エピソード2『遠い記憶』(脚本)
〇洋館の一室
【2033年、イバラキ。『ヒト腹《はら》 創《つくる》』】
【――日本はこの合衆国に、SAMURAIを見せてくれた! わたし達を守る、SAMURAIという確固たる盾をね!――】
ツクル「侍が『盾』なんか使うかよ」
中古のブラウン管が合衆国の『ソード氏』を映している。
彼は、先日日本《うち》に撃ち込まれた弾道ミサイルに対して、日本を『確固たる盾』と評していた。
2033年、日本という国は、合衆国の対ユーラシア前線基地となっている。
そして今、この日本を統治しているのは合衆国だ。旧イバラキの『ヒタチナカ』を護る組織、『国防軍』も合衆国の統治下にある。
だが合衆国の『国防軍』は、一介の戦力として機能していない。
結果、街の裕福層が作る民間団体が、ボクたち『化け物クリエイターズ』に治安を依頼しにくる。
依頼である『外敵排除』の対象は、西から来た私兵がその大半だ。
その略奪行為から、街を守り、土地を守り、『俺たち金持ちの』命を守れ! という。
内外の敵を、ボクたちは創り出した『化け物』を用い撃退した。示威の為、チカラを保有し立ち向かった。
〇荒廃したショッピングモール
その日は風が強かった。
西からの風が強く流れ、雲を東の海へ放り込んでいた。
通報を受け駆け付けた『金井宅』上には、金井宅を破壊してのさばる巨大なネズミが3体、
ボクと『みれい』で作ったチーム、『化けクリ』の化け物たちを威嚇している。
みれい「行くわよ! みんな!」
ツクル「・・・・・・ちょっと待ってくれ。『みれい』」
気負う『みれい』に待ったを掛ける。今日この瞬間に何か、いつもと違う何かを感じた。
ただただ直観的なものだ。肺の底がびりびり痛い。
みれい「何よ? 怖気づいたの?」
ツクル「・・・・・・違う。ビンゴかもしれないんだ」
『化けクリ』の採取・回収隊長である『楽々《らら》』に修理仕立ての無線機を繋げる。
ジリジリ、と音を出し、それは『楽々』の声を奏でた。
楽々「こちら『楽々ちゃん』」
ツクル「『楽々』! 気を付けてネズミ野郎から細胞を採取してくれ! 直接の採取は許可出来ない。気を付けて対処しろ」
楽々「はいよ総隊長! って、こいつら素直に止まっててくれないけどね」
『楽々』が、茶に染めた髪を泳がせ、採取銃を『巨大ネズミ』へと撃ち込む。
怯まずかわすネズミの体組織を、気配消し近づいたボクが、すれ違い様に切り取った。
腰から出したビニールへ、手袋ごと『ソレ』を放り『楽々』へと投げる。
ツクル「『楽々』今度は頼むからね。こいつが中に『Yersinia pestis』を持ってるか否か、それだけを確認しろ。10秒やる」
楽々「総隊長は注文多いですね~。10秒了解!」
ツクル「総員退避! 対象から可能な限り離れろ!」
風だけが流れる硬直した時間(とき)。
答えはすぐ出た。
楽々「出ました! ――『是《ぜ》』です」
巨大ネズミの歯ぎしり音だけを残して、世界から他の音が消えていく。声がシンと消えて、心を濁った鉛のような感情が満たした。
みれい「こいつらが、こいつらの大元が――『奈久留《なくる》』の仇! そう判断していいのよね」
『みれい』のそれは、凍りつくような眼差しだった。
彼女の肩は、掛かった髪を流していくほど震え、その足と全身は何かの障害を得たかのように、揺れに揺れていた。
ツクル「――当たりか当たりじゃないのかを問われたら、『エルシニア・ペスティス』だった、と答えるしかないね」
『ペスティス』。
それは、ボクたちから親友を奪った病原菌の名前。
それを保有する奴ら、そいつらこそがボクたちの未来をめちゃくちゃにした張本人、ずっと追っていた『親友の仇』に違いなかった。
〇中庭
【2027年、イバラキ。『市原《いちはら》 創《つくる》』 】
