二年と一駅(脚本)
〇ハチ公前
< 2022年 現在 春 渋谷 >
「”もうすぐ着きます”」
──LINEの通知に目を細める。
彼と待ち合わせをする時は決まって渋谷のハチ公前だった。
最初は、そんなベタな、と思ったが──
意外と待ち合わせの人混みの中から、彼を探すのは楽しかった。
──彼は私と同じ広告代理店の先輩だ。
ある時から、時折、一緒に映画を観に行くようになった。
(営業には情報収集が必須ですよ、と私がよく分からない理由をつけて、無理矢理誘ったのが始まりだ。)
〇映画館の入場口
道玄坂のtohoシネマズで映画を観て──
〇店の入口
── 奥渋のこじんまりしたバーで一杯だけお酒を飲み
〇渋谷のスクランブル交差点
山手線の駅が若者で溢れる前に解散する。
それが、私たちのお決まりのコースだった。
〇広い改札
──彼は、池尻大橋に住んでいる。
渋谷から東急田園都市線で一駅の、街の喧騒から少し離れた場所。
・・・ 一度だけ
今度迎えに行くよ、と冗談っぽく言ったことがある。
でも彼は
彼「一駅だから」
と笑った。
私は思わず──
主人公「一駅なのに」
と言いかけて、慌てて
主人公「だよね」
と笑った。
〇黒背景
彼は結婚している。
平穏で、幸せな、絵に描いたような夫婦だと
同僚が言っているのを聞いた。
〇ハチ公前
待ち合わせから五分程遅れて、彼はやってきた。
〇劇場の座席
映画は一昔前に流行った洋画の続編で──
個人的にはあまり好きになれなかった。
彼は懐かしいと喜んだ。
〇シックなバー
お馴染みのバーで、彼はいつものようにウォッカトニックを飲み
ポツリポツリと仕事の話をした。
私はただ頷き、時折口を挟む。
それが楽しかった。
彼「今日は早く帰らなきゃいけないんだ」
彼はグラスの中身を飲み干す前に席を立った。
私は、じゃあ、と手を振る彼を見送る。
──少し経って、
ふと彼が腕時計を置き忘れていることに気づいた。
〇駅のホーム
気づくと、私は田都線のホームに立っていた。
彼の住所は知らない。
渋谷から一駅の場所に住んでいる、ということしか。
でも、今、行かなきゃいけない。
──でないと、何故かもう二度と、彼と渋谷で会えない気がした。
〇黒背景
〇電車の中
ガタンと大きな音を立てて、電車が動き出す。
揺れ出す窓の外を眺め
ようやく私は──
自分が泣いていることに気づいた。
きっと私は、どうしようもなく、この一駅の距離をよく分かっている。
でも、思い出した。
どうしても、彼からもう一度。
聞きたい言葉があったから。
〇ネオン街
<2020年 2年前 冬 有楽町>
金曜日、夜。
〇大衆居酒屋
あちこちでグラスがぶつかる甲高い音。
熱を持った空気と、どこか浮かれたざわめき。
──会社の忘年会はいつも決まってこの店だ。
同僚たちは皆ネクタイを緩め
ビールのお代わりを大声で頼み、
隣の卓の女性たちは──
それぞれの仕事と彼氏や夫について愚痴を零し合っていた。
内勤の私が外でお酒を飲むのは、
この忘年会と、あとは友人たちと、数える程度。
〇白いバスルーム
今日だって参加必須じゃなければ──
主人公(帰って、録画したテレビを観ながら、お風呂が沸くのを待ってたのにな)
〇大衆居酒屋
なのに、幹事は何を間違えたのか、私を営業卓のちょうど余ったひと席に座らせ
目の前にはセクハラで有名な営業部長が座った。
部長「おい、どうだ。飲んでるか。ええ?」
主人公「飲んでます」
部長「・・・・・・」
主人公「・・・・・・」
──何度か、私にも話しかけてきたが、私の反応に始終楽しくなさそうにしていた。
時折、部長が吐く煙草の煙が強く鼻を刺す。
主人公「帰りたい・・・・・・」
脳内にその言葉が何度も浮かんだ。
──数十分後
赤ら顔の上司は、何杯目か分からないビールを飲み干し、紫煙をふーっと吐くと、隣の男の肩に手を回した。
主人公(──あ、確か)
主人公(私の二つ上の代の営業の、江上さん)
縁のない眼鏡を机に置き、髪をサイドに垂らしている。
営業とは思えない程、物静かな人だ。
そういえば、社内で何度か見かけた時も、表情らしい表情を見たことがなかった。
部長「おい、どうだ。この後、男のお楽しみでも行っとくか!」
目を細め、ニヤニヤしながら部長は大声で言った。
その時、周りで誰とも話していなかったのは私だけだったから──
二人のやり取りをぼんやりと眺めていた。
──江上さんがなんと答えるのか、少し興味があった。
──江上さんはじっと彼を見つめて、
「──」
何かを呟いた。
部長「・・・何?聞こえねーよ!」
部長は何度か問い直すが、結局聞こえなかったようで
つまらなさそうにため息を吐くと、左隣の男性に同じ質問を繰り返していた。
──でも私には、はっきり聞こえた。
彼はこう言ったのだ。
江上さん「妻を──」
「愛しているので」
静かだけれど、確かな輪郭を持った言葉に、私は驚く。
主人公「適当に、その場を濁せば良いだけなのに」
思わず、くすりと微笑んだ。
江上さんもそれに気づいて、少し照れくさそうに視線を下げて、笑った。
その時だけは、私たちの周囲には、確かに違う温かさが漂っていた。
〇マンション群
解散後の帰り道
私は寒さに震えながら──
伏目がちに「愛している」と言った、江上さんの高い鼻を思い出していた。
──
何故、よく知りもしない人の一言が、ここまで頭に残るのか分からなかった。
〇黒背景
これが恋だと気がつくのは──
2年後、渋谷から一駅の距離を
電車に揺られている時だった。
〇電車の中
──電車はまだ走り続けている。
切ない大人の恋ですね🥲
真っ直ぐに妻を愛していると言い切れる彼だからこそ主人公は惹かれたのでしょうが、だからこそ絶対に届かないことも理解できてしまう…
タイトルの重みが伝わってくる、繊細で心に響く物語でした🥹
男女の友情はあると言う人と無いと言う人で意見はわかれますが、人によると思います。
この方はキッパリと分けられる方なのでしょうか….。
妻を愛してる人が、女性と一緒に映画を見に行ったり、飲みに行ったり…本当に「友人」としてみられてたんだなぁと思いました。
でも、主人公のほうは思いを募らせて…って少し切なくなってくるお話ですね。