水族館

サトJun(サトウ純子)

水族館(脚本)

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サトJun(サトウ純子)

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〇川沿いの公園
  ──約束の時間まであと10分。
  可奈子は時計を見ながら、ショーウィンドーに映る自分の姿をチェックしていた。
可奈子「ちょっとおかしいかしら」
可奈子「なにしろスカートなんて何年ぶりだから、どんなのを選べばいいのかわからなくて・・・」
可奈子「仕方がないわよね」
  頭で思えばいいだけのことなのに、自然と言い訳が口から漏れる。
可奈子「あの人はいつも遅れて来るから、きっと、あと20分くらい待つことになるでしょうね」
  可奈子は側にあったベンチに手をかけるとゆっくりと腰掛けた。

〇水族館前(看板無し)
  可奈子が初めて水族館に来たのは、
  まだ幼少の頃。
  両親と兄弟合わせて五人で来た。
  父と兄は二人でイルカのショーに夢中で
  可奈子は買ってもらった
  イルカのぬいぐるみに顔を埋めながら
  クスクス笑っていた。
  そんな風景を何回か見て──

〇水族館前(看板無し)
  次に水族館に来たのは学校の遠足でだった。
  ホッキョクグマのコーナーで
同級生(ホッキョクグマの彼)「すげー、すげー!」
  と、大騒ぎしているクラスの男子達を見ながら
可奈子「せっかく水族館に来たんだから、魚も見なさいよ!」
  などと、可奈子は可愛くないことを言っていた。
  その中にいた一人のことが
  気になっていたことに
  その頃の可奈子は
  なかなか気付けないでいた。
  そして次に来たのは
  可奈子がはじめて付き合った彼とだった。
  彼は、水槽が並ぶ薄暗い中に見つけた
  ミズクラゲを見て
彼(ミズクラゲの彼)「コイツを見ていると、なんだか落ち着く!」
  と笑っていた。
  可奈子はその横で、
  クラゲを見ているふりをして
  水槽に映る彼の顔ばかり見ていた。
  そして、その数年後。
  可奈子はのちに夫となる人と一緒に
  水族館に来た。
  彼はあまり魚には興味がなく
  歩きながら一緒にあれこれ話しているうちに
  時間が過ぎた。
  可奈子はそんな彼と付き合うようになり
  自然と水族館から足が遠のいていった。

〇水族館前(看板無し)
  それから忙しく年月が流れ
  次に可奈子が水族館に来たのは
  夫と小さな子供達とだった。
  息子はイルカのショーに釘付けになり
  夫はメガネや服が濡れることを気にして
  バスタオルを頭から被っていた。
  その姿を見て、可奈子は娘と二人で
「カオナシに似てるね」
  と、コソコソと笑った。

〇ソーダ
  何回か家族とのそんな風景を繰り返し
  子供達が大きくなると共に
  可奈子は水族館に行かなくなった。

〇飾りの多い玄関
  息子が、娘が。
  デートで水族館に行くのを見送った。

〇書斎
  夫が水槽の前で知らない女性と
  肩を組んで写っている写真を偶然見つけた。
  前でしゃがんでVサインをしている
  知らない小さな男の子は夫によく似ていた。
  そこには可奈子が知らない
  夫の笑顔があった。

〇病院の待合室
  同窓会の前振りで
  水族館に行くことに決まった時
  骨折をした義母の世話で忙しかった可奈子は
  欠席を伝えた。

〇おしゃれなリビングダイニング
  後に送られてきた集合写真の中に
  ” やっぱりミズクラゲが好きだ ”
  と、書いた紙を持って笑っている男性がいた。

〇水族館前(看板無し)
  可奈子の娘が里帰りしてきた時に
  孫に誘われて久しぶりに水族館に行った。
  途中で
  足腰が言うことをきかなくなってきたので
  お土産屋さんの近くで
  お茶を飲みながら待っていた。
  待っている時間は長かったが
  可奈子の心はいろいろな思い出だけで
  満たされていた。

〇レトロ
  いろいろあった。
  辛いことも悲しいこともいっぱいあった。
  本当にいろいろなことがあって今がある。
  心なんて絆創膏だらけ。
  でも、顔の皺も、お腹の傷も、心の傷も。
  今の可奈子にとって何一つ、
  その中にいらないものなんてない。
  むしろ、全てに愛おしいくらいの愛情がある。

〇水族館前(看板無し)
  そして今日。可奈子は久しぶりに
  自分の為に水族館に来た。
可奈子「もうちょっと髪の色は明るかった方がよかったかしらねぇ」
可奈子「いえいえ、そんなことしたら変に若作りしているみたいでみっともないわよね」
  可奈子の独り言はまだ続いている。
  そして、約束の時間が来た。
  そこには、可奈子を見つけて陽だまりのような笑顔で近付いてくる

〇水族館前(看板無し)
  白髪の男性の姿があった。

コメント

  • 何度読んでも、じんわりくる作品です!

  • 水族館に想いを馳せながら、人生のどの時期も重要だったと思えるほど充実感を得られる女性は本当に素敵だと思います。何かに逆らうことなく自然に生きた証が、今日の幸せなのでしょうね。美しいストーリーにこちらが心躍りました。

  • 最後に現れた男性が気になります。
    水族館にいっぱいの思い出があって、水族館自身も彼女の人生を見てきたことになるんですよね。
    たぶん数えきれないほどの人生を見てきただろうと思いました。

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