雨の谷の舞うリカ。

おむめ。りる

雨の谷の舞うリカ。(脚本)

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〇宮益坂
  ドンッッ
  ・・・あぁ、これはヤバいやつだな。
  
  僕にぶつかった自転車の男は、その場に座り込み、通行人らしき女性の悲鳴が響き渡る。
  『アキタ!? アキタが、、死んじゃうよ!』
  女の人の叫び声が聞こえる。
  
  その衝撃は、10mくらい飛ばされた気がしたけど、黒くて細い自転車は、すぐそばに倒れていた。
  歩道から交差点に突き出された僕は、アスファルトを背に仰向けになったみたいだが、あまり感覚はなかった。
  灰色の曇り空は、周りの白やグレーのビルを包んでいた。
  空からぽつぽつと雨が降ってきた。アスファルトの濡れた匂いを最後に、 少しずつ視界が狭くなり、叫び声が遠くなった。

〇白

〇電車の中
  「渋谷、渋谷でございます。東横線、JR線、~線はお乗り換えです」
  
  何回目だろう。今日もこの街にきた僕。
  死を覚悟し、気を失った僕だけども、死んではいないし、ケガも大したことはなかった。
  ・・・全部、夢だったから。
  
  三年前、一人で渋谷に夏服を買いに行った日、その夜に見た夢。
  それから、何度も見る夢。
  
  妙にリアルなこの夢は、僕を渋谷に呼んでいるみたいだ。

〇渋谷のスクランブル交差点
  夢を見た次の日の渋谷は、決まって雨が降りそうな曇り空。
  ブゥーーン、ブゥーーン。
  『今日も朝早くから、ご苦労さま。やっぱり渋谷ですか?』
  彼女の声から、静かに怒りが伝わってくる。
  
  『おはよう、・・・うん。渋谷だよ。こんな時にごめん』
  『本当に何度も言っているけど、式まで、もう三か月もないのよ。新郎のあなたは、式に参加するだけで、良いのかな?』
  『本当にごめん。来週は土日とも空けているし、ずっと、準備するから。
  今日だけは・・・』
  『確かに、たまに渋谷に一人で行くっていってたけどさ、何もこんな時まで・・・』
  『本当にごめん、帰ったら電話するよ』
  『ふぅ、、 もういいよ、好きにすれば。私だけが頑張れば良いのだから』
  ツー、ツー。
  
  結婚式の準備で大変な彼女と、夢を探す僕。
  
  目的が違う二人が、仲良くすることは難しいらしい。
  夢の話を隠している僕が原因だとは思うけども。
  でも、言えるはずがない。
  
  夢の中で、僕を「アキタ」と呼んだ女の人を探しに来ているなんて。
  たしかに伝えるのは難しいかも。ワタシがそっちの立場なら、絶対怒るもの。
  ビクッとして振り返る。
  通りは賑わっているけれど、ボクに話かける人はいない。
  
  急に振り返った僕に驚いたサラリーマンが、少しムッとしていた。

〇道玄坂
  もうお昼過ぎ、今日も何もなく街の散策が終わる。
  
  もう駅に戻ろう。少しだけ遠回りをして。
  そういえばあの日も、遠回りしたな。ご飯を食べた後、少し散歩しようって言っていたな。
  ・・・あれ?
  
  『少し散歩しよう』って、誰が言ったんだ?
  あの日、僕は一人じゃなかったっけ!?
  そうだよ、だから、ワタシは後悔しているんだよ。
  
  ・・・あんなことにならなかったのにって。
  また、声が聞こえた。
  
  さっきより、はっきりと。

〇宮益坂
  今日は、まだ帰れない。
  
  何か予感がする。
  
  今日を僕は知っているみたいだ。
  何度も、何度も。
  ふっと、坂の上から、
  自転車が下ってくるのが見えた。
  
  雨が降るのか、この時間にしては人通りはいつもより、少ない。
  歩道にいるベビーカーを押す女性は、後方の自転車には気付いていないみたいだ。
  
  背筋に冷たい感覚が走る。
  とっさに、ベビーカーに走り寄る僕。
  
  それより何倍も速いスピードでベビーカーに近づく自転車。
  あの時と同じ、真っ黒で、細い自転車が狩りをする豹のように襲い掛かる。
  風を切るようなヘルメットをした男は、何かを見ているのか、ベビーカーに気付いていない。
  ドンッッ
  あの時と同じ音が、体の中から聞こえる。
  
  間に合った。
  
  僕は、ベビーカーの身代わりに、自転車に跳ね飛ばされた。
  『うぅぅ、、』
  
  僕は、理解した。
  
  ずっと、正夢を見ていたんだ。
  ずっと、”今日”に呼ばれていたんだ。

〇宮益坂
  おしいね、少し違うよ。
  夢と同じように、周りの景色が空の灰色で塗りつぶされていく。
  意識が薄らぐ中、
  
  灰色のビルの上から、交差点の真ん中に、長い髪の女の人がゆっくりと着地するのが見えた。
  ・・・誰だっけ?
  
