灰色のカルテジア

八木羊

第13話 ディアボリカ・アルモニカ(脚本)

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〇ジャズバー
  扉を開けて入ってきた八十島先輩は、
  白黒のホールを怪訝そうな顔で見回した
  そしてステージ上の天使に気づくと、
  それに近づこうとした
キリエ「先輩ダメ!」
カオル「・・・・・・!?」
首のない天使「ああああああ!!!!」
  また、あの甲高い声。先輩も頭を抱える。
  まさか、それがそんな凶悪な怪物だとは
  思ってもいなかっただろう
イツキ「先輩の声なら、 アイツの声にも勝てるんじゃないか!?」
キリエ「え!?」
  天使の声のせいで、
  お互いの声が聴きづらい
  満員電車の中で会話するように
  お互い声を張り上げる
イツキ「一瞬だけど、 僕の声でもアイツの声はかき消えた!」
キリエ「大声ならいいってこと!?」
イツキ「ただ大きいだけじゃ駄目だ! 現に今、 僕らの声はあの怪物に何の効果もない!」
イツキ「たぶん必要なのは、相手の声に かき消されないような通る声だ!」
イツキ「聞いてましたよね、カオル先輩! あの天使にも通るような大声を上げてください!」
  八十島先輩にも話は
  聞こえていたのだろう。
  しかし、彼はしかめっ面のまま動かない
キリエ「事情はあとで説明します! ともかく今はイツキの言う通りに!」
カオル「・・・・・・」
  それでも八十島先輩は動かず、代わりに
  困ったような顔で、マスクを下にずらした
イツキ「先輩、その口は・・・」
  八十島先輩の口は上唇と下唇が赤い糸で
  縫い合わされていて、見ているだけで
  こっちまで痛くなりそうだった
キリエ「その口は・・・」
  戸惑う私たちをよそに、天使は何か興奮
  したように羽ばたき、叫び声をまき散らし
  ながら八十島先輩に突進していった
イツキ「先輩!?」
  天使は八十島先輩に馬乗りになり、
  その首に手をかけていた
キリエ「させないっ!!」
  ダイヤの脚で駆け出す。そのグロテスクな
  翼に狙いを定め、力強く踏み込む
イツキ「駄目だ!」
首のない天使「ああああああ!!!!」
キリエ「きゃっ・・・」
カオル「っ!!」
  私が飛ぶより先に、
  羽ばたきとともに絶叫がこだまする
  私はとっさに耳を塞いだが、
  天使の足元で八十島先輩が頭を抱え、
  のたうつのが見える。完全に悪手だった
イツキ「無理に手を出せば・・・ カオル先輩が危ない・・・」
首のない天使「Lauda・Lauda・LaLa・Lauda・・・」
  手をこまねく私たちをあざ笑うように、
  翼が歌い出す。
  何十もの唇の斉唱はさざ波のよう
  禍禍しいコーラスとともに
  天使が先輩の首に再び手をかける
  まるでその逞しい喉の中にある
  何かを探るように
キリエ「先輩!」
カオル(ヒドい歌声だ・・・)
  なんで世界が白黒なのか?
  なんでそこにキリエとイツキがいるのか?
  なんで自分の口は
  縫い閉じられているのか?
  そして、なんで俺は首のない怪物に
  絞め殺されそうになっているのか?
  まるで考えが追い付かない
カオル「うっ・・・」
  喉を絞める力が強くなる。この怪物は自分の喉を潰そうとしているのか。いや・・・
カオル(声を奪おうとしている・・・?)
  翼から放たれる声は、
  どれも苦痛の中であがる今際の悲鳴のよう
  この無数の唇は、そんな誰彼の絶唱の
  コレクションなのでは?
  酸欠気味でもうろうとなる頭の中で、
  飛躍したイメージが浮かぶ
カオル(なら、俺の声も、 そのヘタクソなコーラスの一つに?)
カオル(・・・やめろ。触れるな。奪うな。 この声は、俺の、俺だけの・・・)

