桜が散るより前にあなたのこたえを聞かせて

七嶋凛

読切(脚本)

桜が散るより前にあなたのこたえを聞かせて

七嶋凛

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〇山並み
  この山では、ちょっとしたハイキングを楽しむことができる。
  スニーカーで出かけられるような、気軽なコースだ。
  登り切った先には、ふもとの街を見下す展望エリアがある。
  私はその手前で道を外れて、木々の間を進んでいた。

〇森の中
  少し行くと、開けた場所に出る。整備された展望エリアとは違い、こちらは自然のままだ。
  そこには、一本の大きな桜の木がある。
  ほころびはじめた桜の下に、
  風を巻いて、天狗が舞い降りた。

〇森の中
  私は天狗に向かって、和菓子屋さんの袋を持ち上げて見せる。
私「お花見日和になって、よかったね」
太郎「そうだね。今お茶を入れるよ」
  天狗がそう言うと、ポンポンと、空中に急須と湯呑があらわれる。
  シューッとやかんの鳴くような音がして、急須から湯気が立った。
  急須は誰の手を借りることもなく傾き、湯呑に緑茶を注ぐ。
  こんな光景にも、すっかり慣れた。

〇新緑
  この人ーーもとい、天狗と、こうしてお茶をするようになって3年が経つ。
  太郎さんは天狗、正確にはその見習いだ。
  この山は、見習い天狗の修行場になっているらしい。

〇けもの道
  3年前、まだ高校生だった私は親と喧嘩をして、家を飛び出した。
  日が暮れてからも帰る気になれず、いらだちをぶつけるように、この山のハイキングコースをずんずんと登って行ったのだ。

〇森の中
  怒りでまわりが見えなくなっていた私は、展望エリアではなく、この桜の下にたどりついた。迷い込んでしまったのだ。
  展望エリアと違って、ここには人がいなかった。
  誰の顔も見たくない気分だった私は、そのまま桜の根元にうずくまって、一人でむくれていた。
  そこに、太郎さんが現れたのだ。

〇森の中
  誰もいないと思っていたので、声をかけられた時は驚いた。
太郎「どうしたの? こんなところで」
  でも、心配してくれていることはすぐにわかったし、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
  親と進路のことで喧嘩をして家出したと、素直に打ち明けていた。
  太郎さんが話を聞いてくれたおかげで、少しずつ落ち着いてきたけれど──
太郎「親御さんも心配してるよ」
  という言葉には、うなずくことができなかった。
  私が黙っていると、太郎さんは手を差し出した。
  立ち上がるようにうながされて、私はまた反抗的な気分になってしまった。
私「・・・帰りたくない」
  そう呟いた、瞬間だった。

〇森の中
  山の雰囲気が、変わる。
太郎「だめだよ。ここでそんなこと言ったら」
太郎「僕はまだ見習いだから、聞かなかったことにしてあげる」
  木々を揺らす、強い風が巻き起こる。
  思わず目を閉じて──

〇山並み
  目を開くと、私は山の遥か上空にいた。
私「わッ・・・!?」
  反射的に、近くにあったものにしがみつく。太郎さんの腕だ。
  私は彼に抱えられていた。
  太郎さんの背中には、大きな鳥のような翼が広げられていて──
  私は、この山に天狗の伝説があることを思い出した。

〇住宅街
  その後、太郎さんは一飛びで私を家まで送ってくれた。
太郎「ちゃんと話せば、わかってもらえるよ」
  そう言うとにっこり微笑んで、私の前髪あたりに手をかざした。
太郎「招福万来!」
私(おまじない?)
太郎「応援してるからね」
  そして風を巻いて、姿を消した。
私「・・・」
  ーー天狗に会って、空を飛んだ。
  そんな経験をしてふっきれたのか、太郎さんのおまじないのおかげか。
  私は親と話し合って、第一志望の大学を受験することができた。

〇森の中
  後日、私はお礼のお団子を手に、桜の下に行った。
  まだ太郎さんの名前を知らなかったので、
私「天狗のおにいさーん!」
私「応援してくれて、ありがとー!」
  山に向かって叫んだ。
  すると、慌てたようすの太郎さんが空から降ってきた。
太郎「まだ見習いなんだ!」
  ばたばたと翼を動かして、なんとか空中でバランスを取る。
  そのようすに、私はつい笑ってしまった。

〇森の中
  それ以来、時々、2人でお団子を食べるようになった。
  太郎さんも、進路で悩んだ時期があったんだって。
  今は、私が太郎さんを応援している。
私「前にも言ったけど」
私「私に手伝えることがあったら言ってね」
  並んで桜の木を見上げながら、考える。
  あと何回、こうして一緒にお花見ができるだろう。
私「卒業したら、街を出るかもしれないし」
太郎「え」
私「まだ決めたわけじゃないけど、その前に──」
  言いかけたところで、ふいに。

〇森の中
  山の雰囲気が、変わる。
私(前にも、こんなことがあったような・・・)
  戸惑っていると、ふっと視界が暗くなった。
  太郎さんが、目の前に立っている。
  背中に、あの夜よりも、ずっと大きな翼を広げて。
私「太郎さ──」
太郎「それなら」
  身を屈め、耳元に口を寄せる。
太郎「君を、さらってもいい・・・・・・?」
  翼に囲われて、視界が遮られる。

〇山並み
  この山には、天狗の伝説がある
太郎「招福万来!」
  ──加護を与え
太郎「だめだよ。ここでそんなこと言ったら」
  時には災いをもたらす
  神隠しや、人さらいの逸話を持つものの伝説だ

〇森の中
  優しく送り届けてくれたのは、もう3年も前のこと。
私(もしかしたら、太郎さんはとっくに──)

〇住宅街
太郎「応援してるからね」
私「・・・」

〇森の中
私(私も、ずっと──)
  私はまっすぐに、太郎さんを見つめ返した。
  風が巻き起こる。

〇森の中
  桜の花びらが舞い散って──
  後には人も、天狗も、いなくなっていた。
  おとめをさらう まもののはなし
  
  
  
  おしまい

コメント

  • あぁ、こうすれば、自分がイメージした世界観が出せるんだなぁと、とても勉強になりました。テーマや人物、セリフは今風なのに、侘び寂び、余韻、言い尽くさないところが、癒されました。感謝。

  • 最後の展開から、人でない者との、切なくも美しい恋愛譚であったと感じました!全体から漂うミステリアスな雰囲気に引き込まれる作品でした!素敵な物語ありがとうございました!

  • とてもきれいなお話でした。
    最後はびっくりしましたが、なぜか美しいと思ってしまったんです。
    見事な情景描写と心理描写でした!おもしろかったです!

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