夏の声(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
実「暑いな・・・もうこんな時期か・・・」
〇渋谷のスクランブル交差点
実「公衆電話から・・・・・・? もしもし?」
──もしもし、ミノルさん?
実「そ、そうですけど・・・どちら様ですか?」
─私よ、ミネコ。
良かった・・・・・・無事だったのね。
実「み、ミネコ・・・さん?」
─しばらく手紙が届かないから
心配してしまったわ。
具合でも悪いのかと思って・・・
実「あの、誰かと間違えていませんか? 僕は・・・・・・」
─いけない、検温の時間だわ。
ベッドから出てると叱られるの。
また掛けるわね。
実「・・・切れちゃった」
──間違い電話にしては、妙に迷いもなく
まっすぐな、若い女性の声。
実「一体誰と間違えてたんだろう・・・」
〇レトロ喫茶
唯「へえ・・・変な電話だね。 でも、実の名前を知ってたんなら 知り合いなんじゃないの?合コンで知り合った女子とか・・・」
実「いや、違うよ! 合コンなんて行ってないし、 今どきミネコって名前はなかなか・・・」
唯「どうかな~? まあ、実ってモテるもんね。 昔から」
実「本当にそういうんじゃないから。 もう間違い電話のことはいいよ。 それで、話って?」
唯「そうそう。 あのね、来月、花火大会があるんだけど、 興味ない?」
実「花火大会?」
唯「ほら! 実、小学生の時、花火好きだったよね? 結構大きい大会なんだよ! もちろん、予定が合えばだけど!」
実「でもそういうのって普通、 彼氏と行くもんじゃないの?」
唯「そ、そうだけど! ほら、別に花火はカップルだけのものって訳じゃないし!」
実「・・・・・・考えとく」
〇男の子の一人部屋
実「花火大会か・・・・・・。 昔はみんなでよく見に行ったな」
実「──あの頃はケンジもまだ元気だったっけ」
3つ下の弟は、
数年前、交通事故で亡くなった。
あれ以来、夏はなんとなく苦手だ
幼なじみの唯は、
そんな俺を見かねてか、色んな所に誘ってくれる
実「ありがたいけど、 気を使われ過ぎるものな・・・・・・」
実「・・・また公衆電話から?」
実「もしもし・・・?」
──ミノルさん、ミネコです。
実「またあなたですか? あの、電話間違えてますよ。 僕は、心当たりがなくて・・・・・・」
──もう、とぼけたって駄目よ。
いつもの喫茶店で会いましょう。
実「また切れちゃった。 ずいぶん一方的だな・・・・・・」
その夜、夢を見た。
〇レトロ喫茶
──ミノルさん・・・・・・ミノルさん!
峰子「ミノルさんってば! 聞いているの?」
ミノル「ここは・・・? えーと、あなたは・・・?」
峰子「誰って、峰子だけど・・・あなたのフィアンセの」
ミノル「その声・・・! 峰子って、あの電話の?」
峰子「あのね、暖かくなったからかしら。 病状も落ち着いてるから、先生が一晩だけなら家に帰ってもいいって」
峰子「だから真っ先に、あなたに会いに来たのよ」
ミノル「・・・どこか、悪いんですか?」
峰子「あなたのそういうところが好きよ。 いつも私を笑わせようとしてくれるもの」
峰子「私、早く元気になるわ。 そうしたら、また一緒に花火を見に行きましょうね」
峰子「約束よ」
──そして、目が覚めた。
〇一戸建て
唯「夢の中で、ミネコに会った?」
実「そうなんだよ。線が細い感じの、美人だった」
唯「へー。それはよかったですね」
実の母「あら、唯ちゃん。上がってお茶でも飲んでいかない?」
唯「こんにちは! いえ、たまたま通りかかっただけなので」
実の母「たまにはうちの実とも遊んでやってね。 美人さんだから、もう彼氏できちゃったかしら?」
唯「いえ!そんな・・・」
実「母さん、もういいから。 今、謎の女の話をしてるんだからあっち行ってて」
実の母「なんだか面白そう」
唯「と、とにかくあんまり気にしない方がいいんじゃない?そのミネコって人のことは。 単なる偶然でしょ」
実の母「峰子?」
実「なんか変な間違い電話が掛かってきて・・・ その人が峰子って名乗ったって話。俺の名前を知ってたんだよね」
唯「実ったら、会ったこともないのに、その人のこと夢に見たんですって。美人だったらしいですよ。私なんかよりずっと!」
実「そこまで言ってないだろ」
実の母「・・・不思議ね。 昔、私の伯母も峰子って名前だったわ。 とても綺麗な人だったの。あなたの大伯母にあたる人ね」
実の母「私が子供の頃に、病気で亡くなったんだけどね。ちょうど今ぐらいの頃だったかしら・・・。幼なじみと、結婚する予定だったのに」
実「え・・・・・・?」
実の母「結婚相手のその人は、その後もずっと独身だったって聞いたわ。立派な人だったんですって」
実の母「あなたの名前は、その人から貰ったのよ。 なんだか、不思議な偶然ね」
〇渋谷のスクランブル交差点
実「もしもし・・・?」
──私・・・帰れなくなってしまった。約束、守れなくてごめんなさい
実「峰子さん? あの、あなたは一体・・・」
──お願いがあるの。
あなたには、夏を嫌いになって欲しくない
去っていく私たちが、言えるのはそれだけなの
──また名前呼んでもらって嬉しかった。
どうか私たちの分まで、季節を生きて
実「峰子さん!」
──さようなら
実「・・・・・・」
〇海辺の街
唯「うわ~見て実!ほら!」
実「そんなに叫ばなくても俺も見えてるから」
唯「今日はありがとう 今年もダメかと思った」
実「俺の方こそ、誘ってくれてありがとう」
実「・・・また来年も一緒に来ない?」
唯「も、もちろん!絶対、約束ね!」
実「ああ、約束」
あの電話が、
誰からだったのかは分からない。
だけど、今度からはほんの少しだけでも、
夏を楽しんでみようかなと思った
何だか懐かしさもある不思議な作中世界に取り込まれてしまいました。夏の空気感や、公衆電話からの着信のなすものでしょうかね。読後も心地よい余韻があって好きです。
公衆電話からの着信っていうか、非通知の着信は正直取るのが怖いです。
とってみたら案外知り合いだったりするんですが。笑
峰子さんの思いが時間を超えて通じてよかったです。
なんだか心が温まりました。
実という名前をたよりに峰子さんが大好きだった夏にワープして現れたのですね。大事な恋人を想うばかりに、せめてその気持ちを伝えたかったのでしょうね。読んでいると、何か現実に起こり得そうな感じがしてきました。