読切(脚本)
〇開けた交差点
望田 和希「へぇ、恵那さんもあの漫画読んでるんだ」
糀 恵那「うん。最初はバズってるしちょっと見てみようって軽い気持ちだったのにいつの間にかハマっちゃって」
望田 和希「俺も! 毎回展開がぶっ飛んでて目が離せないよねー」
望田 和希。大学二年。彼女いない歴イコール年齢を更新中。
今話している相手、糀 恵那は恋人ではない。社会人三年目で目下片思い中の相手だ。
毎週水曜日に乗り合わせる電車が一緒なこと以外、二人にこれと言った接点はない。
そんな彼女と接点を持ったのは三ヶ月ほど前のこと。たまたま恵那が落とした定期を和希が拾った事がきっかけだった。
途中まで道が同じだからという理由でなんとなく始まった朝の交流。
和希が恵那を好きになるのにそう時間はかからなかった。
〇開けた交差点
望田 和希「そういえば今あの漫画って原画展やってるらしいよ」
糀 恵那「うん、この前友達と見に行ったよ」
糀 恵那「カラー原稿の迫力凄かったよ!! 今度和希くんも見に行きなよ!!」
糀 恵那「あれ? 私なにか変なこと言った?」
望田 和希「う、ううん、今度俺も友達と行ってみるよ!!」
デートに誘う流れを断ち切られたのは、これが初めてではない。
和希なりに何度か誘ってはみたものの、その度にのらりくらりと躱されてしまうのだ。
態度や口調からは確実に距離は縮まっているはずだが、あと一歩関係が進まないのはこのせいだった。
糀 恵那「それじゃ、また来週」
望田 和希「あ、ああ。またねー」
そう言って颯爽と会社に向かって歩いていく恵那の背中を、和希は見つめることしかできなかった。
〇開けた交差点
望田 和希「──はぁ」
進まない関係に、和希は焦れていた。
そもそも和希がこの年まで彼女いない歴を更新し続けていたのは、空気をよく読み周りに気を遣いすぎる性格のせいだった。
だから地元から遠く離れた土地の大学に進み、身なりも整え性格も生来のものよりも幾分無理をして明るく装っていた。
それでも上手く関係を進められないのは──。
望田 和希「──ん?」
〇開けた交差点
遠くに恵那を見つける。隣にいるのは知らない男だった。
恵那の表情を見るに、楽しい会話をしている風には見えなかった。
望田 和希「──恵那さん! 朝ぶり!」
困っているような恵那の表情に、和希は頭で考えるよりも先に体が動いていた。
しかし、空気を読んでからしか動いたことのない和希にとってこれは初めての事態。この後どう動けば良いかが分からない。
そもそも和希は、二人がどんな関係で今までどんな会話をしていたのかすら知らないのだ。
???「誰?」
糀 恵那「えっと・・・・・・」
???「あぁ、ひょっとして新しい彼氏? 俺の事捨てたと思ったら今度は若い男か。お盛んなことで」
糀 恵那「彼は──」
望田 和希「あんた何様?」
元カレ「は?」
男の言葉で、大体の事情は察しがついた。この男は恵那の元カレで、恵那を困らせるようなことを言っていたのだろう。
そしてその男は、今しがた恵那に暴言を吐いた。和希が怒る理由としてはそれだけで十分だった。
望田 和希「どういう立場だったらそんなセクハラ発言かませるのかなって思って」
望田 和希「捨てられた腹いせでそういうこと言うのみっともないよ、おじさん」
男はそれ以上何も言わず、和希のことを睨みつけて踵を返した。
望田 和希「ごめん、急に割り込んじゃったけど余計だったかな?」
糀 恵那「ううん、すごく助かった。ありがとう」
糀 恵那「寧ろ変なことに巻き込んじゃってごめんね」
望田 和希「全然! 役に立てたなら良かった」
和希がそう言うと、恵那は暫く考え込むように俯いた。
暫しの間二人の間に流れる沈黙。それを破ったのは、意を決したような表情で顔を上げた恵那だった。
糀 恵那「さっきの人、既婚者なの」
突然の告白に、和希は言葉が出てこなかった。
糀 恵那「最初知らなくてさ。ある日奥さん名乗る人から電話があって、それで知ったの」
糀 恵那「いつもそんなのばっかり。浮気相手にされたり二股かけられたり」
糀 恵那「だからもう、恋愛はこりごりなの」
糀 恵那「今まで変に気を持たせてごめんね。もう朝一緒に行くのもやめよう」
恵那が自分の好意に気付いていた事実にも驚いたが、それ以上の強い感情が和希の中でふつふつと湧き上がった。
望田 和希「──許せない」
糀 恵那「うん、恨まれても仕方な──」
望田 和希「違う!! 恵那さんをそんなふうにした奴らが許せないの!!」
望田 和希「──恵那さんは、俺と一緒にいるの嫌だったの?」
糀 恵那「──嫌じゃないよ。楽しかったし、今回ので君がめちゃくちゃいい奴だって分かった」
糀 恵那「だから私みたいなのは──」
望田 和希「そんなこと言わないでよ」
望田 和希「俺は恵那さんが良いんだ」
望田 和希「今まで酷い奴ばっかりだったかもしれないけど、俺は絶対恵那さんを大事にする」
望田 和希「だから俺と──最後の恋愛、してくれませんか?」
糀 恵那「──最後って、和希くん重い病気でもあるの?」
望田 和希「そうじゃなくて──」
望田 和希「これ以上恵那さんが辛い恋しないように俺が最後の恋人になるって──」
和希はそこまで言って、自分が口にしている言葉がまるでプロポーズ紛いなことに気がつく。
望田 和希「ご、ごめん。重いよね──」
糀 恵那「うん。大学生が軽々しく出して良い重さではないね」
糀 恵那「でも──正直刺さりました」
望田 和希「え! じゃあ──」
糀 恵那「今度の日曜、一緒に出かけよっか」
望田 和希「──うん!」
恵那さんに恋人がいるかどうか単刀直入に聞けない和希さんも、好意に応えられないのに一緒にいたことをはっきり謝る恵那さんも、どちらも優しい人でお似合いです。元彼さん、最後にナイスな働きです!
相手の気持ちを意識してくれるのは優しいけれど、それで前に進めなかった彼。そんな彼を突き動かしたのは“恋のパワー”だったのだろうなと思いました。恋ってうまくいかないこともある、けれど、どこかで歯車が噛み合えばうまくいく……そんな二人の関係が羨ましく感じました。噛み合った歯車をいつまでも回してほしいなぁ。二人が幸せな未来を歩けますように✨
デートに誘うのって勇気がいるし、誘い方が遠回しになって失敗してしまうこと、すごくわかります!
そして自分の意思とは違い、恋敵に敵意を向けるのもすごくわかる…。