雀と猫(脚本)
〇湖畔
嬉島(きしま)「澄んでるなぁ」
嬉島(きしま)「水質が良いから湖が鏡みたいだ」
嬉島(きしま)「よし、ここを鏡池と認定しよう」
嬉島(きしま)「それにしても綺麗だ」
嬉島(きしま)「・・・・・・」
嬉島(きしま)「イラつかせてくれるなぁ」
嬉島(きしま)「30年も生きてると ここまで綺麗に生きられないからな」
嬉島(きしま)「おや?」
嬉島(きしま)「・・・」
嬉島(きしま)「この池の体積は・・・」
嬉島(きしま)「0.01km³だから10000Lか」
嬉島(きしま)「ビニール袋が無いし 猫はいいや」
嬉島(きしま)「あのガキどもは見た感じ 1体あたり20kgくらいかな」
嬉島(きしま)「病院の調剤室からパクってきたセレン。 1バイアルあたりの含有量は219μgだろ」
嬉島(きしま)「セレンの急性毒性における経口半数致死量はマウスで4.8~7.0mg/kg体重だから」
嬉島(きしま)「マウス換算で96~140mgで、 セレンとしては少なくとも4384本が必要」
嬉島(きしま)「その上10000Lの水で希釈されてるワケだから」
嬉島(きしま)「製造元から大量に盗まないと いけないレベルだ」
嬉島(きしま)「現実は厳しいなぁ・・・」
キシマは悔しそうに独り言ち、
せめてもと鞄の中に忍ばせていたセレン
8バイアルを湖相手に注入し、帰宅した。
〇古い畳部屋
嬉島(きしま)(夜が一番集中できるなぁ)
嬉島(きしま)「アイカもそう思わない?」
キシマは寝袋に包まりながら、
お気に入りの人形達と雑魚寝をしている。
成人になった年に両親が他界してから
毎日変わらないお気に入りの寝方である。
嬉島(きしま)「・・・アイカ?」
嬉島(きしま)「・・・」
嬉島(きしま)「あぁ、ごめんねアイカ。 僕のせいだ」
嬉島(きしま)「昼に湖までドライブに行ったから」
嬉島(きしま)「あんな綺麗な、だからこそ僕らには醜く映るクソみたいな場所に行ったからだね」
嬉島(きしま)「ごめんねアイカ」
嬉島(きしま)「一瞬だけ美しいと思っちゃったんだ」
嬉島(きしま)「もちろん直ぐに思い直したよ。 見かけの綺麗さなんかに 魅入ったワケないじゃないか」
嬉島(きしま)「そんな死んだような目で見ないでよ」
嬉島(きしま)「・・・・・・」
嬉島(きしま)「大丈夫、ッ・・・あ・・・・・・!!」
嬉島(きしま)「──ほらね」
キシマは自分の屹立を、
見せつけるように人形に擦り付け続けた。
怒張が限界を迎え人形の顔面がアイボリーに染まった後、穏やかな表情を浮かべたキシマは人形をゴミ箱に入れた。
捨てたのではない。
キシマはただそうする必要があると思ったからゴミ箱に入れただけだった。
嬉島(きしま)「うんうん、さっきよりも汚くて だからこそ綺麗だよ」
キシマに人形で絶頂する性的思考は無い。
むしろ他の男性に比べ、あらゆる欲が欠落しており、学生時代も「無害クン」と呼ばれていたような男である。
今は無理をして人形に向かって射精をしたに過ぎず、キシマにとっては慈悲の心だけが支配していた。
嬉島(きしま)「おやすみ、アイカ」
吐精後の虚脱感に身を任せて、
多幸感と共に眠りについた。
〇古い畳部屋
嬉島(きしま)「もう日曜だ」
嬉島(きしま)「・・・・・・」
〇住宅街
嬉島(きしま)「よしっ」
嬉島(きしま)「おや?」
部屋に積まれたゴミ山を捨てた帰り道、路肩に転がった雀の死骸を見つけたキシマは、
嬉島(きしま)「うわぁ、キモイなぁ・・・」
いつも頭の中で考えていた美学とは裏腹に、酷い嫌悪感に支配されていた。
嬉島(きしま)「そんなはずはない・・・」
転がる死体を視界から遠ざけるよう
目を伏せながら強がるように呟いた。
〇古い畳部屋
キシマは毎夜毎夜、人形に囲まれながら
自身にとっての幸福について考えていた。
医者の父と看護師の母に育てられたキシマは、いつか自分も医療職に就くのだろうという漠然とした未来を描いていた。
プライドの高い父の高圧的な態度に怯え、金の卵を産んだと信じたい母の過度な期待に潰されながらも勉強に励み、
2年の浪人生活の末、何とか国立の薬学部に入学した時、キシマには何も残っていなかった。
両親が他界したのもこの年である。
父の不倫が原因であった。
両親に求められた事を完遂するために、幼いころから青春を捨ててきたキシマが人生を見つめなおした瞬間であった。
〇おしゃれなリビングダイニング
母「もう我慢できない!! お金を稼いでいれば何をしてもいいって言うの!?」
父「元看護士なら医療現場に溢れる不貞の1つにいちいち突っかかるんじゃないよ」
母「うるさい!! 不倫をするようなクソ男の為にご飯の用意から、掃除、洗濯、お風呂・・・」
母「これだけ尽くしてあげていたのに何なのよ!!」
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綺麗があれば、汚いもある。身につまされることは、直視するのがしんどいのもまた、自分には事実です。tapnovelへの参加は、カウンセリングにも似ていて、とことん自分の考えと向き合えるいい機会でもあります。合掌。
イカれてる人間の意味があるのか無いのか分からない行動っていいですよねぇ。
平山夢明の短編の読み味に近い印象を受けました。
作者の自己満足と銘打った作品ほど、個性が出る気がして好きです
三島由紀夫が十八歳の時に書いた小説に、「死より大いなる羞恥はない」という言葉があります
死を「何も恥ずかしいことじゃない」という表現がそれと重なり、ドキリとしました
TapNovelのジャンルに「純文学」の選択肢が欲しくなる作品でした