カノン

ちょこ

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〇廃墟と化した学校
  期末試験も近い放課後。
  図書館を出ると、外はオレンジ色の夕日が沈み始めているところだった。
  ふと、もうすぐ取り壊される予定の旧校舎が目に入る。
  母も卒業した高校。
  歴史を感じる木造の校舎が、なんとなく温かくて好きだった・・・。

〇木造校舎の廊下
  立ち入り禁止の看板を少し上げて旧校舎の中へ入ってみる。
  すごくホコリっぽい・・・。
  とその時、古い音楽室からピアノの音が聞こえてきた。

〇音楽室
  決して上手ではない。
  ただ、どこか懐かしい・・・これは誰が弾いているんだろう。
  吸い寄せられるように音楽室の中をのぞきこむ。

〇音楽室
  男子学生が座ってピアノを弾いていた。
  つっかえながらも奏でているこの曲は・・・
  パッヘルベルのカノンだ。
  ふとピアノの音が止まる。
直樹「何してるんだよ。入って来いよ」
七海「え、私のこと?」
直樹「ここがどうしてもうまく弾けないんだよ」
  頭では戸惑っているのに、なぜか扉を開けている私。
直樹「指が思うように動かないんだ」
  「・・・私だって弾けないよ」そう言おうとしたのに・・・。
  口から思ってもいない言葉が飛び出す。
七海「指使いに無理があるんだと思うよ」
直樹「んなこと知るかよ」
七海「こうするの」
  彼の隣に座る私。
直樹「もう一回やってみせて」
七海「だからこうだって」
直樹「もう一回」
七海「自分でもやってみてよ」
直樹「お前の指の動きが見たいんだよ」
七海「・・・こうだってば」
  ふと彼の視線を感じて目を上げる私。
直樹「この連弾が最後の思い出になるな」
七海「え?」
直樹「お前の横でこうしてピアノ弾けるのもあと少しってこと」
七海「直樹、それどういうこと?」
  ・・・私、一体何を言っているんだろう。
直樹「俺、もうすぐ転校するんだ。親父の仕事の都合で」
直樹「本当はここに残りたかったけど、そうもいかなくてさ」
直樹「お前と一緒に卒業したかった」
七海「・・・なんで・・・」
直樹「え?」
七海「・・・何で今、そんなこと言うの」
  頭の中がぼうっとしてくる。
  口が勝手に動く。
七海「何で?何でもっと一緒にいてくれなかったの?」
直樹「俺だってそうしたいよ」
七海「そうならなかったじゃない!!」
七海「私を置いて行っちゃったじゃない!!」
直樹「だって親父の仕事が・・・」
七海「違う!!違うでしょ!!」
七海「あなたは転校する前に死んじゃった!!」
七海「交通事故で死んじゃったじゃない!!」
直樹「俺はずっとお前のことを思ってるよ」
直樹「いつまでもお前のそばにいるんだ」
七海「いなくなっちゃたじゃない!!」
直樹「いるんだ!今もお前のそばにいるんだ!」
直樹「ずっとお前を見てる」
直樹「今でもお前のそばにいるんだ」
直樹「いつでもお前のそばにいるんだ、真由美!!」
  ・・・まゆみ・・・?なんでこの人、お母さんの名前を言っているの・・・
  頭の中が真っ白になり、涙がぽろぽろ、とめどなく落ちていく。
直樹「ごめん。ひとりにしてごめん」
直樹「ずっと心配だった」
直樹「でもずっとあのときも今も、お前の幸せを願ってるんだ」
直樹「お前のことが好きだ」
七海「・・・直樹・・・もう遅いよ・・・もう遅いよっ!!」

〇白
  喉の奥から絞り出した声・・・
  その瞬間、目の前が真っ白になり・・・何も見えなくなった。
  私は・・・
  私は一体・・・
「・・・な・・・み・・・!ななみ・・・!」

〇部屋のベッド
七海「・・・ん・・・」
母「あなた家に帰ってたのね!」
母「七海ったら、ぐっすり寝てどうしたの!」
母「もう夕食の時間よ!?」
七海「え・・・!!」
  跳ね起きる私。
  見回すと、私の部屋だった。
  旧校舎にいたはずなのに、いつの間に帰って来たんだろう・・・。
母「・・・ねえ・・・なな?これ・・・あなたこれどうしたの?」
七海「・・・何のこと?」
  ふと自分の手を見ると、フェルトでできた手作りのキーホルダー。
七海「・・・私、こんなもの知らない」
母「・・・どこで拾ったの」
七海「わからない。さっき旧校舎の音楽室にいて・・・」
母「旧校舎の・・・音楽室!?」
七海「なんか、夢を見たの」
七海「ピアノを弾いてる夢」
母「・・・ひとりで?」
七海「・・・ううん、横に男の人がいた」
母「どんな人?」
七海「なんか・・・ピアノがすごく下手な人」
  母は何か考え込んでいる様子だった。
  その瞬間、母のスマホが鳴る
母「あ、もしもし?お父さん?今日遅いのね?わかったわ」
  この着信音は・・・
  パッヘルベルのカノンだ
  母がうつむいて私に言った
母「・・・ねえ、なな。お母さんの高校時代の思い出話、聞きたい?」
  そういえば昔、聞いたことがある。
  仲の良かった友人が交通事故で亡くなったって話・・・。
七海「・・・ううん、別にいい」
  思い出はお母さんの胸にしまっといていいよ・・・

〇白
直樹「ごめん。ひとりにしてごめん」
直樹「ずっと心配だった」
直樹「でもずっとあのときも今も、お前の幸せを願ってるんだ」
直樹「お前のことが好きだ」

〇廃墟と化した学校
  直樹さん、お母さんはちゃんと幸せになったよ。
  ずっとお母さんの近くにいたならわかるでしょ?
  これからもお母さんを、そして私を見守っていて・・・

〇木造校舎の廊下
  旧校舎は取り壊された。

〇音楽室
  新しい音楽室に運び込まれた古いピアノ。

〇白
  今も時折、誰もいない時間になると
  下手くそなパッヘルベルのカノンが聞こえるとか、聞こえないとか・・・
  そんな噂を耳にします。

コメント

  • 頭の中に在りし日のカノンが鳴り響いてくるような感覚を覚えました。不思議で、とても切なくなる物語でした。お母さんの心の中にはいつまでも彼がいるんですね。素敵な物語ありがとうございます!

  • カノン、個人的にすごく好きな曲です。
    不思議な世界観に惹かれて、夢中になってタップしてました。

  • 面白いというより、ぐっとくる作品でした。
    短い物語の中で、色々な謎が紐解かれていく情景の遷移が素晴らしく、惹きつけられました。

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