昼中、渋谷、古着屋にて(脚本)
〇アパレルショップ
──「長いこと古着屋をやってるとね、『あぁ、この服は大事にされてきたんだな』ってのがわかるようになってくるんですよ」
〇アパレルショップ
店主は慣れない手つきで
インターネット注文の状況を
確認しながら私に話しかけた。
ここは渋谷区神南にある古着屋。
二年ほど前から、私が足しげく通う店だ。
大学進学のために上京してきた私は、
当時、実体のない強迫観念に駆られて
インディーバンドやカフェ巡り、メンズメイクなど、
一介の大学生らしい趣味を持ち、
周りに順応しようと必死だった。
ただ、そんな背伸びが長く続くはずもなく、
様々なものに手を出した私に趣味として残ったのは、
結局のところファッションへの興味だけであった。
私「そういうものですか」
私は手に取っていた服をラックに掛け直し、
店主の話に耳を傾ける。
店主「そりゃあ、汚れとかキズを見たら わかるでしょうって 思われるかもしれませんがね、 そういうことではなく」
店主「なんというか、 服が語りかけてくれるんですよ」
私「服が、ですか」
店主「えぇ。付喪神みたいなものですかね。月並みな表現にはなりますが」
私「長いことこの古着屋に通わせてもらってますけど、 そんな話、初めて聞きましたよ」
店主「はは、私も初めて他人に話しましたから」
私「どうしてまた急に」
店主は一瞬驚いたような顔でこちらを見たが、
すぐにいつもの柔和な顔つきに戻る。
店主「あなたが買っていく服はね、 どれも素晴らしい記憶を宿したものばかりなんですよ」
店主「だから、もしかしたら あなたも私と同じように 服の気持ちがわかる人なんじゃないかな、 と思いまして」
店主は突飛なことを言ってしまった
気恥ずかしさを隠すように
顔をほころばせた。
私もそんな店主の様子を
ほほえましく思い、
私「そんな超能力めいた能力があるなら、 私も欲しいものです」
私「じゃあ、今私が買おうとしている この服はどうです? 良い思い出を宿していますか」
そう言って、一着のエステルシャツを
店主に預ける。
彼はパソコンをいじるときとは
打って変わって
慣れた手つきで服をたたみながら、
店主「これまでがどうだったかよりも、 あなたがこれから この服を大事にしてくれることを 私は祈ってますよ」
私「服の気持ちがどうこうって 言い出したのは店主さんですよ」
店主「おぉ、こりゃ失敬」
私たちは破顔一笑する。
〇アパレルショップ
会計を済ませ、購入した
シャツの入ったショッパーを
手渡される。
店主「今日はこの後のご予定は?」
店主の人当たりの良さ故なのか、
詮索してくるような嫌味が全く
感じられない尋ね方だ。
こういった清潔感めいたものも、
私が何度もこの店を訪れる
理由なのだろう。
私「いえ、特には」
店主「そこを少し行ったところに、 私の行きつけのカレー屋さんが あるんです。 ランチがまだでしたら、ぜひ」
店主は手ぶりで道順を説明してくれている。
私「ありがとうございます。 行ってみます」
店主「またのお越しをお待ちしております」
笑顔で深々とお辞儀をする店主に、
こちらも軽く会釈して店を後にする。
〇繁華な通り
外に出ると、日差しの眩しさに目を細める。
反射的にスマートフォンで
時刻を確認すると、
ちょうど13時になるところだった。
同時に、ロック画面に表示された
通知が目に入る。
大学の友人からだ。
私はそこでハッとする。
そういえば今日は彼と会う約束をしていた。
集合予定時刻は13時。
たった今、私の遅刻が確定した。
私「うっかりしてたな・・・」
店主には申し訳ないが、
お勧めされたカレー屋には
後日行くことにしよう。
友人との待ち合わせは、
渋谷駅南口。
私は速足で歩を進める。
ショッパーを持った腕は、
振りすぎないように心掛けながら。
服が語りかけてくるって、不思議な話なんですが、なんとなくわかるような気がします。
大切にされていた物には魂がこもるって言いますしね。
大切にされてきた服って、服が好きな人にとってはよくわかることなのかもしれないですね。わたしは服のことはよくわからないですが、自分の好きなことに照らし合わせるとなんとなくわかる気がします。
そうですねぇ…。物は大切にされているか否か、なんとなくわかる気がします。
大切にされていた物って、なんだかあったかいものを感じるような…気のせいかもしれませんが…。