渋谷の傍観者(脚本)
〇一人部屋
・・・ガチャ
笠木「・・・ただいま」
時刻は夜の10時を過ぎていた。仕事の疲れが身体中を襲い、俺は帰宅するや否やベッドに倒れ込む
笠木「にしても疲れたなあ」
毎日毎日会社と自宅の往復。俺はそんな日常に飽きてきた
疲労が蓄積している。このままでは自分が壊れてしまいそうだったので、俺はストレスの捌け口を見つけることにした
それが「ライブカメラ」に出会ったきっかけだった
ライブカメラというのは、ある場所の風景をリアルタイムで写しているカメラで、都会から田舎まで様々な場所に設置されている
特に俺が好きなのは「渋谷の交差点」
渋谷は人が多いようで、人がいない
彼らは誰もライブカメラなど気にしていないのだ
そんな人たちが蠢く交差点を、一方的に傍観するのがとても気持ち良い
笠木(ライブカメラでも見るか・・・)
パソコンを立ち上げて、いつもの動画サイトを開く。こうしてライブカメラの世界に没入したのであった
〇渋谷のスクランブル交差点
珍しく交差点には人が見当たらなかった
なんとなく空気がどんよりしていて、いつもの渋谷と少し雰囲気が違う気がした
深くフードを被った少女が現れた
少女「・・・」
彼女は何も言わずに佇んでいる
人の流動が多いここでも、たまにぽつんと立ち尽くしている人がいることがある
そういう人たちは決まって誰かと待ち合わせをしている。しかし彼女からはそんな雰囲気が微塵も感じられなかった
そして決定的に彼女が普通の人と違う点──
それは『ライブカメラに目線を向けている』ことだった
表情こそ読み取れないが、確実にこちらを見ている
男が少女の元に現れた
男はカメラのギリギリに立っていて、姿は見えなかった
その影響で彼らの会話も所々しか聞き取れなかったが、何やら話をしていたようだ
男「君は・・・だ?」
少女「・・・だけ」
男「・・・ない!・・・・・・か!」
少女「・・・あなたは・・・・・のよ」
そう言って少女は、おもむろに何かを取り出した
包丁だ。カメラにも男にもバレないように器用に隠していたのだろう
少女は何かを呟いて、男を刺した。
男「・・・ぐっ・・・」
男は呻めき声をあげ、倒れたようだ
少女は先程とおなじように佇んでいる
少女「・・・」
少女と目が合った
口が動いているが、やはり声は聞こえない
少女「・・・・・・では」
声が近づいてきた
なんとか聞き取ろうとしていると、ふいに耳元で少女の声がした
少女「見ているだけでは」
〇一人部屋
笠木「・・・はっ」
笠木「・・・夢か?」
目を開けると、そこは見慣れた部屋だった
目の前にはパソコンの画面があり、渋谷の交差点が映し出されている
どうやら、少し寝てしまったようだ
笠木(じゃあさっきのは・・・)
少女の瞳を思い出す
少女が男を刺したのも夢だったのか
しかし、夢として片付けるのにはあまりにもリアルな光景だった
笠木「・・・」
そして何より、少女が最後に放った言葉・・・
『見ているだけでは』という言葉を反芻する
確かに、俺は見ているだけだった
彼らを一方的に傍観しているという構図に安住していたのかもしれない
笠木「・・・渋谷に行こう」
俺は見ているだけじゃない
俺は少女に会うため、そして見ているだけではないことを証明するために渋谷に行くべきなのだ
こうして、俺は明日のこの時間に渋谷の交差点へ行くことにした
〇渋谷のスクランブル交差点
渋谷は閑散としていた
昨日ライブカメラで見た光景と全く同じだった
少女もまた昨日のようにぽつんと佇んでいた
笠木「あの・・・」
と話しかけようとしたが、ウェブカメラの位置が気になった
いつも見ている自分が見られているかもしれない
そう思うとなんだか気恥ずかしいので、ウェブカメラにギリギリ写らない位置に立った
笠木「君は何者なんだ?」
少女「貴方はまだ見ているだけ」
自らの正体すら明かさない少女に俺は腹が立った
笠木「俺は傍観者じゃない!第一こうやって渋谷に足を運んだじゃないか!」
少女「所詮あなたは傍観者。見ていることしかできないのよ」
そう言って彼女は、おもむろに何かを取り出した
包丁だ。カメラにも俺にもバレないように器用に隠していたのだろう
俺は咄嗟に逃げようとしたが、足が動かない
いや、動く気がなかったのかもしれない
俺はただ、彼女が包丁を刺す一連の動作を眺めていた
腹に激痛が走り、思わず呻めく
笠木「ぐっ・・・」
少女「あなたはいつまでも傍観者」
少女「見ているだけでは」
少女「生きる価値などない」
そういって彼女どこかに消えた
その瞬間、昨日見た夢の場面がフラッシュバックした
「男」の正体は、自分だったのだ
俺はあの時、男を助けようとしたか?
答えは否、ただただ刺されゆく様を傍観していた
少女は、見ているだけでは生きる価値などないと言った
この世を眺めるだけの人間が、果たしてこの世界に必要だろうか?
俺は薄れゆく意識の中、少しずつ集まってくる野次馬たちに届くような声で助けを求めた
笠木「誰か・・・助けてください」
だが、誰も助ける者はいなかった
渋谷の交差点は、傍観者で溢れている
ズキズキと腹が痛む
俺は最後の力を振り絞り、ライブカメラに向かって呟いた
笠木「見ているだけでは」
一般人でも動画の投稿が自由にできるようになった今、意思の疎通無でも誰でもがその動画の世界に入り込める。悲しいかな、現実に入り込んだとしても意思疎通なんてないんですね。
本当の意味での傍観者なら、この事件は起きなかったんでしょうね。
でも、たくさんの人達が歩いてる中、傍観者すら少ないのでは?と思いました。
たぶん何かが起きても「風景」のような気がして、ちょっと怖ろしくなりました。
ただ傍観しているだけなら、こうはならなかったのに…。
でもライブカメラの映像が、未来を映していたのか…。
それとも自分の心理が夢に見させたのか…。