5297

toRa

読切(脚本)

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〇渋谷のスクランブル交差点
  私達は、渋谷ハチ公前広場に降り立った。
  街の喧騒と、スクランブルスクエアから
  流れ落ちてくる広告に、私は思わず足を止め顔をしかめた。
  後ろからきた人が私にぶつかり
  ノイズが走るが、
  隣りにいる要四郎は、
  キョロキョロと辺りを見渡し感嘆の声をあげている。
  居心地の悪い私は、
  ひとりだけで楽しんでいる要四郎に声をかけた。
わたし「これ、いくらだったの?」
要四郎「意外だね、値段、気になるんだ?」
わたし「まあね、一応」
  褒められているようで、
  なんだか私はテレてしまい、俯いた。
要四郎「言わなくても、 どうせ、調べてしまうだろ?」
わたし「・・・・・・」
  見透かされていた。
要四郎「まあ、今はこの時間を楽しもう!」
  そう言うと要四郎は私の手を握った。
  ハチ公という犬の銅像は、
  この街に不釣り合いにそこに立っていた。
  ハチ公の周りにいる人は、
  音楽を聞いたり、携帯をみたりと、
  待ち合わせまでの時間を、
  それぞれに過ごしていた。
  珍しそうに
  その光景をじっと眺めていた私に、
  要四郎が説明を始めた。
要四郎「俺が初めて渋谷に来たのは、大学の時なんだ」
要四郎「サークルのメンバーに連れられてさ、正直、驚いたよ。 この世の中のものが全てここに在るんじゃないかって思ったくらいだった」
わたし「なに、それ、大げさ・・・・・・」
要四郎「そっからさ、 来るたびにどんどん街は進化していって」
  思い出しているのだろうか、
  要四郎は眩しそうに目を細めた。
要四郎「渋谷ビデオスタジオっていうのがあって、月9の撮影終わりの芸能人の出待ちに行ったりしてね・・・・・・」
わたし「ふーん。相当暇だったのね」
要四郎「・・・・・・」
わたし「その時間を別のことに使えばよかったのに」
  私は興味なさげに答えたが実は、
  ほんの少しの悔しさがこみ上げていて、
  それを気づかれまいとしてたのだった。
要四郎「合理的に考えるよな。さすが、 デジタル・ネイティブには敵わないな」
  はははと要四郎は笑ったが、
  少し馬鹿にされている気分になった。
要四郎「昔が良かったなんて言葉、 普通に使ってたけど、 今、本当に実感しているよ」
わたし「古い世代だからじゃない?」
要四郎「そうかもな」
要四郎「でも、その古い世代で、 懐かしく思う時代を知っている 世代に生まれ育ってよかったと思ってるよ」
  そう・・・
  私は生身の人間として生まれていない。
  父である要四郎と、母である光子の
  思考データからプログラミングされて
  生まれた子供だ。
  だから、
  バーチャル世界のことしか知らない。
要四郎「2022年から、5297年」
要四郎「生身で生きていたら、途方もない時間だけど、デジタル空間に移行してからはあっと間だったね」
わたし「・・・」
要四郎「デジタルの世界で子供も持てるようにもなったし。まさに魔法の世界だよ」
  私は何も答えず、
  黙って要四郎の話を聞いた。
要四郎「今や過去っといった時間という概念は、 現実世界の宝物だったのかもしれない」
要四郎「仮想空間は差別も貧困も戦争もないし、便利だし、困ったことも起こらない」
要四郎「確かに理想郷なのかもしれないけど、 朧気だけど、時間と共に生きているあの感覚をもう一度・・・」
要四郎「たったもう一度だけ味わいたいなと、 最近よく考えるんだよ・・・」
わたし「・・・私は、 そんなの、最初から知らない」
  私は目の前に広がる、
  不便そうな街並みの
  隙間から見える空を見上げた。

コメント

  • このお話のように時間の概念のないバーチャルの世界でずっと生きていくということを想像すると、穏やかなようで少し恐怖も感じました。やはり私たちにはタイムリミットがあるからこそ時間のありがたみを感じたり、かけがいのなさを感じたり、一瞬一瞬をより大切に過ごすことができる、読みながらそんなことを考えさせられました。

  • 5297年のバーチャル世界から現代の時代に転送されて来た二人が渋谷の街に来て、お父さんの懐かしむ気持ちを理解できないバーチャルで生まれた娘は感情まで希薄になりそうですね。

  • 「懐かしい」って気持ちは大切なんですが、娘さんにはその記憶がないんですよね。
    デジタル化していくにつれて、たしかに思い出はデータとして残る物になりがちだなぁと思いました。

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