忘れられない左手(脚本)
〇階段の踊り場
あの忌々しい事故は
高校2年の終わりに起きた
忘れたくても
忘れられない
!!
一瞬だった
アサギ君が階段から落ちた
咄嗟に手を出した
忘れられない
あの手・・・
宙を掴んで落ちていく彼の手・・・
カナコ「キャーーーっ!!」
思わず大声で叫んだ
バラバラと落ちて行く教科書
初めて聞く何かが潰される様な音
呼吸も心臓も一瞬止まって
音も聞こえなくなって
長い階段の下
ピクリとも動かないアサギ君を見て
私はその場に崩れ落ちた
〇階段の踊り場
その後の事はあまり覚えていない
私の声に驚いた先生達が
バタバタと走って来た
『早く!誰か!救急車!!』
『おい!!アサギ!!・・・アサギ!!』
先生の叫ぶ声
どんどんと人が集まってくる
バチッ
その中で一瞬
キヨシ君と目が合った
瞬きをして次に目を開けた時
彼はみんなとは逆の方向に走り去っていった
何かに追われる様に
一目散に走り去っていった
〇病室
アサギ君の状態が分からないまま
数日が過ぎた
先生に無理矢理お願いして
アサギ君のお見舞いが出来るよう
手配してもらった
カナコ「お邪魔しまーす・・・」
その日
アサギ君のお母さんは医師に呼ばれて
部屋には居なかった
アサギ君はたくさんの管と機械に繋がれて
ピクリとも動かずベットに横たわっていた
気持ち程度のお見舞いの花を花瓶に入れて
ベットサイドの椅子に座る
コォー・・・
コォー・・・
規則正しい機械の音
それと連動して上下に動くアサギ君の胸
カナコ「ごめんなさい・・・」
カナコ「起きたらちゃんと謝ります・・・」
カナコ「何であんな所に水なんか・・・」
〇階段の踊り場
『不慮の事故』
そう言われた
『カナコは悪くないよ』
『本当に不幸が重なって・・・』
同級生も周りの大人達も
慰めの言葉をかけてくれた
でも私は・・・
責任があるように思えてしまう・・・
〇教室
放課後
先生に頼まれて1学年分の教科書を
3階の美術室に運ぶことになった
たまたま教室に残っていたアサギ君が
『女の子にそれは酷でしょ』と言って
手伝ってくれる事になった
彼は誰にでも優しい
そんな彼に私は片思いしていた
挨拶する程度の仲でしかないけれど・・・
カナコ「ありがとう!!」
私は本当に嬉しかった
ほんの僅かな時間でも
彼と一緒の時間を過ごせると
舞い上がっていた
〇階段の踊り場
アサギ君は
頼まれた私より沢山の教科書を持ってくれた
足元があまり見えていないようだった
それでも笑いながら運んでくれた
最後の一段で足を滑らすまでは
美術室の手前
廊下から階段の最後の一段に
何故か大きな水溜りが出来ていて
アサギ君は足を滑らせた