海の中、ふたり。

結丸

先生の妙案(脚本)

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〇レトロ喫茶
飛鳥馬 凌「知ってる? クマノミってさ、成長の過程で体が大きいのがメスになるんだって」
千歳 光記「はぁ」
飛鳥馬 凌「ってことは、もしも僕らがクマノミだったら、僕はメスで君はオスになるんだよねぇ」
千歳 光記「あの、それより原稿の打ち合わせを──」
  ブーッ
  ブーッ
飛鳥馬 凌「おっと電話だ。 もしもし?」
  憧れの作家、飛鳥馬凌の担当になったのは
  嬉しいけれど・・・
  掴みどころがない人で、
  いつもこうして振り回されてしまう。
千歳 光記(まぁ、こういうのはいいのよ。 問題は──)
飛鳥馬 凌「もちろん愛してるよ。 うん・・・それじゃ、切るね」
千歳 光記(女性関係がね・・・)
飛鳥馬 凌「・・・ふう。 悪いね、話の途中で。 えーっと、それでなんだっけ?」
千歳 光記「・・・」
飛鳥馬 凌「どうしたの、生ゴミでも見るような目で 僕を見て」
千歳 光記「先生・・・ そろそろ刺されますよ」
飛鳥馬 凌「ええっ!? ど、どういうこと?」
千歳 光記「さっきの電話です。 また新しい彼女ですか?」
飛鳥馬 凌「いやいや、ただの取材対象だから」
千歳 光記「はぁ・・・ 今さら誤魔化さなくても・・・」
飛鳥馬 凌「何、ただの恋人ごっこだよ。 これも作品づくりの一環さ」
  悪びれる様子もなく、さらりとそんなことを
  言う。
千歳 光記「不純です!」
飛鳥馬 凌「不純って・・・作品のためにこの身を捧げてるんだから、むしろ純粋でしょ?」
千歳 光記「どこがですか! だいたい、軽々しく「愛してる」なんて──」
飛鳥馬 凌「ちょっと待って」
千歳 光記「はい?」
飛鳥馬 凌「君の口から「愛してる」って言葉を聞くの、 新鮮でいいね」
飛鳥馬 凌「ねぇ、もう一回言ってみてよ」
千歳 光記「い、言いません!」
千歳 光記「っていうか、いくら取材の為とはいえ 不特定多数の女性に──」
飛鳥馬 凌「あ、いいこと思いついた」
  ぐい、と先生は私に顔を近づけてくる。
千歳 光記「な・・・なんですか」
飛鳥馬 凌「なら、君が僕の恋人ごっこに付き合ってよ」
千歳 光記「な、なんで私が・・・!?」
飛鳥馬 凌「僕の担当として、作品づくりに協力してくれればいいんじゃない?」
千歳 光記「資料集めとかならともかく・・・ 仕事の範疇を超えてますよ!」
飛鳥馬 凌「そう? 残念だなぁ。 妙案だと思ったんだけど・・・はぁ」
  長めの前髪からチラリと視線が向けられ。
  わざとらしく大きなため息つく。
飛鳥馬 凌「仕方ない、それじゃまた”取材”するか。 次はどんな女性に──」
  バン!!!!!
  私は思わずテーブルを叩きつけ、
  立ち上がった。
千歳 光記「それはダメ!」
千歳 光記「・・・です」
飛鳥馬 凌「・・・」
飛鳥馬 凌「じゃ、交渉成立ってことで」
千歳 光記「うっ・・・ は、はい・・・」
  にっこりと笑う先生の顔を見て、
  私は全身から力が抜けるのを感じた・・・