〇黒背景
女性の声「高音が揺らいでる。 そろそろ限界なのかもしれない」
  変声期なんて自然のこと。
  だから当然覚悟はしてた
  だけど、天使と言われたこの声だけは
  例外なんじゃないかと、淡い期待もあった
女性の声「大人の声になっても、ファルセット、 カウンターテノール・・・ 高音を出すテクニックはいくらでもあるわ」
  優しい声音の裏に聞こえる落胆の響き。
  仕方ない
  天使に求められるのは、汗臭い努力
  ではなく、無邪気な超越なのだから
  すでに羽はもげかけていた。
  失墜するのは、時間の問題だった
カオル「決定的だったのは、忘れもしない。 中3の合唱コンクール、 表彰式のあとの部室で・・・」

〇黒背景
野太い先輩の声「ウチのクラス、合唱部が5人もいて、入賞 すらできなかったとかマジ赤っ恥だわ。 つか、なんで中等部のやつが入賞すんだよ」
やや高い先輩の声「入賞したの八十島のいるクラスだよ。 ほとんど、あいつのソロパートのおかげ」
やや高い先輩の声「無駄に図体デカいくせに、あんな甲高い ソプラノとか、マジきもいし。 百瀬もアイツを贔屓しすぎだっての・・・」
カオル「・・・そこ、どいてもらっていいですか? 部室に用があるんで」
やや高い先輩の声「あ、やべっ・・・」
カオル「・・・・・・」
野太い先輩の声「待てって。 上級生、負かしてさぞいい気分だろ?」
野太い先輩の声「なあ、その女みたいに甲高い声、 どうやったら出せるんだよ? ラララ~って」
  引き鉄はその上級生のふざけた歌声。
  聞いた瞬間、体中の血液が沸騰し、
  喉に集まった
カオル「・・・黙れ。黙れ黙れ黙れっ!!!」
  あとは喉から迸るものに任せて、
  拳を叩きつけていた
女性の声「八十島君!? なんでこんなことを・・・」
カオル「・・・あ、あぁ・・・」
  我に返った時、手は真っ赤で、
  足元には上級生たちが転がってた
  でもそれ以上に
  はっきり覚えているのは・・・
カオル「喉が、焼けるように熱い・・・」
  あの日、無垢な天使の歌声は失われた。
  残ったのは低くかすれた声と、
  非行少年というレッテルだけだった

〇ジャズバー
カオル(・・・何が失われたって? 俺は こんな天使になるために歌ってたのか?)
カオル(・・・違う。歌えるなら、 悪魔と取引したって、いや、 悪魔そのものになったって構わない)
カオル「俺の・・・口を塞ぐな・・・ 俺から、声を奪うな!!」
  手で口元を引っ掻く。ぶちぶちと
  唇を塞ぐ糸を力任せに引き千切る
  喉の奥から声にならない声が
  せり上がってくる
カオル「ああ、ああああ!」
  雄叫びがそのまま火になったように、
  口から青い火が溢れていく
  火は瞬く間に口元を覆い、やがて消えた。
  その代わりに残ったのは・・・
カオル(黒い、嘴・・・?)
  視線を下に向ければ、
  その黒く鋭い異形が嫌でも目に入る
  わからない状況が輪をかけて
  わからなくなっていた
キリエ「やっぱり・・・あの口は幻肢!」
イツキ「先輩! たぶん、今なら歌える! その声でそいつを!」
  後輩たちが何を言っているかも、
  まるでわからない。しかし・・・
首のない天使「Lauda・Lauda・LaLa・Lauda・・・」
カオル(いい加減・・・ そのクソみてえな囀りをやめろっ!)
  胃の底を焼くマグマのような怒りが、
  喉をのぼり、
  黒い嘴から清らかな聖歌になって響き渡る
カオル「LaLaLa~~~!!!」

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