・・・・・・6年前のボクらは、幸せだった。
緋色(幼少期)「おいお前、職業『医者』ってなんとかなんねぇのか? 僧侶とか賢者とかほら、選べるのは色々あるだろ?」
親友の『緋色《ひいろ》』が腰に手を当て、眉根を寄せてボクをなじった。
黒い髪から覗く、大きな琥珀色の瞳が気に入らない。
創(幼少期)「うるさいなぁ。『医者』だっていいだろ? ほら、『メス』で切りかかって『輸血』で回復。イカシてるじゃないか?」
創(幼少期)「そもそも雇い主に向かって、『お前』って、お前こそ何様だよ?」
負けず嫌いだったボクは、『緋色』と鏡写しのように腰に手を置く。茶の髪を払って、指を彼へと突きつけた。
彼、『緋色』はそこそこ嫌いな雇い人、且つ仲の良い友人だった。
仕事だけは真面目に一生懸命こなしていた彼をボクはボクなりに評価していた。
それ以上にお調子者なところが気にいらない。
奈久留「『勇者ヒイロ』と、『医者?ツクル』が仲たがいしておるわ!」
奈久留「よーし、あたし、違った、この『北の魔女ナクル』が『ミレイ姫』をさらってごにょごにょしてくれるわ~♪」
みれい(幼少期)「助けて~♪ 『緋色』~♪」
奈久留「ず、ずいぶん嬉しそうな囚われの姫ね。あたしがお前を、ごにょごにょしてやるわ」
茶髪を纏め、大きな丸い目をした、囚われの姫役である『みれい』と、
黒髪ストレート、時折鈍く輝く黒い目が自身を理知的に見せる、北の魔女役である『奈久留』が、楽しそうにじゃれあっている。
『みれい』は『緋色』に媚びるから苦手だった。『奈久留』も『緋色』が好きだったから嫌いだった。
みれい(幼少期)「ちょ、やめなさいよ『奈久留』! 助けて~『緋色』~♪」
でも、ボクたちは幸せだった。それだけは本当だった。
RPGごっこをするボクたちは街を駆けた。
日本という国はボロボロで再起不能だったけどボクの家は貧しくなかった。
『緋色』も『奈久留』も『みれい』も、みんな養ってやれた。この町はボクたちの為の楽園で、みんなみんな幸せだった。
ボクの少し先、開けた野の原で『勇者ヒイロ』の持つ『木の棒』が『魔女ナクル』に向かって空《くう》を切る。
緋色(幼少期)「『北の魔女ナクル』よ、この聖なる剣に裁かれるがいい!」
奈久留「ぎゃ、ぎゃああ」
演技増し増しな『奈久留』による断末魔の叫び。
そして悶え倒れるフリをする『奈久留』を背に、『緋色』が片腕を掲げてみせる。
祈「みんなぁ、おやつのパイが焼けたからお出で~」
そこに実の姉、『市原 祈《いのり》』の声が響いた。 『祈(いのり)姉ちゃん』は、ボクの自慢の姉だった。
街の誰よりもキレイな金の髪をして、料理も掃除も何でも出来た。頭だって悪くない、ボクの大好きな姉ちゃんだった。
緋色(幼少期)「やった! 『祈姉ちゃん』サンキュな!」
創(幼少期)「ひ、ヒトの姉ちゃんを、気安く『姉ちゃん』呼びするんじゃねぇよ。殺すぞ『緋色』」
緋色(幼少期)「うっめぇ! 『祈姉ちゃん』のパイ最高!! 俺、姉ちゃんの婿にならなってもいいぜ!」
創(幼少期)「・・・・・・こ、殺す」
〇中庭
平和だった。ボクたちはいつまでも、誰よりも。それは永遠に続くと、『市原家』の誰もがそう思っていた。
風が強い秋の日だった。10月10日水曜日。雲の多い空が窓から見えた。
緋色(幼少期)「――おじちゃん! 『奈久留』が、『奈久留』がおかしいんだ! お願いだよ、すぐ診てくれよ!」
創(幼少期)「『緋色』、父さんは順番待ちの患者を抱えてるんだぞ? それに『奈久留』がおかしいのなんて今に始まった事じゃ、」
その日、『緋色』はボクをはね退けて父に迫った。鬼気を孕んだ目が大きく開かれ、父を見上げている。
緋色(幼少期)「おじちゃん! おじちゃん!!」
その腕が父の白衣を掴み、父の身体を大きく揺さぶる。