  知ってる気がする。
彼女「・・・アキタ。 ”今日”を探してくれてありがとう。 ワタシを見つけてくれてありがとう」
  アキタ・・・? 
  夢の中で僕を呼んだ声・・・
  
  ・・・あの時の女の人だ!
  ・・・アスファルトの雨の匂い
  
  ・・・白く閉ざされた視界の最後に見た泣き叫ぶ女性、だった。
彼女「やっと、”今日”に戻って来たわ。 三年分の力があれば、大丈夫。 その為に、”あの日”からずっと待ってたんだから」
  僕に向けて左手をかざすと、
  体がぽかぽかと暖かくなり、
  意識がはっきりとしてきた。
  いつのまにか、誰もいない渋谷。
  
  黒い自転車も、ベビーカーもすべてが灰色の空に覆われた街。
  お母さんも、赤ちゃんも、自転車の男も誰もいない。
  
  二人だけの渋谷。
彼女「・・・ あなたは、”あの日”に、死んでしまったの。 ベビーカーではなく、私を守って」
  ・・・誰だっけ?
  
  ずっと一緒にいる気がする。
彼女「・・・アキタが曇り空に吸い込まれて、永遠にあえなくなる気がして怖くて叫んだの」
彼女「・・・私も、自分の心がどっかにいっちゃう気がしたの。 ・・・心が、何か別のモノに変わりそうになってた」
彼女「多分、気を失う直前だったかな? もう、失ってたかもしれない。 ・・・そうしたら、「わかった」ってさ」
  『誰のこと? 「わかった」って誰が言ったの?』
彼女「多分、神さま。 あれから、三年過ごしてるけど、会ったことなくって、推測だけどね」
  この笑顔・・・
  
  リカだ!
  あの日一緒にいたのはリカだったんだ。
  なぜ、リカを忘れるんだよ、それほどの事故だったのか!?
彼女「生き返らせることはできないけど、死んでしまう前に戻ることは出来るってさ」
彼女「”走れメロス”、知ってるよね?  王様と約束して友を人質に、妹の結婚式に向かう話。私がその友達。 あなたはメロス」
彼女「何も聞かされていないメロス。 ”今日”に戻ったあなたに感動した王様は、二人を祝福してくれるの」
彼女「つまり、神さまは二人を自由にしてくれるってことね」
  やっぱり、リカだ。笑顔のリカ。
  
  僕の大好きなリカ。
  一番大事なものを忘れてしまうだなんて、僕はどうしてたんだろう。
彼女「もういいよ。 心の声は聞こえてるんだよ。 ・・・ありがとね」
彼女「二人で帰ろう。 やっと、明日になるよ~ 約束通り、ちゃんと手伝ってよね」
彼女「神様、ありがとう。 ・・・そして、すこしだけ、さようなら」
彼女「・・・ぶつぶつ・・・ ・・・イマヲフラスアメニウタレ・・・ ・・・フタタビノヒ・・・」

〇宮益坂
  リカは、ゆっくりと、空に両手を掲げ、なにかつぶやきはじめる。
  
  華麗にステップを踏み、まるで重力がないように踊り始める。
  夕日が指し、少しだけ、ぽつぽつと雨が落ちてくる。
  
  アスファルトの濡れた匂い、あの日と同じ匂い。
彼女「神様、ありがとう。 また、二人で遊びに来るよ!」

〇白

〇電車の中
  ・・・いつのまにか、電車に乗っている僕。
  
  すやすやと眠る赤ちゃんを抱いた女性に感謝された時、僕はひとりに戻っていた。
  また、夢を見たのかもしれない。
  でも、確信がある。
  
  トクトクと胸の高鳴りを感じ、自分が緊張していることがわかる。

〇広い改札
  駅の改札を抜けると、傘を持った彼女が立っている。もう、怒っていない。
彼女「・・・ただいま、アキタ」
  『おかえり、リカ』
  
  ・・・大好きだよ
彼女「・・・」
彼女「・・・ワタシもよ、アキタ」

コメント

  • 素敵なお話ですね。
    時間や出来事が交差して、再び巡り会えた彼女。
    ラストのあたりすごく読んでて気持ちが盛り上がりました!
    心から「よかったね」と思いました。

  • 主人公に訪れる不思議な記憶と、それに対する感情や衝動が伝わってきます。不協和音のような導入から、とても綺麗なハーモニーを奏でるような綺麗なラストを描いた作品に惹かれてしまいます。

  • すごくきれいなお話ですね。ずっと、どういうことなんだろう、どうなるんだろう、とドキドキしながら読んでました。ラストを読んでほっとしました。

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