始まりの街(脚本)
〇電車の中
《 次はー 渋谷、渋谷 》
〇電車の座席
「あ、待ってください・・・!」
〇改札口前
僕は急いで電車を降りる。
目的地ではない駅で降りた理由は、正面に座っていた女性が座席に手帳を落として降車したからだ。
〇渋谷の雑踏
「あ・・・・・・」
〇渋谷駅前
反射的に追いかけたものの、ここは文化の発信地、渋谷だ。
沢山の人々が行き交い、僕はすぐに女性を見失ってしまった。
〇渋谷のスクランブル交差点
渋谷。
久々に降りた。僕が社会人になって、初めて働いた街だ。懐かしい。変わっているようで、変わっていない不思議な街。
〇高架下
その懐かしさに、思わず手帳の持ち主のことを忘れて足を踏み出す。このガード下を通って職場まで向かったっけ。
〇センター街
この本屋で、仕事の勉強のために本を買ったんだ。今まで、本なんてロクに読んでこなかった。渋谷の街に、僕は育ててもらった。
〇SHIBUYA109
この分かれ道、いつも間違えて進んだっけ。地図を見ては引き返しての繰り返しだった。それも楽しかったな。
〇Bunkamura
仕事がうまくいかなかった日は、帰りにここで映画を観た。同じ映画を観ている人々は皆、それぞれの人生を渋谷で過ごしていた。
〇東急百貨店
「・・・少し遠くまで来すぎたな」
〇渋谷駅前
急いで駅まで戻る。手に握った手帳に目を落とす。この行き交う人々の中にきっと、この手帳を必要としている人がいるはずだ。
〇ハチ公前
駅前の交番に届けようと踏み出した瞬間に、「あの・・・!」という声が背後から聞こえる。振り返ると、ハチ公と女性がいた。
「その手帳・・・!」
「あ、よかった・・・!僕、思わず追いかけてきてしまって」
「・・・ありがとうございます。私、これから就職の面接で。その手帳に大切なことをメモしたんですが、緊張で落としちゃって」
「もう、ダメかと思いました。私、渋谷に来るのは初めてで。色んな方に聞いて、交番の場所を教えてもらったんです」
「渋谷ってあたたかい街ですね。人が沢山いて、無視されるかなと思ったんですけど、皆さんちゃんと向き合ってくれて」
「・・・そして、あなたみたいな親切な方がいる」
「私、今日の就職試験、なんだかうまくいきそうです。勝手に色々と話してしまってごめんなさい」
「いえ、僕もあなたとお話しできてあたたかい気持ちになりました」
「実は僕も、初めて就職したのが渋谷なんです。手帳、お返ししますね。面接頑張ってください」
「ありがとうございます・・・!私、なぎさっていいます。あなたは?」
「僕は・・・ふうと、といいます」
「あはは!凪と風。
・・・ありがとうございました。本当に」
〇渋谷駅前
そして、なぎさは歩いて行った。
その後ろ姿は、すぐに人々に消された。
〇渋谷のスクランブル交差点
僕は、渋谷が好きだ。
この街で、何かが始まる気がする。
若い頃の思い出ってわりと忘れているようで、見ると思い出したりするものですよね。
五感で感じ、そして五感で思い出す。人間の身体って不思議ですね。
出発点となった街が、他の人にとっても出発点になるのって楽しいですよね。
懐かしい場所で、そういった人に出会えるのもまた素敵なことだと思います。
長い人生の中、懐かしい場所は誰にもあると思います。懐かしい場所にくれば若い頃の苦労や楽しいことを思い出します。彼女もこれから新たな人生の始まりですね。