天国か地獄か(脚本)
〇不気味
〇不気味
男はこれが三途の川なのだろうと思いながら、もやのかかる川の水面の上をそろりそろりと歩き、死後世界の奥へと向かっていた。
男にはなんの不安や怖れもない。すべてが『解脱マニュアル』に書かれていたとおりの風景だ。
この先をすすめば、永遠に満たされた世界にたどりつけるのだと確信しきっていた。
〇モヤモヤ
やがて男が川を渡りきると、灰色で殺風景な大地が突然目の前にひろがった。
まわりを見渡しても何もなく、しばらくぼんやりとしていると、どこからか白い衣をはおった若者がやってきて男を手招いた。
男「やあ、はじめまして。極楽に来たのは初めてですので、よろしくご指導ください」
と、男が若者に近寄りながら言うと、若者は顔をしかめつつ男に言葉を返した。
地獄の導き者「なにを寝ぼけておる。ここは極楽ではなく、地獄の一丁目じゃ」
男「なんですって! 私が地獄に落ちるわけがないでしょう」
男「なぜなら私は極楽にいくための本のマニュアルどおりに生活をしてきて、まだ三十代の若さで亡くなったんですよ」
男「責任者を、ここの責任者をだしてください」
男は生前とあい変わらずにごうまんな言葉を若者につきつけた。
〇SNSの画面
男はあらゆることにクレームをつけるのが趣味で、さまざまな店で苦情を言い、
SNSやテレビ。ラジオ、雑誌などをみていて不謹慎な言葉などをみつけるや、
すぐさま批判的な書き込み、クレ―ムの電話や投書をするのがつねだった。
〇暗い洞窟
若者は呆れ顔で男の腕をつかむと、すっと空中を飛び、火山の噴火口のような洞窟に男を降ろした。
その場所には、太い筆先のような眉とひげをたくわえたいかつい顔の閻魔大王がいて、男をにらみつけ、
鳳凰が彫刻された豪華な椅子に腰をどっしりとうずめていた。
男「あんたが、あんたがここの責任者ですか?」
男「私を地獄に落とすなんて不手際を私は絶対に許しませんよ。訴訟も辞さない覚悟です」
男は身震いしながらもそう訴えた。
閻魔さま「おもしろい奴よのう。閻魔のわしに文句を言う奴がいるとは思わなんだ」
と豪快に笑いながら言ったあと、急に顔をこわばらせると、半ば怒鳴るような口調で、
閻魔さま「じゃがな、おまえが地獄に落ちたのは当然の報いというものじゃ。生前犯した罪を考えてみよ」
閻魔さま「おまえは傲慢で人に対するおもいやりもなく、なんでもかんでも文句をつけて多くの人を傷つけたであろう」
閻魔さま「苦情を言われたテレビ局や雑誌社では担当者が降格になり、その者の家族までもが苦しんだのじゃ」
閻魔さま「ネットとやらに書き込んで、名指しされた者が苦しんで、若き命を散らしておる」
閻魔さま「おまえは正義感でなしたことだと言うだろうが、それは偽善というものじゃ!」
〇暗い洞窟
と、言い放つ。
男「だけど私は『解脱マニュアル』の本のとおりに生活してきました。食事も菜食にし、日々瞑想もしてきました」
男「それもこれもみな極楽にいくための努力だったのですよ」
閻魔さま「ふふん、すべてはお見通しじゃぞ。その本はどこかの古本屋で買ったものじゃろう」
閻魔さま「しかも遥か昔に、他国の者がしたためたものを日本人が訳した本じゃな」
閻魔さま「だが、残念ながらその本は誤訳じゃし、時代遅れの手引書でもあるのじゃ。霊界の在り方も日々変化しておるのじゃからな」
男「それでは・・・・・・私はどんな責め苦を・・・・・・」
閻魔さま「そうじゃな、今は地獄も手狭になり、現世も地獄と変わらぬようだから、おまえは今一度生まれ変わり、存分に苦しむがいい」
〇手
閻魔はそう言うと、伸びて尖った爪の指先を、火炎に焼かれもがき苦しむ亡者たちに向けた。
閻魔さま「ほれ、見よ。『解脱マニュアル』をしたためた者も、その火炎地獄で焼かれておるぞ」
〇不気味
〇街中の交番
男は凍りつくような風が吹く季節に男の子として生まれ変わり、交番の前に捨てられた。
男にはまだ前世や閻魔とやりとりした記憶が残っていた。
男は絶望的な思いと肌寒さに、身も心もうち震わせながら、独り泣き声をあげ続けていた。
〇地下に続く階段
fin
ネットが普及し始めて、今では誰しもが利用しているネットワークだからこそ怖いものも多くありますよね。
特に誹謗中傷、自分を誇示するためにあるものと勘違いしている人も少なからずいますよね…。
ネット世界に翻弄される人が後を絶たないのも段々と歯止めがきかなくなってきていますね。人の善意といものが、どんどん置き去られてきているこの社会に、こういうお話は一筋の光だと思います。
現代人への鋭い風刺ですね!
マニュアル本1冊を信じ込み、そこに書かれたものが絶対だとする振る舞い。
個人的な価値観を絶対とし、それが社会的正義だと思い込む。
たくさんの現代人が一斉に地獄行になりそうですね。