灰色のカルテジア

八木羊

第12話 オルフェは地下深くに(脚本)

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八木羊

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〇街中の道路
  八十島カオルは、他の生徒同様、
  まっすぐ駅に向かっているようだった
  萱沼とともに、
  やや遠巻きからその背中を追う
  180半ばはあるだろうか。猫背気味でも
  十分大きなその背を追い続けるのは、
  そう難しいことではなかった
キリエ「八十島先輩って、そんなに有名なの? 合唱部の件でも、八十島先輩が噛んでるん じゃ、なんて言ってる人いたけど・・・」
イツキ「中学時代は合唱部のエース。 でも3年のとき、高等部の先輩と トラブって相手に大怪我を負わせて退部」
イツキ「それから日を置かず、ロンドン校に留学 してたのが今年になって帰ってきたんだ」
キリエ「なるほどね。素行不良の生徒が、 ほとぼり覚めるまで海外留学・・・ うちじゃよくあるパターンか」
キリエ「でも、そんな不良の先輩と どうして萱沼が知り合いなの?」
イツキ「小学生の時、一緒のボーイスカウトでさ。 僕は親の付き合いで嫌々だったけど、 あの人はそこの合唱団に所属してた」
イツキ「そのころから、あの人は、 神童とか天使の歌声って呼ばれてたよ」
キリエ「天使の歌声? あの人、 けっこうハスキーな感じだったけど」
イツキ「それはボーイソプラノの宿命ってやつだね」
イツキ「・・・あ、先輩、駅には行かないみたい。 信号渡ってるから、やっぱり繁華街方面だ」
  八十島先輩にならい、
  私たちも駅舎横の高架下を進んでいった

〇雑居ビル
  裏通りの繁華街、といっても、
  奥に入らなければ如何わしいものじゃない
  ファーストフード店やゲーセンには
  学生の姿も多い
  カラオケ店や居酒屋のネオンが輝き始めた
  通りを八十島先輩はどんどん進んでいく
キリエ「先輩、どこに向かってるんだろう・・・ ってあれ? 萱沼?」
  隣にいるはずの萱沼の姿が見当たらず、
  振り返る。すると・・・
イツキ「だから、興味ないんで・・・」
キャッチの男「いやいや、君には素質がある! 君なら絶対ナンバーワンになれる!」
イツキ「ひとを待たせてるんで。じゃ」
  萱沼は私と目が合うなり、
  男を振り切るように早歩きで、
  そのまま私の腕を取った
キリエ「キャッチ? ナンバーワンがどうとか言ってたけど」
イツキ「これ・・・」
  萱沼はウンザリした顔で
  一枚のチラシを渡した
キリエ「女装喫茶ぷらとにっく、 スタッフ募集・・・ まさか、萱沼をスカウト?」
イツキ「未成年相手に信じられないよ。 制服、見えてないのかな」
キリエ「ただの喫茶店ならバイトしても 問題ないんじゃない?」
キリエ「本当にタダの喫茶店ならね・・・ フフッ・・・萱沼、素質があるって」
イツキ「笑いすぎ・・・ったく、 無駄な時間を使った。八十島先輩は?」
キリエ「あ・・・」
  道行くサラリーマンやキャッチ。しかし
  八十島先輩らしき人物は影も形もない
キリエ「まだそう遠くには 行ってないと思うけど・・・」
イツキ「どこかの横道に入ったか・・・ とりあえず、見て回るか・・・ん?」
  何かを探すように、
  きょろきょろとあたりを見回す萱沼
キリエ「どうしたの?」
イツキ「この声、聞こえない?」
キリエ「声? キャッチとか、 お店のBGMしか聞こえないけど」
イツキ「違う。これは・・・歌声? すごく甲高くて、 女の人の声のような・・・」
  喧噪に耳を澄ますが、
  やはり私の耳には聞こえない
イツキ「わからない。けど、この声、尋常じゃない」
イツキ「ゾワゾワするというか、 何かに呼ばれているような感じがする」
キリエ「倒れた生徒は『首のない天使が歌うのを 聞いた』って話だったし、ひょっとして アッシュマンと関係あるのかも」
キリエ「八十島先輩も見当たらないし、 まずはそっちを探してみる? 歌声の聞こえる方向は?」
イツキ「・・・たぶん、あっちかな」
  イツキが向いた先には細く、
  暗い道が続く。いわゆる路地裏の道だ
キリエ「行こう。その耳、アテにしてるから」
イツキ「善処するよ」

〇寂れた雑居ビル
イツキ「声はこのあたりから 聞こえてるんだけど・・・」
  萱沼が立ち止まったのは
  1階が喫茶店の雑居ビル
  この店も含め、あたりは
  シャッターが下りている店ばかりだ
キリエ「あ、ここ、下の店は開いてるっぽい」
  ポスト横の階段から、地下に降りられる
  ようで、『Jazz Club ORPHEUS』という
  看板が出ている
イツキ「たぶん、声はここからだと思う」
  相変わらず私には何も聞こえない。
  萱沼のほうが耳はいいらしい
キリエ「降りてみる?」
イツキ「僕たち、未成年だよ」
キリエ「ドアからのぞくだけ。 何もなければ、さっさとUターンで」
  溜息をつきつつも、萱沼はうなずくと、
  私に先行して地下に続く階段を
  降りて行った

〇地下室への扉
  店は地下2階にあるらしい。長い階段を
  降り切った先に小さな扉があった
  ゴーン、ゴーン・・・
イツキ「え?」

〇地下室への扉
  萱沼が扉に手をかけるのとほぼ同時に、
  あの鐘の音が聞こえた。
  瞬く間に世界から色がなくなる
U「ビンゴだな」
  リュックサックからUが
  ひょっこり顔を出す
キリエ「カルテジアね。 つまり、ここにアッシュマンもいると」
U「ああ。言うまでもないが用心していけよ」
キリエ「わかってる」
  いつもよりずっしり重いリュックを背負い
  なおしてうなずく。これが3度目だ。
  それなりに準備はしていた
イツキ「行くよ」
  萱沼がバーの扉を開いた

〇ジャズバー
  オーク材の壁や床を基調に、
  クリムトやらロートレックやらの
  絵が飾られているクラシカルな内装
  生徒の噂ではナイトクラブなんて
  言われていたが、看板の通り
  ジャズクラブなのだろう
  ピアノの置かれたステージ上では、
  今、ひとりが歌をうたっている
指揮者「Lauda・Lauda・LaLa・Lauda・・・♪」
キリエ「あれは、うちのクラスの・・・」
イツキ「僕たちに気づいていない?」
  指揮者の男子は一心不乱に課題曲の
  サビを歌い上げる
  手を振っても、大声で呼びかけても
  こちらに反応はしない
指揮者「Lauda・Lauda・LaLa・Lauda~~♪」
  繰り返すごとにキーが上がる。
  女子の私でも到底出せない高音。
  指揮者の男子は裏声で応えているが・・・
指揮者「Lauda・Lauda・Laラ・・・、 ら、っあぁ・・・」
  まるで見えざる手に首を絞められ、
  無理やりな絞り出されるような高音
  男子生徒は目も血走り、
  手も指先が震えている
  尋常じゃない様に私も萱沼も、
  ステージ上に駆け寄ろうとした
首のない天使「・・・・・・」

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