幻界飛行(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
赤が青に変わる。
〇渋谷の雑踏
サラリーマンが歩いている。
彼の持っている鞄から、一匹の小人が出てきた。
その小人は、ある青年のリュックに入る。
その黒いリュックから取り出された赤いヘッドホンを、青年は慣れた手つきで装着する。
そのヘッドホンから段々と枝が伸びている。どうやら桜らしい。
みるみるうちに大きくなって、樹齢百年とも思えるほどになった。
満開の桜が風に吹かれて散ってゆく。
その花びらが女子高生の髪についた。
髪は大きな滝となって、水しぶきをあげながら轟音を響かせる。
その水しぶきは、周囲の人々の服を溶かし始めた。
しかし、彼らは何事もないかのように歩き続ける。
〇渋谷駅前
ふと視線を移すと、一組のカップルが目に入る。どこにでもいそうな、ごく普通のカップルだ。
突如、彼氏が立ち止まって、天高く両手を伸ばした。すると、その両手は雲をも突き抜け、ついに彼は巨大な鉄塔となった。
彼女がその鉄塔を抱きしめる。
すると、彼女の手足は緑色の蔦となり、無機質な鉄塔を緑の木の葉で覆いつくす。
ここでやっと気が付いて視線を元に戻す。
〇渋谷の雑踏
先程、服が溶け始めていた彼らは皆、銅像となっていた。
しかし、どの銅像を見ても、体の一部がまだ人間のままである。
完全に銅像になるには、少し時間がかかるらしい。
金髪の少年が、その銅像たちの横をスケボーに乗って通り過ぎた。
スケボーはどんどん大きくなり、車輪は外された。
そして、いつの間にか一隻の船となった。
外された車輪は、少しずつ熱を持ち始める。
どこからか話し声が聞こえてきた。
段々、その声は近づいてくる。
どうやら、一人のOLが通話しながら歩いているらしい。
耳に当てているスマホには、アイスクリームの形をしたケースがはめられている。
「まずい」と思った時にはもう遅かった。
そのスマホケースは、瞬く間に本物のアイスクリームになり、彼女の手はベトベトになった。
その手を、どこからか湧き出てきた無数の蟻たちが覆い始める。
彼女の顔に恐怖はない。
いや、彼女にはもう顔がない。
彼女は、一瞬にして大きな蟻塚になっていた。今はただ、その表面を無数の蟻たちが動き回っているばかりである。
〇渋谷のスクランブル交差点
青が点滅する。
〇渋谷の雑踏
先程、熱を持ち始めた車輪はさらに熱くなり、とうとう炎を上げた。
その炎は徐々に大きくなり、銅像を溶かし始める。
溶けた銅像は桜の木に触れ、桜はすぐに灰となった。
その灰はあまりにも多く、遂に滝の水を堰き止める。
水位はどんどん高くなり、蟻たちは溺れた。
船は水に浮き、風に吹かれて何処かへ消えた。
水はとどまることを知らない。
何もかも飲み込んでゆく。
〇海底都市
唯一、緑に覆われたあの鉄塔の先端だけが、水面よりも高いところにある。
そして、その先端にポツンと一人で座ってるのは、他でもなくあの小人だった。
〇渋谷のスクランブル交差点
青が赤に変わる。
〇渋谷のスクランブル交差点
気が付くと、そこは夜の渋谷だった。
信号待ちをしていたらしい。
しかし、不思議なことに、一分前のことが何も思い出せない。
ただ、一つ確かなことがあるとすれば、少し前、「スクランブル交差点」の無限の可能性を見た気がする、ということだけ。
いつもと違った感覚で、感じることができました。短いお話しの中で、ストーリーがうまく展開されていて引き込まれました。また違うストーリーも読んでみたいです。
信号が青から赤に変わるまでの数分間で、人や建物が多いと色々なものを感じそうです。
ただぼーっと時間を過ごすより、こういった楽しめるような頭を使えればなぁと思います。
いつものスクランブル交差点を想像していたら、一気に幻界飛行にいざなわれた感覚です。心の目で読み取ったことが幻覚として現れたかのような、とても魅惑的な世界でした。