読切(脚本)
〇広い改札
「フォローしていた古着屋さんの投稿にそれは目を惹くコートの写真が載っていたので慌てて渋谷に来た」
〇渋谷の雑踏
「投稿されたらすぐに買いに行かなくては私みたいな別の誰かが先に買ってしまう」
〇渋谷駅前
「実際前にあって、その時はフリルシャツだったが、投稿されてから何日かして行ってみたら「とっくに売れましたよ」と店員が言う」
〇センター街
「とっくに、という言葉が心に残っている」
〇繁華な通り
「古着屋の店員は愛想を服に振り撒いて、客に振り撒く分はもう残ってない人が多いから、いちいち失礼だなんだ言うつもりはない」
〇街中の道路
「が、とっくにというのはひりひり来た」
〇アパレルショップ
「そうですか。ならいいです。と何も買わずに出る勇気もなく、そんなに欲しくないキャップを二点買って家に帰った」
〇本棚のある部屋
「今そのキャップは服飾の専門学校に通っていた元カレが置いていったマネキンの頭に載っている。買ってからずっと載っている」
〇本棚のある部屋
「彼がマネキンを取りにきたら、この帽子をどうすればいいのだろう。彼がもらってくれはしないだろうか」
〇古い本
「と考える自分にため息をついた。似合うよ、絶対似合うよとか言って彼に被せて、また疎ましく思われるのだろう」
〇雑踏
「そうして私たちは別れたのだから」
〇本棚のある部屋
「彼が出てってから一ヶ月になる。連絡はない。マネキンはずっと家にいる。帽子もずっと載っている」
〇高架下
「南口を出て明治通りを表参道の方に歩き、神宮前六丁目の信号を左折する。線路の下をくぐって右折すると右側に店がある」
〇ガラス調
「入り口の戸の横に看板が立てかけてある。戸を押して入ると、見たことのある女の店員が古着屋にしては丁寧な会釈をした」
〇アパレルショップ
「この店員が勧めたものを買ったことがあった」
〇アパレルショップ
「別のものを試着していたが、「それが好きなら、これどうですか」と店員が持ってきた」
〇ガラス調
「着てみたら「やっぱり。似合いますね」と言ってくれたことを覚えているが、今の会釈を見るに私のことを覚えてはいないようだ」
〇雑踏
「私はそうなのだ、あまり覚えてもらえるタイプではない」
〇ソーダ
「彼は違った。一度しか行ったことがない上に、久しぶりに再訪した店で、「あ、以前にも・・・」と声をかけられるのだ」
〇古い本
「私はそういう時に彼の真横に並んでいたのを一歩下がり、もう一歩下がり、店員の彼との話が終わるまで存在感を消すようにしていた」
〇アパレルショップ
「しまいには何を見るでもなく一人で店内をうろうろした」
〇アパレルショップ
「話を終えた彼が私のところに来る。「わり」と彼は必ず言う。別に彼が謝ることはない。なのに「わり」と彼は言う」
〇ゴシック
「私はいつからか準備するようになった」
〇ステンドグラス
「来るぞ、来るぞ、わりって言うぞ。来るぞ、来るぞ」
〇ソーダ
「わり」
〇花火
「はい、きた!」
〇アパレルショップ
「「待たせたな。何かあった?いいの」 「ううん。いや、でもこれとか」」
〇アパレルショップ
「別にいいとも思ってないが、彼のことを待っていた感じを出さないために目の前のワンピースをとりあえず指す」
〇ソーダ
「お。いいじゃんこれ。でもこっちも。ほら。こっちもいいね。こういう感じ似合うよな、彩」
〇地球
「私は彩です。彼に名前を呼ばれると自分の名前が素晴らしい響きであるように思えた。私は彩といいます。彩って呼んでください」
〇アパレルショップ
「ハンガーラックの向こうに立つ古着をお洒落に着こなしたマネキンに心の中で自己紹介する」
〇ゴシック
「私は彩。今、彩って呼んだこの男性は私の彼です」
〇古代文字
「マネキンは何も言わない。そう、何も言わない。何か言うマネキンはマネキンとは言わない。何も言わないからマネキンなのだ」
〇不気味
「彼が置いていったマネキンも何も言わない。何も言わないから好き勝手にできる」
〇本棚のある部屋
「帽子を勝手に被せることができる。置き場を勝手に動かすことができる。玄関に置いてあったのをベッドの横に移動することができる」
〇部屋のベッド
「立っているのを寝かすこともできる。寝かしたものをベッドに乗せる。彼の寝ていたように乗せる。横に私が寝る」
〇モヤモヤ
「一緒に布団をかぶって、向き合ったり腕を絡めたりした夜が何日かある」
〇手
「彼の置いていった服を着せて、服に彼の使っていた香水をかけると、ほとんどそれは彼だ。彼だと思いたかった」
〇本棚のある部屋
「一週間くらいしてマネキンを玄関に戻した。それからマネキンはずっと帽子を被っている」
〇公園のベンチ
「彼と私は別れたのだとようやくわかった」
〇赤(ディープ)
「投稿に載っていた赤いコートが店の奥のハンガーラックにかかっていた。安堵した」
〇アパレルショップ
「コートをハンガーから外し、鏡の前に立つ」
〇木調
「わくわくしながら羽織ってみると似合わなかった」
〇歯車
「色か形か何が合ってないのかはわからないが、素敵に見えない」
〇古い本
「こういう時に彼がいたら言うだろう」
〇手
「それよりさ、これのが似合うんじゃない。ほら、彩はこっちだよ。俺にはわかる」
〇アパレルショップ
「店員がこちらに来た」
〇赤(ディープ)
「とっても似合ってますね。お姉さんの雰囲気にぴったりです」
〇血しぶき
「愛想のいい店員にコートを投げつけたくなった」
主人公のモノローグでしたが、だんだんと壊れていくようで、心配になってきました。
思いが強ければ強いほど、夢と現実の境目がなくなっていくんですよね。
とても良かったです。あっという間に読み進めてしまいました。
主人公とマネキンの様子が本当は物悲しいのにどことなく滑稽で、主人公と彼の関係をよく表しているなと思いました。