羞恥心  

いりうわ

エピソード1(脚本)

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いりうわ

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〇電車の中
  お昼近い時間帯だったのに思いのほか混んでいたので驚いたが、始発駅だったこともあって、何とか座ることができた。
  私は、電車の座席に座るといつも手持無沙汰になって困る。
  いつも大抵は寝るか、何とはなしにスマホをいじることになってしまう。
  鞄からスマホを取り出そうとしたとき、ふと、隣に座っていた小学生くらいの子が車両の奥をずっと凝視しているのに気が付いた。
  興味をそそられた私は「一体何を見ているんだ」とその子の視線の先を追ってみた。
  すると、ドアの手すりを必死に掴んでいるお婆さんが一人、不安定な体制で揺られ続けているのが見えた。
  やがて、隣の子は意を決したように、スッと立ち上がるとお婆さんの元へゆっくり歩き始めた。
  あの子が今から何をやろうとしているかが私には察しが付いたので、大いに感心すると同時に少し不安な気持ちにもなった。
  さっきまであの子が座っていたのは端の座席だ。
  つまり、今、私の隣は「誰か座ってください」と言わんばかりに、ぽっかり空席となっている。
  全てを察している私は、この端席にあえて詰めない。
  目的の駅に到着するまで、もうすこし時間がかかりそうだ。

〇電車の座席
  私が乗車してから、すでに「品川」「五反田」と過ぎていき、車内は非常に混雑している。
  子供が席を立ってから、ほどなくして40代くらいの恰幅のいい男性が、案の定、その席にどっかと腰を下ろした。
  お婆さんの手を引いて、席に戻ってきた子供は、一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐさま男性に向かって言った。
小学生「すいません、その席はこの人に譲るために僕がとっておいたんです」
  男性は突然のことに面食らったのか、納得がいかなかったのか、
恰幅のいい40代男性「えっ?何?」
  と数回聞き返したのち、少し考えるようなぞぶりを見せつつ、やがて立ち上がった。
  たしかに、戻ってくるのなら鞄なり上着なり置いておかないと、今の混雑した状況だとすぐに誰かが座ってしまう。
  男性は決して悪くないのだが、傍から見れば純粋な子供の善行を、気の利かない大人が邪魔したようにも見えてしまう。
  図らずも周囲の注目を集めて、決まりが悪そうな男性を見て、私は内心「余計な事はせず、そのまま立ち去ってくれよ」と願った。
  しかし、願いむなしく男性は去り際、
恰幅のいい40代男性「えらいねぇ・・・」
  と言いながら、子供の頭をポンポンと撫でだした。
  最初こそ無表情でされるがままだったその子も次第に顔をしかめ、やがて自分の頭の上にある男性の手を少し強めにはたいた。
  そして、隣の車両に歩いて行ってしまった。
  子供のおかけで安息の席を得たお婆さんは、この光景を見てニコニコしながら、
お婆さん「恥ずかしかったんだねぇ」
  ポツリ呟いた。

コメント

  • 今まさに、自分の状態が羞恥心に近い状態にあります。
    いりうわさん、心に染みる感慨深いお言葉をありがとうございました。

  • おばあさんの「恥ずかしい」は、見て見ぬ振りをした周りの人に向けて言ったのかな?と思いました。
    何も置かれてない座席だと、座られても仕方ないですし、男の人も特に悪くないですよね。

  • 偉いね小僧くん。おばあさんに席を譲る事と男性に対して意見を言う勇気には感服しました。将来はいい大人になること間違い無いでしょう。

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