桜日和

momo0923

エピソード1(脚本)

桜日和

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〇桜並木
  待ち合わせの時間には少しだけ早い。
  
  日曜日にしては人気のあまりない、静かな朝だ。
  隠れた名所である公園の桜並木は、あと少しで満開を迎えようとしていた。
  ──いつの間にか、またこんな季節になっていた。
  
  侑は感慨深く、淡い薄紅色の花の群れを見上げる。
  可憐な花が微風に揺れるのを、ぼんやりとただ見つめる。
  
  ──侑は取り止めもなく、昔のことを思い出していた。

〇教室
  もう10年以上も前、こんな風に桜が咲く頃、圭と出会った。
  
  まだあどけない少年同士、クラスメイトとして。
  緊張しながら初めての教室に入る。
  自分の席を見つけて、座ろうとした侑の背中を誰かがトン、と叩いた。
  「お前が前の席?よろしく!」
  屈託のない笑みを浮かべた少年──それが圭だった。
  
  振り返ってしばらく、侑は動けなかった。
  
  「どうかした?」
  不思議そうにする圭から、目が離せなかった。
  
  ──それが一目惚れ、だったのだろう。
  圭とはすぐに打ち解け、他の友達も交えながら、いつも一緒に遊ぶ親友になった。
  圭への想いを、胸の中に隠したまま。

〇教室の教壇
  友達としての圭との時間が、何年も過ぎていった。そんな、ある春の日。
  西日が差す放課後の教室。
  そろそろ帰ろうか、と言いかけた侑に、
  
  「ちょっと報告、きいてくれる?」
  
  と圭が切り出す。
  「え?」
  
  面食らった侑に、悪戯っぽく圭が笑う。
  
  「3組の生田さん、知ってる?」
  唐突に出された他クラスの女子の名前に、胸がざわついた。
  実はさ、といいかけて圭ははにかむ。
  ──聞きたくない。
  
  続く言葉を察して、耳を塞ぎたくなった。
  「告白されて、付き合うことになった。俺もいいなー、って前から思ってて」
  息が止まった。
  
  一瞬の間ののち。
  「えー!なんだよそれ!マジかー!」
  不自然ではなかっただろうか?
  考えながら侑は笑った。
  「お幸せに!」
  
  冗談めかして、圭をこづく。
  ──苦しかった。
  そして、動揺している自分に驚いていた。
  本当の気持ちなど、いえなかった。

〇桜並木
  圭と別れてから、侑は学校近くの公園に足を運んだ。
  やけに静まり返った夕方の公園。
  
  満開に近い桜並木が、ほのあかるい中聳え立っていた。
  今だけは、一人でいたい。
  
  嘆息し、嘲るように咲き誇る美しい桜の下で、侑は立ち尽くす。
  ──どうか、幸せに。
  
  この言葉に嘘はない。
  それだけが救いだった。
  
  侑は切実に願った。

〇桜並木
  「──ごめん、待たせた!」
  
  その声に、はっと侑は我に返る。
  随分ぼんやりしてしまっていたらしい。
  圭だ。
  少し走ってきたらしく、息を切らしていた。
侑「大丈夫。それより、平気?」
  言いながら、思わず苦笑する。
侑「そんなに急がなくてもよかったのに、ねえ?」
  最後の方は、圭の腕の中に対して呼びかけ、侑は微笑んだ。
  
  そこには、小さな女の子がちょこんと収まっていた。
  そう、もうあの頃とは違う。
  お互いに大人になっていた。
  
  圭はあの時の彼女と長く付き合ったのち、数年前に結婚した。
  圭はひとりの女の子の父親になっていた。
  
  会うたびに、その子の成長振りには驚かされる。
  同時に、時の過ぎる早さを実感した。
  澄んだ大きな目がじっと侑を見つめてくる。
  幼い子供特有の、不躾なほどの真剣な眼差し。
侑「こんにちは、大きくなったね!」
  「ほーら、こんにちは、は?」
  子供を地面に立たせながら、圭は促す。
  侑はしゃがみ込み、女の子に目線を合わせた。
  コンニチハ、とたどたどしく口にして、
  子供ははにかむ。
  
  可愛い、と侑は素直に感じた。
  ──圭によく似ている。
  ──数日前の、圭からの唐突な依頼。
  『花見に付き合ってくれ』と言われ、最初は面食らったものの、断る理由などなかった。
  話を聞けば、奥さんが二人目を妊娠中とのことで、身体を休ませてあげたい。
  
  幼い我が子にお花見を経験させてあげたい。
  今日はそんな趣向のお花見らしい。
  圭らしい優しさと気遣いだ。
  その助手が自分でいいのか、それはよくわからないけれど。

〇桜の見える丘
  頭にそっと手を乗せ、指を滑らせる。
  健やかな子供らしく、柔らかな髪の感触が掌に心地よい。
侑「可愛いね、子供」
  侑が呟く。
  
  「大変だぞ!チビ怪獣だからなー」
  
  ちょこちょこ動く子供を慌ただしく追いながら、圭は幸せそうに笑う。
  「お前も、子供とか、結婚とか考えないの?」
  
  何気なく問われても、もう傷つかなかった。
侑「全然!相手もいないし、まだまだかな」
  可愛い子供。
  優しい妻。
  もうすぐ生まれるだろう新しい命。
  
  そんな圭の幸せを、尊重したい。
  
  だから。
  ──この気持ちは、誰にも明かさない。
  ──でも。
  
  (なあ、圭──)
  
  胸の内で呼びかける。
  
  これくらいは、許されるだろうか?
侑「──好きだよ」
  小さく、聞こえないように囁く。
  
  「ん、何?」
  
  子供と手を繋ぎ歩いていた圭が振り返る。
  桜の花弁がはら、と舞い落ちる。
侑「なんでもない」
  春の柔らかな日差しが、どうしようもなく暖かくて、心地よくて、泣きそうになる。
  
  そんな優しくて切ない時間だった。

コメント

  • 途中、主人公の気持ちを考えると、とても苦しかったですが、最後は未来に向かっていけるようなラストになっていて良かったです。
    素敵な物語ありがとうございました!

  • 圭が彼女と付き合うと言った時、主人公はとっても悲しかっただろうな。でも、最後は父子の姿を見て、前向きに生きていく気持ちが見えました。

  • 結ばれるはずのない恋ほど悲しいものはないけど、圭に対してこういう風に接することのできる主人公の強さ感じ、女性の立場でも共感できました。

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