読切(脚本)
〇池袋駅前
誰と間違えているんですか。それが率直な感想だった。
私に声をかける男性などいない。
ましてやこんなに顔のいい人からなんて地球から重力が無くなっても有り得ない。
後ずさる私に、俺だよ、と彼は目尻を下げた。
トシヤ「トシヤだって。何で引くんだよ」
ナツキ「いや、声まで違うじゃないですか」
外見はまだしも声が違ったら間違いなく別人だ。
こいつは詐欺か。ドッキリか。
回れ右をしようとした私に、彼は免許証を見せた。
写真の男は重たい髪に眼鏡、荒れた肌で私の見知ったトシヤだ。
トシヤ「ほくろの位置、合ってるでしょ。耳の形も一緒。俺だって」
確かに合っている。しかし眼前のイケメンは、ワイルドなヘアスタイルにパッチリおめめ、色白お肌である。
ナツキ「信じられるか」
トシヤ「俺の前歯が一本だけ斜めに生えてるの、覚えてるか」
今度は歯を見せて来た。イケメンが歯並びを目一杯主張している絵面はなかなか愉快である。
そしてこのアホな振る舞いには覚えがある。
ナツキ「本当にトシヤなの」
トシヤ「うん」
ナツキ「詐欺だったら逃げればいいか」
トシヤ「俺に言うなよ」
懐かしいやり取り。何処の店に入ろうか、とようやく歩き出す。
世界に対して、こういう優越感を覚えたのは初めてだと感じながら。
〇大衆居酒屋
外見が好感度に影響することは知っているが、私には当てはまらないと思っていた。
人間、大事なのは中身だ。
どんなにイケメンでもクズではどうしようもない。
それに私のルックスは他人をどうこう言える身分ではない。
だからイケメンも美女もどうでもいい。
どうでもよかったのに。
トシヤ「あのアニメも劇場版でやっと完結したな」
トシヤ「公開初日に観に行こうとしたら、うちの方はすげぇ雨でさ」
トシヤ「映画館へ行く途中でパンツまで濡れたから諦めた」
ナツキ「私は初日に観た」
ナツキ「賛否両論あるけど好きな終わり方だったな」
喋りながら、こいつはどんなパンツを履いているのだろうと考えてしまう。
さっきは漫画版とアニメ版でキャラの髪色が変わった話をしながら
お前の決まったヘアーに顔を突っ込んだらどんな匂いがするんだい、と気になった。
〇古い大学
大学時代から妙に話の合う奴だった。
でも男女として意識したことなんて欠片も無くて
部室でオタク話をしたり、ファミレスで夕飯を食べながら
乾いた猥談をやり取りして
そうしてまた明日と手を振る。
そんな仲だった。
〇大衆居酒屋
それが社会人になってたったの二年で、何があった。
眼鏡で肌の荒れた私の友人は何処へ行った。
オタク話ががっちり噛み合うイケメンなんて反則だ。
何故私がトシヤのパンツに思いを馳せなければならない。
トシヤ「あ。口元、肉片が付いてる」
ナツキ「言い方凄いな。どこ?」
指差されたあたりを擦る。取れたか。どうだ。
そう思っていたら。
トシヤ「ええい、じれったい」
彼の指が、私の唇、
その端を、軽く、弾いた。
トシヤ「失敬」
ナツキ「いや」
お酒を煽る。何でもない。普通のことだ。何でもない。何でもないやい。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
ナツキ「ねえ」
私は薄っぺらい人間だ。人の容姿が変わっただけで、こんなにも揺れ動くなんて。
もし前のトシヤだったら、私はこんな気分になったかな。
トシヤも、私の口元に手を伸ばしたりしたかな。気にしたことも無かったな。
ナツキ「やっぱり、感じ変わったよね。話すことは一緒だけど」
トシヤが視線を外す。
そうねぇ、とお酒を一口飲み溜息をついた。
トシヤ「仕事に就いて三か月くらい経った時にさ。先輩に改造されたの」
トシヤ「お前は能力はあるのに自信が無い。騙されたと思って一回言う通りにしてみろ」
トシヤ「嫌なら続けなくていいからって」
ナツキ「ほう」
トシヤ「見た目と話し方を変えようって」
トシヤ「美容院を紹介してくれた。肌の手入れを教えてくれた」
トシヤ「くぐもった早口じゃなくて、ゆっくりと、下腹部から脳天に通るように声を出せって練習に付き合ってくれた」
下腹部、と言う単語に一瞬気を取られる
トシヤ「服もくれたな。おさがりだったり、買ってくれたり」
トシヤ「皆が、変わったねって言ってくれた。素敵になったって」
トシヤ「嬉しかった。そういう風に褒められたことは無かったから」
彼がまた、お酒を一口飲んだ。
嬉しかったんだよ、と視線が宙を彷徨う。
トシヤ「今日、君が気付かなかった時も嬉しかった」
トシヤ「どうだ、って気持ちだった」
トシヤ「同時に、昔と同じやり取りが出来て、好きなことをたくさん話せて、凄く楽しかった」
私は凄く情緒不安定だった、と言いたいが飲み込む。
トシヤ「君を誘って良かった。自然体でいられた」
トシヤ「うん、結構肩肘張ってたんだな、俺」
逸らされていた視線が、唐突に私の瞳を捉えた。
トシヤ「ありがとう、ナツキ」
ナツキ「おおう」
呻き声が思わず漏れた
今日一番の柔らかい笑顔でありがとうなんて言われたら、私のクソ雑魚ハートなんて一撃でキュン死だ。
ナツキ「そうか、イケメンになったらなったで悩むんだな」
ナツキ「よし、まだまだ飲むぞ。楽しいもんな。私も楽しい」
ナツキ「一晩中でも付き合うぞ」
我ながら、急に姉御肌になって不自然極まりない。
だがトシヤも独白が照れくさかったのか。
トシヤ「そうだな、飲もう飲もう」
と乗ってきた
互いの顔が赤く見えたのは、お酒を飲んでいるからだ。
〇ネオン街
翌朝、五時。
見るも無残な酔っ払い二人がカラオケボックスから追い出された。
乱れ切ったトシヤの髪を見て、いい匂いの整髪剤だったな、と愉悦に浸った。
一目では疑われるくらいの変貌を頑張って遂げたトシヤ、でも中身は相変わらずなのですねw
だからこそ、頑張らずに会話できる相手を求めちゃうのでしょうね。
タイトルに引き寄せられて読ませて頂きました。ちょっとした雰囲気の変化で何かドキッとしてしまうようなことってありますよね、楽しいストーリーでした。
たしかにちょっと服装や話し方を変えれば魅力的になる人は意外と多いです。
でも、これは先輩のアドバイス通りにがんばった彼だから…なんでしょうね。
ときめく気持ちはわかります。笑