〇水中トンネル
  数日後──
  先生は私を水族館へと連れ出した。
飛鳥馬 凌「見てごらん、まるで海の中だ」
千歳 光記「先生、本当に水族館がお好きなんですね」
飛鳥馬 凌「うん、好き。 人間でいることを忘れられるからね」
千歳 光記「その感覚はちょっと分かりかねますが・・・」
飛鳥馬 凌「っていうか、今日は私服なんだね」
千歳 光記「ま、まぁ一応? デートってことですし・・・」
飛鳥馬 凌「うんうん、だよね! デートだもんね!」
千歳 光記「い、言わなくていいですってば!」
千歳 光記「だいたいこれは作品づくりのための・・・ しゅ、取材の一環です!」
飛鳥馬 凌「はは、そうだったね」
  否定したものの──
  内心、どこかドキドキしている自分がいる。
千歳 光記(いけない、仕事なんだから・・・ 切り替えないと)
飛鳥馬 凌「ま、せっかく来たんだから楽しもうよ」
千歳 光記「・・・それもそうですね」
  平日の館内は人が少ない。
  ゆっくりと、そして静かな時間が二人の間に流れていく。
飛鳥馬 凌「言葉がなくても伝わるっていいね」
千歳 光記「なんですか、急に」
飛鳥馬 凌「魚たちを見てると羨ましくなる。 言葉を交わさなくても想いを伝えられるから」
千歳 光記「先生がそんなことを仰るなんて・・・」
飛鳥馬 凌「ときどきね、もどかしくなるんだ」
飛鳥馬 凌「どれだけ言葉を重ねても、本当に伝えたい ことは伝わらない気がして・・・」
千歳 光記(先生、もしかして何か悩んで──)
飛鳥馬 凌「・・・なーんていうの、どうかな?」
千歳 光記「・・・はい?」
飛鳥馬 凌「口下手な主人公が片想いの女の子に告白するセリフ。 次回作に使えそうかなって」
千歳 光記「もう・・・ 心配しちゃいましたよ」
飛鳥馬 凌「ごめんごめん」
飛鳥馬 凌「でも・・・半分は本心だから」
千歳 光記「えっ?」
飛鳥馬 凌「言葉じゃうまく伝わらないなぁって。 もどかしく思うこと、あるよ」
  そう言うと先生は私の目をじっと見つめた。
  まるで、何かを訴えているような・・・
飛鳥馬 凌「・・・・・・」
千歳 光記「先生?」
飛鳥馬 凌「うん、やっぱり目は口ほどに物を言わないね」
千歳 光記「ふふっ、何ですかそれ」
飛鳥馬 凌「いや・・・ 「君のことが好き」って、目で伝えてみたんだけどねぇ」
千歳 光記「もー、何を言って──」
千歳 光記「え?」
飛鳥馬 凌「うん?」
千歳 光記「えっと、これも次回作の──」
飛鳥馬 凌「違うよ」
飛鳥馬 凌「僕、君が好きなんだ」
千歳 光記「だ、だって先生の周りには女性が・・・」
飛鳥馬 凌「全く、浅はかだよねぇ。 他の女性の影をチラつかせたら焦ってくれるかなぁなんて思ってさ」
飛鳥馬 凌「策士策に溺れる・・・かな。 随分と遠回りしちゃったよ」
千歳 光記(先生が私を・・・好き?)
  思考が追いつかず、
  ただ鼓動だけが速くなる。
飛鳥馬 凌「まぁ、これからは僕が君を好きだってこと、伝わるまで伝えていくことにするよ」
飛鳥馬 凌「・・・いい?」
千歳 光記「・・・っ」
飛鳥馬 凌「・・・って、聞いてる?」
千歳 光記「すみません、何だかドキドキして・・・ 息がうまく出来なくて」
飛鳥馬 凌「・・・可愛いこと言ってくれるね」
  先生は愛おしげに私の頬に触れた。
  その手は大きくて、温かい。
飛鳥馬 凌「もう少し・・・二人で海の中にいよう。 僕も、ここなら素直になれそうだ」
千歳 光記「海の中・・・」
飛鳥馬 凌「それとも、海の中じゃ息が続かない?」
千歳 光記「・・・大丈夫です」
千歳 光記「だって・・・ 先生と一緒、ですから」
飛鳥馬 凌「──っ」
飛鳥馬 凌「それ、反則・・・ あー、僕が酸欠になりそう」

コメント

  • うふふ、きゅんのストリートファイターかよ。と、ツッコまずには、いられない怒涛の応酬でした。魚ってきゅんに効くんかなぁ、早速…

  • 作家先生に振り回されるヒロインの描写が とても可愛らしくて、ずっとニヤニヤして読んでいました。水族館でのセリフもとても素敵でした。素晴らしい作品、ありがとうございます!

  • アクアリウムだからできる恋愛表現が絶妙で感動しました!久しぶりに行きたくなりました!

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