父は、何処か不自然な汗を流していたように思う。
そらし気味な視線を『緋色』に合わせ、そのひと回り小さな腕を押さえつけるように、自身の腕で取った。
市原剛「今、行く」
父は聴診器を首に巻き、『緋色』と共に出て行った。
〇簡素な部屋
地主であり医者でもあった父はうちで預かっていた、『緋色』と『奈久留』、『みれい』を外の離れに住まわせていた。
だが気が変わったのか、1ヶ月ほど前、父は離れから知り合いの家へ、『奈久留』の住まいを移させた。
新しい『奈久留』の家に、ボクはその日初めて足を運んだ。
小ぎれいなベッドが1つだけ置かれた、何もない木の家、
その床に『奈久留』と茶色い毛玉が、1つ、2つ、縮れるように落ちていた。
緋色(幼少期)「『奈久留』! お前何食べたんだよ?!」
『緋色』の詰問に体中を黒くした『奈久留』が応える。チカラなく、肌の黒によく映える白の歯が微笑んでいた。
まさか、この子は、あの落ちているあの肉を食ったのか? あまりの事にボクは何も言葉が浮かばなかった。
奈久留「お腹空いてて、知らないおじちゃんが、こ、これクレタの」
その横たわった腕の小さな指の腹には、
――ネズミと思われる揚げられた尻尾が握られていた。
『奈久留』はここ1ヶ月、自身1人での生活を身に着ける為、たった独りで暮らしていた。
子供たちの中で一番出来の良かった『奈久留』なら、なんて事の無い1ヶ月だとボクたち皆が思っていた。
創(幼少期)「『奈久留』? 何でそんなモノを口にしたんだ。助けを呼んでくれたらボクが! それこそ、ご馳走だっていくらでも!」
小馬鹿にするように『奈久留』が笑う。 その笑みに、胸がドキリと跳ねた。
うっとりするほどキレイな黒、無邪気の中に鬼を飼うような瞳。その中で生まれた輝きだった。
奈久留「親友の、ボク、が?」
創(幼少期)「そうだよ! ボクたち親友だろ?」
ボクの必死な訴え、チカラをこめた叫びにも、『奈久留』は応える事が出来なかった。
頭皮から足首まで、そして足の指の先もきっと、汚れの無い黒に違いなかった。
その時のボクは、心から溢れるゾクゾクを抑え込む事で、頭の中が一杯だった。
奈久留「それでもあたし、やっぱり雇われ者だし、所詮、『ジャンク』でしかないし・・・・・・」
創(幼少期)「もうジャンクじゃなくなったじゃないか! 父さんから『泉《いずみ》』って苗字を貰ったじゃないか!」
奈久留「それでも、」
黒く染まった頬は、引き攣り強張っている。それでも気丈に、懸命に、『奈久留』は答えてくれた。
必死に目を開け、ボクたちを見ようとしてくれる。
『緋色』は苦しむように歯を噛みしめていた。
それが『なんか可笑しいな』と、怖気に似たゾクゾクと共に、ボクは感じていた。
奈久留「自立、自給自足しなきゃ。せっかく苗字もらったんだもん。自分で生きていかなくちゃ」
何処を見ても、身体の何処を見ても全てが真っ黒だった。全てを黒に染めて、彼女はまだ生き残っていた。
誰も触れる事が出来ない黒に、皆が見入っていた。それほど彼女は美しかった。
緋色(幼少期)「お、おじちゃん頼むよ! 『奈久留』を助けてくれよ! お願いだよっ!!」
父はその時首を振った。地に頭を着けて『奈久留』の前で這いつくばる。
哀れだった。チンケだった。本当に興が冷める。
けどこれも全て父の余興、遊びなのだろう。この絶体絶命の状況を、いつもひっくり返し救ってしまうのが、ボクの父だった。
奈久留「・・・・・・ひいろ」
『奈久留』の声に顔を跳ね上げ、『緋色』が『奈久留』の伸びきった腕を取る。
緋色(幼少期)「『奈久留』! だ、大丈夫だ! おじちゃんは世界一の医者だ! 絶対『奈久留』を助けてくれる! 誓って! だいじょう」
全くその通りだ。けどその時、『奈久留』は不思議な事を『緋色』に問うた。
奈久留「『緋色』、あ、あたしキレイ?」
