。
  
  早とちりをしてしまった。
  
  いずみ・・・申し訳ない。
  こんな俺を愛してると言ってくれて、ありがとう。
  
  俺も、愛してるよ。
  
  猫の寿命だから、また先に死んでしまうだろうけど。

〇大ホール
マリー「マリーとして、絶対絶対、幸せにするから!だから、パパとしての俺のことも、忘れないでくれ!」
いずみ「はいはい、マリーちゃん。申し込みしてくるから、桃花と待っててね」
  いずみは桃花と俺の頭をポンポンして、奈苗さんとブースの方へ行ってしまった。

〇大ホール
桃花「マリーちゃんって名前、かわいいね。名前どうしようかって、ママと相談してたんだけど、マリーちゃんのままでいいね!」
マリー「桃花がつけてくれるなら、何でもいいぞ!」
  桃花の手に顔をスリスリすると、桃花は嬉しそうに笑った。

〇大ホール
桃花「今日から桃花と一緒に寝ようね、マリーちゃん」
マリー「え、いや、一緒に寝るのはちょっと・・・」
桃花「帰ったら、ママと桃花と一緒にお風呂に入ろっか」
マリー「いやいやいや、いくらなんでもそれは無理だ!」
  慌てる俺をお構いなしに、桃花の妄想は膨らみ続ける。

〇大ホール
桃花「かわいいお洋服も着て一緒に写メも撮ろうね♡」
マリー「猫は人形じゃないぞ、桃花」
  やはり、小さいころに動物を飼って、きちんと教えておくべきだっただろうか・・・。
  俺を抱きしめてふんふんと鼻歌を歌いながら、桃花はいずみのもとへ歩いて行った。

〇大ホール
桃花「ママー、終わったー?」
  ブースでは奈苗さんといずみが談笑しながら手続きをしている最中だった。
奈苗「もうすぐ終わりますよ。マリーちゃんと待っててくださいね」
  奈苗さんが俺と桃花に向かって言うと、桃花は「はーい」と頷いた。
  
  世話になった奈苗さんとも、お別れか。
  こんな奇妙な転生猫を世話してくれてありがとう。
  
  いつもくれるカリカリ美味しかったよ。
  そうか、俺はまたあの家に帰れるんだな。
  
  新婚5年目で買った、35年ローンの家に・・・。

〇大ホール
いずみ「桃花、マリーちゃんをキャリーケース入れてくれる?」
桃花「はーい」
  準備してきたらしいキャリーケースに俺は入れられて、いよいよ懐かしい家へ帰るカウントダウンが始まった。

〇大ホール
奈苗「今まで使ってたケージをお貸ししますので、トライの間はお使いください。お車まで運ぶの手伝いますね」
いずみ「ありがとうございます」
  奈苗さんが俺が今まで入ってケージをたたみ、会場を出て見覚えのある車のハッチを開けていずみと一緒に積み込んだ。

〇停車した車内
奈苗「お気をつけて。元気でね、マリーちゃん」
マリー「奈苗さん、お世話になりました」
  俺、猫になったけど、幸せになるよ。
  
  桃花は助手席に乗り込み、俺が入ったキャリーケースを抱きしめた。

〇停車した車内
桃花「20分くらいだからねー、マリーちゃん」
マリー「そうか、その程度のものだったのか」
  転生しても出会うべくして出会ったんだな。
  
  もうこれは運命だ。俺はいずみと桃花に再会する運命!
  たとえ言葉が通じなくても。
  
  桃花の腕に抱いてもらうことができる。
  
  いずみに頬ずりすることができる。
  猫でよかった。
  
  一緒にいることができて。

〇停車した車内
桃花「ママ、今日からマリーちゃんと一緒に寝てもいい?」
いずみ「今日はスタッフの方がケージに入れて落ち着くのを待ってあげてって言ってたわよ」
桃花「えーそーなのー?」
  助かったぞ、奈苗さん。

〇停車した車内
桃花「じゃあ、何日かしたら、いいの?」
いずみ「そうね、マリーちゃんがおうちに慣れてくれたら、考えてみましょうね」
桃花「お風呂も一緒に入る?ママも?」
いずみ「猫ちゃんはそんなにお風呂に入れなくていいのよ、桃花」
マリー「ナイスだ、いずみ!」

〇停車した車内
桃花「えーみんなでお風呂入りたいー!」
いずみ「なんでそんなにマリーちゃんとお風呂に入りたいのよー」
マリー「そうだ!俺は一緒にお風呂には入りたくないんだ!」
  はしゃいでいるうちに、見覚えのある家が見えてきた。
  ああ、帰ってきた。
  
  帰ってこられた。
  
  車が駐車場に入り、桃花がキャリーケースを抱えたまま降りた。

〇一軒家
いずみ「桃花、先に入ってパパを呼んできて」
桃花「はーい」
マリー「え、パパ?」
  桃花は玄関を開けずに、インターホンを押した。

〇一軒家
恭介「おかえりー、桃花」
  玄関が開き、見知らぬ男が出てきた。
桃花「ただいま、パパ。この子、マリーちゃん!」
マリー「お、お、俺の35年ローンの家に、知らない男がいる!!」
  しかも、パパ!?
  
  俺が死んで、たった一年で!?

〇一軒家
いずみ「ただいま、恭介さん。ケージ運ぶの手伝ってくれる?」
恭介「ああもちろん。かわいい子が見つかってよかったね」
マリー「新しい家族って、こいつのことだったのか、いずみー!!」

〇一軒家
マリー「新しい家族って、こいつのことだったのか、いずみー!!」
  ケージを運ぶ男に、いずみが俺の目の前でキスをした。
いずみ「愛してるわ、恭介さん」
恭介「どうしたんだ?いずみ。マリーちゃんが見てるぞ?」
マリー「そうだ、俺が見てる前でなんてことするんだ!やめろ、やめてくれ!」

〇一軒家
いずみ「愛してるって、伝えるの、大事だなって、今日なんかすごく思ったの」
マリー「それは俺に言うはずの台詞だろう!!」
桃花「もうー。ママー、パパとイチャイチャする前に、早くマリーちゃんのおうち作ってよー!」
マリー「作らんでいい!俺はもう帰る!奈苗さん、奈苗さーん!!助けてくれえぇー!!」

〇シックなリビング
  天国から地獄とはまさにこういうことなのだろう。
  
  泣き叫ぶ俺に気づいてくれる者など誰もいない。
  そう。俺は猫である。
  
  名前はマリー。
  
  城田祥太郎42歳の生まれわかり。

〇シックなリビング
  頼む。誰か助けてくれ。
  元嫁が俺より年下のイケメンを捕まえて、イチャイチャしている日常に、俺が強制参加させられている悲しい日々を。

〇シックなリビング
  猫の平均寿命は12~18年。
  
  俺は、悲しき猫である・・・。
  
  
  
  END

コメント

  • 途中までは完全に良い家族に巡り会えたなぁと感動していましたが…。まさかの結末…。
    許されん!!と言っても悲しみを忘れるためには仕方のないこと?

  • 転生して、元の家族に再会といううれしいお話なのに…何か違う。
    でも、これもまた人生ならぬ猫生なのか?家族に愛されて過ごせるといいな。

  • 猫に転生して、自分の元嫁が再婚して、しかも年下イケメンとイチャイチャするなんて。悲しさ、苦しさ、絶望。なんだかなー。地獄だな。

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