真夜中の彼女

月夜野楓子

雨の深夜。俺はあなたを癒したい。1話読み切りです。(脚本)

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〇シックなバー
  その人は、深夜のバーにいた。
  俺の行きつけのバー。
  仕事帰りに立ち寄って、マスターと他愛のない話をして疲れを癒す。
  心のオアシス。
俺(このところ忙しくて、中々立ち寄れなかった)
俺(半年ぶりだろうか?)
  腕時計の針は、深夜1時を指していた。
マスター「いらっしゃいませ」
俺「お久しぶりです」
マスター「もうウチの店を忘れてしまったと思っていたよ。 元気だったかい?」
  雨のせいだろう。
  薄暗い店内には女性の客が一人だった。
  その人は、カウンターの隅に座り、壁に頭を持たれかかっている。
  長い髪に、煙草の煙が巻きついていた。
  俺は彼女と距離をとって、カウンターに座った。
マスター「何飲む?」
  マスターは俺の前にお通しの皿を置いた。
マスター「いつものでいいかな?」
俺「いや、今日はウヰスキーにしますわ。 ロックで」
マスター「こう雨が続くと、商売あがったりだよ」
  俺はゆっくり煙草を口へと運ぶと、火をつけた。
マスター「あれ、吸ってたっけ?」
俺「仕事のストレスから、吸うようになったんですよ」
マスター「新薬の研究はそんなに大変なんだ」
俺「製薬会社の研究員なんて、ブラックっすよ」
マスター「・・・」
俺「マスターんとこで、雇ってくれませんか?」
マスター「高給を棒に振る気かい? 僕のところは給料安いよ?」
俺「・・・」
マスター「こんなチャラい研究員、お前くらいだろうね」
マスター「確かにバーテン向きだけど」
  俺は煙草の煙を天に向けて吐き出した。

〇シックなバー
俺「・・・マスター」
  俺は小声で、マスターに問いかけた。
俺「あっちの女性って常連?」
マスター「いや。初めてのお客さんだね」
  マスターも小声で答える。
  俺は彼女をチラリと見た。
俺(髪をかき上げる仕草がぎこちないけど、綺麗な人だ)
マスター「お前さんと同じ歳くらいじゃないか?」
  彼女は、俺たちの存在を気にすることなく、煙草を吸っている。
俺(無理して吸ってるのが分かる。 ほとんど、ふかしてるだけだし)

〇シックなバー
マスター「しまった! 氷が切れそうだ」
  冷凍庫を開けたマスターが、突然声を上げた。
マスター「普段は氷問屋から買ってるんだけど、うっかりしたな」
俺「この雨じゃ、もうお客さんこないっしょ」
マスター「うーん。 だが万が一お客さん来たら困るし」
マスター「ちょっと、コンビニまで買いに行ってくるよ」
マスター「店番頼めるかな?」
俺「いいっすよ」
  マスターは、もう一人の客にも声を掛けていた。
  彼女も、まだ帰らないらしい。
  マスターに笑顔で頷いている。
マスター「すぐ戻るから」
  そう言い残して、マスターは店を出て行った。

〇シックなバー
  店には俺と彼女だけになった。
  古い柱時計が時を刻む音を、店内に響かせている。
俺(二人きりってのも、息苦しいな)
  俺はチラリと横目で彼女を見た。
  フレアースカートが、フワッと浮いたかと思ったら、赤いハイヒールが見えた。
俺(足を組み替えるしぐさすら、ぎこちなく感じるな)
俺(場慣れしてないって言うか)
  俺は一気にウヰスキーを飲み干した。

〇シックなバー
  彼女のグラスの氷が、カランと音をたてた。
  俺は再び、彼女に視線を移す。
俺(赤い口紅・・・か。 淡いオレンジのほうが似合いそうだけど)
俺(白く長い指の先・・・。 爪も赤い)
俺(赤が好きなのか?)
俺(だけど、妙な違和感。 あまり彼女に似合ってない)
俺(煙草といい、赤い口紅、赤いマニュキュア、赤い靴。 どこか無理してる?)
俺(たとえば、失恋なんかしたら違う自分になりたいと思ったりするけど)
  重苦しい空気が、俺たちを支配していた。

〇シックなバー
  ふと、彼女は煙草の箱を上下に振った。
  しかし、諦めたように箱をカウンターへ置いた。
  どうやら、煙草が切れたらしい。
俺「俺ので良かったら」
  俺は、席を立ち彼女の傍へ立っていた。
  驚いたように、彼女は赤い目を俺に向けた。
俺(泣いていたのか?)
俺「あなたに煙草は似合ってないですよ」
  笑いながら俺は、彼女の隣に座った。
俺「涙の理由を聞くなんて、無粋なことはしないから安心して」
彼女「・・・・・・」
俺「俺、雨の夜って好きなんだ」
俺「屋根を叩く音も好きだけど」
俺「周りの雑音を消すし、この世で俺一人しかいないんじゃないか。って気にさせてくれるし」
俺「そんな孤独感が好きなんだ」
彼女「分かります。 私も、雨の夜好きだから」
俺「良かった。 じゃさ・・・」
俺「誰にも邪魔されない、二人きりの世界に行こうか?」
彼女「えっ!?」
俺「行こう!!」
  強引に俺は、彼女の手を引いた。
彼女「だってお店・・・」
俺「平気、平気」

〇マンション前の大通り
俺「昼間はうるさい大通りも、今は俺たちだけだ」
彼女「あの、傘っ」
  彼女は慌てて、俺に傘を開いて差し出してきた。
俺「そんなもの、要らないよ」
  雨が俺たちを激しく打ちつける。
俺「今は二人きり。 この空間すべて、俺たちのものだ」
俺「何をしてもいいし、何をしても怒られない」
俺「泣きたければ泣けばいいし、叫びたければ叫べばいい」
彼女「・・・そうしたら私の切ない気持ち、雨で全部流されるのかな?」
俺「ああ。 知らない人間の前だったら、案外恥ずかしくないだろ?」
俺「無理する必要はない。あなたは、あなたらしくすればいい」
俺「明日になれば、俺たちは違う方向を見て生きていくだろうし」
彼女「違う・・・方向」
彼女(・・・)
  彼女の髪も服もずぶ濡れだ。
  きっと、俺も同じだろう。
  でも不思議と不快じゃない。
俺「俺の前で、すべてをさらけ出してごらんよ」
  彼女の瞳が俺を見つめてくる。
俺「もしかして、お節介な男の温もり、必要?」
彼女「・・・欲しいかも」
俺「あなたに、赤は似合わない」
俺「その赤、俺が消してあげようか?」
  俺はそっと彼女の肩を抱き寄せた。
俺「こんな出会いから、始まるのもアリじゃない?」

コメント

  • 二人の世界に飛び込む、そんな感覚を味わうことが出来ました。手を引いてくれ彼がロマンティックですね!!素敵な物語ありがとうございます!!

  • 彼の視点で描かれているから普通なら彼に感情移入するはずなんですけど、ほとんど描かれていない彼女に入り込んでしまう感覚。こちらに迫ってくるような彼の魅力を味わえる作品でしたね。
    憧れや理想で組み立てられるドラマなのかもしれませんけど、絶対に無い、とは言い切れない境界線の世界をつい夢想してしまう。そんなドキドキがありました。
    わたしは飲めないし吸えないんですけど、こういう出会いは憧れますね~。

  • 素敵な出会い方に、ドキドキしてしまいました...!映画のワンシーンを観ている気分でした。

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