緋色(幼少期)「え?」
奈久留「『緋色』から見て、あたし、キレイ?」
ボクにも分かった。それは『緋色』にも解ったんだろう。『緋色』にも、それが『奈久留』最期の訴えだと感じたんだろう。
けど、みんなは分かってない。ここからの心臓が止まるくらいの逆転劇を、ボクは今か今かと待っていた。
父の真の行動を見る事は最後の楽しみとして、今は必死な『緋色』を窺う。
緋色(幼少期)「う、うん! キレイだ! 世界一!」
奈久留「なら、」
『奈久留』のソレは、真っ黒い、どす黒い、――最高の笑顔だった。 そこに惹かれた。イノチの究極極限の絵がココにあった。
奈久留「あたしは、この『黒』を否定しないよ? この子は、あたしだけにしか迷惑をかけてないんでしょ?」
皆が見た父は、地に頭を付けたまま頷いた。 ボクも心配げに見たが、本心は逆だ。父なら治せる。その技術がある。
木の床に転がったまま、優しい笑みで『奈久留』は言った。
奈久留「なら、あたしが愛したげる。認めてあげる」
『緋色』は涙を止めず、ぼろぼろとソレを零し続けた。
──茶番はもういいよ。出番だよ、父さん。
奈久留「だから――、今、あたしを殺して? お願い、・・・・・・『緋色』」
見つめた父は、顔を起こすことをしなかった。震え、腕を組み懺悔を繰り返すだけだった。
創(幼少期)「・・・え?」
そう。
一番の医者による類い稀なる名技をボクが見ることは無かったんだ。
〇牢獄
そして皆が白い、バリウム溶液のような色の手術着に着替えた。
街は県単位で土壌・大気・水利、全てが滅菌され、後はボクたちが、彼女を始末するだけだった。
『奈久留』から血が、体液が飛び散らないように、飛沫《ひまつ》がまき散らされないように全て、
・・・・・・父『市原《いちはら》 剛《たけし》』が設定した。
緋色(幼少期)「『奈久留』は、――『奈久留』は強いな。誰よりも」
白衣の中、目だけを見せて、『奈久留』が笑う。
十字架にくくられ、隔離された彼女に向き合ったのは、『緋色』だけ。
ボクたちは、ガラス越しに2人を見守る。
それは、『奈久留』の願いだった。
期待を裏切られたボクは、ただ茫然とガラスの先のモルモットを見ていた。
奈久留「でしょ? 一番でしょ? だからお願い、『緋色』お願いだから、」
緋色(幼少期)「解った。俺が誰よりも『奈久留』好きだから、だから俺が、俺が楽にしてあげる」
『緋色』が鈍く輝くキリを握る。身体全てを手術着で覆い、付けた眼鏡から角膜の尿を零して、ソレを力強く『奈久留』へ突き刺した
弾けたトマトのように血が吹き出す。『奈久留』から赤がしたたり落ちた。『緋色』の白い手術着をその赤が止めどなく伝っていく。
奈久留「ひいろ、・・・・・・だいすき」
呆気ない言葉。
それがボクの聞いた、『奈久留』最期の音だった。
赤を零すモルモットを見据え、ボクは復讐を誓った。
そして、あの父(クズ)が出来なかった事をボクが成そうと! ボクこそが彼女を、『親友』を救うんだ! と
『奈久留』の黒を穢《けが》す血を眺めながら思ったんだ。
𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭
読了時間11分ということで、少し足踏みしてました…すみません💦
読んでみると、時間を感じさせない面白さですね!!
設定が深いのが凄いです! ネーミングも独特のセンスですね!
「雇い人」とか「ジャンク」とか新鮮です。
身分が違うのに友達同士というのも面白いですね。
そして2話にして凄絶な最後。凄いドラマを感じさせました😱
2話目も面白かったです(≧▽≦)🌿新たな発見ももあり楽しめました!ありがとうございますm(_ _)m🍀
ゲーム見たいに読めてとっても楽しい🎶
更に素敵な作品になっててやっぱななちゃんは凄い👏