帰り道は玉電で

イル・ポスティーノ

読切(脚本)

帰り道は玉電で

イル・ポスティーノ

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〇広い改札
  渋谷駅に着いた・・・
  渋谷に来るのは五十年振りになる
  歳をとった・・・
  今日は孫を連れて、東京まで出てきた。
  正直、不安だ
  孫の面倒を見るのが負担なのでもなければ、渋谷の街で迷子にならないか不安な訳でもない
しおん「おじいちゃん!」
まさひと「うん?」

〇黒
「ハチ公の傍に行きたい・・・」
「彼女と打ち解けた時と同じだった・・・ ハチ公の傍に行きたい、と」

〇ハチ公前
しおん「おいしい〜 おじいちゃんも食べる?」
  孫はソフトクリームが大好きだ。
  彼女も、ソフトクリームが好きだった・・・
しおん「おじいちゃん、渋谷、前に来たことある?」
  昔を思い起こし、記憶が蘇る・・・
しおん「ねえ、おじいちゃん・・・」

〇白
  あの頃の出来事は、今でも鮮明に覚えている・・・

〇赤(ダーク)
  彼女と初めてあったのは、五十四年前の夏の終り、彼女は車内から窓の外を眺めていた・・・

〇黒
  1968年(昭和43年)夏の終り──

〇路面電車
  次は、渋谷、渋谷、終点です

〇路面電車の車内
  始発駅・渋谷で玉電の車両に乗り込んだ
  携帯なんて無い時代。座席に座り本を読んでいた
  列車が動き出した。目の前に制服姿の女の子が立っていた・・・
  彼女に初めてあったその日、衝撃が走った訳でもなく、ドキドキした訳でもなかった。ただ・・・
  窓の外を眺める彼女の表情に、見覚えがある・・・というか、
  何処か懐しい気がした・・・

〇路面電車
  走る車内で、窓外を眺めていた彼女がゆっくりと目を閉じた・・・
  その時、急ブレーキがかかり車内が大きく揺れた

〇路面電車の車内
  バランスを崩した彼女は凭れ掛かるように僕の胸元に倒れ込んだ・・・

〇白
「・・・」
「・・・」

〇路面電車
  この日、お互い一切言葉を交わすことはなかった。ただ、互いに目の前の相手に意識が傾けられているのを感じ取っていた。

〇路面電車
  ある週末、玉電に乗り渋谷に向かっていた

〇路面電車の車内
  車内前方の女性の後ろ髪に目が留まった。
  その女性の後ろ姿をじっと見つめた。
  彼女の頭が微かに動いた。
  電車は減速し、停止した。
  彼女と目が合った。少し戸惑っているようで、視線を外し、電車を降りた

〇路面電車のホーム
  渋谷で天現寺橋行きの市電に乗り換えた

〇路面電車の車内
  彼女は同じ車内で本を開いていた。こないだ僕が開いていた本と同じ本だった
  賭けてみた。偶然の必然に。思い切って・・・
まさひと「こないだ、お会いしましたね」
さおり「あっ、はい・・・」
まさひと「その本」
さおり「あっ、」
まさひと「僕も同じ本読んでます」
さおり「えぇ」
まさひと「こないだ読んでました。玉電の車内で」
さおり「ええ、覚えてます」
まさひと「本当ですか。僕、タイトルが気に入ってて」
さおり「私もです。こないだ本を開いてらっしゃる時に、タイトルが目に入って」
まさひと「さっき、玉電に乗ってましたよね?」
さおり「はい」
まさひと「今日はこれからどちらに・・・」
  時を忘れる程、彼女との会話が弾んだ。

〇路面電車のホーム
  市電の渋谷駅に戻ったのは、夕方だった。
まさひと「帰り、玉電だよね? 途中まで一緒に・・・」
さおり「私、ちょっと寄りたいとこがあって」
まさひと「どこ? お腹減っちゃた? 何か食べに行く?」
さおり「ううん。私、ハチ公の傍に行きたい。あと、熱くて。喉が、喋りっぱなしだったから・・・」

