彼と私の日常のお話(脚本)
〇システムキッチン
杏次「いらっしゃいませお客様。本日のご注文はいかがなさいますか?」
ある日の昼下がり。特別でもなんでもない、365日の中のなんてことない1日。
私の彼ーアンちゃんこと月森杏次は、部屋のキッチンカウンターの内側に立ち、接客用の微笑みを浮かべた。
小さなカフェでバリスタとして働いている彼は、休日になるといつもこんな風に、私の為だけにコーヒーを淹れてくれるのだ。
私「イケメンの店員さん。貴方のおすすめが飲みたいです」
カウンタースツールに腰掛けている私は、足をパタパタさせながらそう口にする。
杏次「やっぱ対面式キッチンにして正解だったよなぁ。このせいでちょい家賃高いけど、妥協しなくてよかった」
私「ちょっと今さら?この部屋もう二年以上前から住んでるじゃん」
杏次「いいだろ?別に」
アンちゃんが唇を尖らせながら、コーヒーミルのハンドルをぐるぐる回す。
彼と付き合い始めてから私はすっかり、淹れたてのコーヒーと、このごりごりという豆を挽く音が好きになってしまった。
〇テーブル席
──アンちゃんと出会ったのは、今から四年も前のことだ。
コーヒーが苦手だった私に、友人が勧めたカフェ。今と同じく、アンちゃんはそこでバリスタとして働いていた。
私がコーヒーが苦手だと知ったアンちゃんは、私の為に色んな種類のコーヒーを淹れてくれた。
そして気がつけば私はすっかり、そこの常連になっていた。
アンちゃんは、私が初めて「おいしい」って言った時、それはもう嬉しそうに笑ってた。
それにつられた私を見て、アンちゃんは顔を真っ赤にしながら「好きです」と呟いて。
それから付き合うようになり、しばらくして同棲を始めて、もうかなりの時間を一緒に過ごしてきた。
なかなか素直になれずつい憎まれ口ばかりたたいてしまう私を、アンちゃんはいつだって「可愛い」って。
キラキラした笑顔で言いながら、優しく頭を撫でてくれるんだ。
〇システムキッチン
杏次「何?ぼーっとして」
アンちゃんは手を止めることなく、視線だけを私に向ける。
私「んー?いい香りだなーって。何かいつもと違うが気がする」
私がそう呟くと、途端にアンちゃんの顔がパッと輝いた。
杏次「分かる?今日の豆はハワイコナコーヒーっていうの。ハワイ島のコナ地区で栽培されてる品種なんだけど、すげぇ希少価値が高いんだ」
杏次「これは浅煎りにしてあるし酸味がなくて飲みやすいよ。フルーツみたいな甘い香りがして、口に含んだ後の余韻まで楽しめ・・・」
私「あぁもう、アンちゃんのコーヒーうんちくはいいから、早く飲みたいよ!」
杏次「じっくり蒸らさなきゃいけないんだから、その間にちょっとくらい話したっていいじゃん」
私「じゃあ、違う話しようよ」
杏次「えぇ、例えば?」
そう言って、首を傾げるアンちゃん。私はニッコリ微笑んで、彼を誘惑する女性客になりきる。
私「ねぇ、イケメンの店員さん。彼女いないなら、私と付き合わない?」
杏次「ありがたいお誘いですが、僕には彼女がいますので」
アンちゃんはそう言って、嬉しそうにはにかんだ。
私「それは残念。だけどその子、お兄さんみたいに素敵な店員さんに、ちゃんとつり合ってるのかなぁ?」
私の言葉に、アンちゃんは手にしていたドリップポットを置く。そしてその大きな手で、そっと私の頬を包み込んだ。
杏次「僕にとっては、世界で一番可愛い彼女です。一生一緒にいたいと思う、たった一人の女の子なんです」
私「へ、へぇ・・・そうなんだ」
自分から仕掛けたこととはいえ、見つめながらそんな台詞言われたら、ドキッとしてしまう。
ふいっと視線を逸らすと、アンちゃんはまるで逃がさないとでも言いたげにぐっと顔を近づけた。
杏次「なぁ分かってる?お前のことなんだけど」
私「あ、アンちゃ・・・」
アンちゃんはカウンターから身を乗り出すと、私の唇にチュッと優しくキスを落とす。
杏次「これからもずっと、大好きだから」
私「私も・・・ずっと好き」
照れながらもそう答えると、アンちゃんは本当に嬉しそうに顔を綻ばせた。──
平凡でありふれた、最高に幸せな。
私と彼の日常の物語を、私達はこれからも二人で紡いでいく。
はじめましてmareと申します。
作品とても面白くて、きゅんきゅんしました♥️
あと、質問なのですが、
次のエピソードにはいったときに、背景にばーって文字が打たれていく演出がありましたが、あれってどうやるんですか?
ド直球が一番強い。真っ直ぐ言葉に出せてこれなかったのはなんでだろう? 仮想世界でさえ遠慮してしまう自分への反省会を開いてみます…って、その感じが原因か…と、無限ループ♾中
コーヒーの苦さとは正反対の甘さに、思わず甘い!と叫んでしまいました。セリフに散らばっており、胸キュン要素に心が打ち抜かれました。
とても素敵な作品、ありがとうございます!