〇ハチ公前
さおり「ありがとう。わざわざ付き合ってくれて」
まさひと「ううん。でも何でハチ公? 犬好きなの?」
さおり「ハチ公が好きなの。あなた、のど渇いてない?」
まさひと「いや別に」
さおり「私だけ、気が引ける」
  そう言いつつ、呑み込むように、彼女はソフトクリームを頰張っていた
さおり「毎日毎日、ただひたすら主人を出迎えに渋谷駅までやって来る」
まさひと「えっ?」
さおり「ただじっと主人が現れるのを待っている・・・」
まさひと「・・・」
さおり「雨の日も、風の日も・・・」
まさひと「宮沢賢治の話し?」
さおり「?」
まさひと「雨にも負けず、風にも負けず」
さおり「違う! 彼!」
  彼女は目の前の犬の銅像を指差した
さおり「ハチの話し! 忠犬ハチ公って読んで字の如く」
まさひと「そう言えばそんな話聞いた事があるような」
  彼女はソフトクリームをお腹に蓄え、エネルギーが増した
さおり「雨の日に、お父様やお母様を出迎えに行ったことないの?」
まさひと「母親に迎えに来て貰うのはしょっちゅう」
さおり「誰かを迎えに駅で待っていた事は?」
まさひと「う〜ん、よく覚えてない」
さおり「そう、なんだ・・・」
  彼女は少し寂しげな表情を見せた・・・

〇路面電車
  その後、玉電に乗車した帰り道、彼女は話し掛けても頷くだけで、やがて、会話は途切れた
  彼女は疲れているのか、眠っているのか、物思いに耽っているのか、彼女の気持ちを読みとる事が出来なかった

〇路面電車の車内
  電車が減速し、彼女が瞼をゆっくりと開いた
  僕は精一杯、微笑んだ
  電車が止まり、彼女は立ち上がった
まさひと「じゃ、また!」
さおり「また、会える?」
まさひと「玉電で通学してるんだよね? いつも何時頃」
さおり「夕方、ハチ公の前で待ってて」
まさひと「ハチ公の前?」
さおり「明日すぐには会えないかもしれないけど、待ってて」
まさひと「・・・」
さおり「私に会えるまで」
まさひと「待ってて会えなかったら・・・」
さおり「必ず会える! あなたが待っててくれれば」
まさひと「分かった」
さおり「会えたら、また玉電に乗って一緒に帰ろ」
まさひと「うん、一緒に帰ろう」
さおり「私を待っててくれるなら、ご褒美にソフトクリーム奢ってあげる」
  彼女はにっこりと笑みを浮かべ、車外へと消えた・・・

〇ハチ公前
しおん「それで?」
まさひと「・・・」
しおん「その続きは? その人とハチ公の前で会えたの?」
まさひと「うん?」
しおん「ねえねえ、教えてよ、早く!」
まさひと「お前は、おばあちゃんにそっくりだなあ」
しおん「えっ、おばあちゃんの話しじゃなくて」
まさひと「おばあちゃんも、ソフトクリームが好きだった・・・」
  孫は、ゆっくりと目を閉じた
  その後、満面の笑みを浮かべた
しおん「おじいちゃん・・・」
まさひと「うん?」
しおん「おばあちゃんって、どんな人だった?」

コメント

  • おじいちゃんとおばあちゃんの過去だったんですね。
    ソフトクリームが好きなところは遺伝しちゃったかな?
    読んでてソフトクリーム食べたくなってきました。
    素敵なお話でした。

  • おじいちゃんはおばあちゃんのことが本当に大好きだったんですね。おばあちゃんと同じくソフトクリームが好きなお孫さんを見ていると、おばあちゃんを思い出して暖かく優しい気持ちになるんだろうなぁと、おじいちゃんの気持ちを想像して微笑ましく思いました。

  • こんな出会い方で、長年連れそう夫婦になれるなんて、すごく素敵ですね。今の時代ではこんな出会い方なかなかないですよね。みんな電車の中ではスマホ触ってて周りなんて見てないし。古き良き時代って感じです。

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