渋谷の伝言板「東横ボード」

ジョルディ

エピソード1(脚本)

渋谷の伝言板「東横ボード」

ジョルディ

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〇路面電車のホーム
  1942年9月30日 東京渋谷駅
  
  戦時中ではあったが、健太朗は青春を楽しんでいた。
けん(あの子、いつも同じ時間にいる....)
けん(・・・)
けん(あぁ、また何も声かけれなかった....)
けん(次こそ、名前だけでも.....)

〇田舎駅の改札
  数週間後、雨がふる日の朝
  渋谷駅のホームにて...
ユキ(あの男の人、よく同じ電車にいる人だわ)
ユキ(ふふ、朝だから眠いのね...)
  その時、電車がホームに入ってきた...
  
  駅のアナウンス
  「2番線が参ります、ご注意ください〜」
けん「しまった!」
けん(やばい、乗り遅れる!)
ユキ(あ!あの人、傘忘れてるわ!! 教えてあげなきゃ..!!)

〇路面電車の車内
  2人は、同じ電車に駆け込んだ。
  電車の扉が閉まり、車体が動き始めた時、ユキがおもむろに話しかけた....
ユキ「あの、」
ユキ「傘、忘れてましたよ」
けん「あ!ありがとうございます!」
ユキ「いえ、大丈夫ですよ」
ユキ「ではまた」
けん「あ、待って!」
けん「名前教えください!」
ユキ「あ、名前?」
ユキ「ユキです。 私もお伺いしていいですか?」
けん「ユキさん、自分は健太朗です」
けん「是非お礼したいので今日の放課後またお会いしませんか?」
ユキ「お礼なんて大丈夫ですよ」
けん「いや是非させて下さい! ユキさんがいなければ、ずぶ濡れになっていましたから!」
ユキ「ふふふ、そしたら放課後お会いしましょう」
けん「ありがとうございます!」
けん「では15時頃に渋谷駅の伝言板前で待っています!」
ユキ「はい、わかりました。では、また」

〇田舎駅の改札
  その日の夕方、渋谷駅
けん(もう30分近く過ぎてるけど、ユキさん来てくれるかな....)
  渋谷駅の伝言板、通称「東横ボード」には、様々な伝言が残されている。
  O月X日
  
  14:00「先行くね!」ハナ
  
  14:45「あの店で会おう。」武
  
  15:15「今日は中止!」清
けん(はぁ、俺の初恋も虚しく終わるのかな...)
ユキ「ごめんなさい!!」
ユキ「突然、先生に頼まれごとされちゃって... どうしても手が離せなくなってしまったの」
けん「大丈夫です! 来てくれるか心配しましたよ笑」
けん「では、ちょっと歩きましょう」
  そのまま2人は渋谷の街へ向かって行った。

〇田舎駅の改札
ユキ「健太朗さん、今日はありがとう」
ユキ「傘のお礼だけで、こんなに楽しませてくれて。ふふ」
けん「いえいえ、こちらこそ!」
けん「どうせ同じ電車で通学してるんだから、また遊びにいきましょう!」
ユキ「は、はい!是非.....」
けん「.......」
ユキ「私行かなきゃ、」
ユキ「ではまた!」
  ユキは、そそくさと電車に乗り込んで行った...
  この日を境に、2人は度々会い、自ずと互いに惹かれ合った。
  そしてゆっくりと時間をかけ、高校2年の夏、2人は付き合い始めた。

〇路面電車の車内
  ある日、いつものように2人は一緒に同じ電車で下校していた。
  しかし、ユキはいつもと雰囲気が違う健太朗に気付き、ふと聞いてみた。
ユキ「健太朗さん、今日は体調でも悪いの?」
けん「いや、違うんだ。体調は悪くない」
ユキ「なら、どうしてそんなに悲しそうなの?」
けん「実は...」
けん「実は、家に「赤紙」が届いたんだよ」
ユキ「!!!!」
  健太朗は話を続けた。
  彼の家に、日本関東軍から徴兵の知らせが届いたこと。
  そして彼は来月から満州へ行くことが決定していること。
  全てを打ち明けた。
ユキ「・・・」
ユキ「そうだったの、だから....」
  ユキの目から、自然と涙が溢れ出した...
けん「ユキさん、大丈夫! 絶対に帰ってくるから!!」
  ユキは不安で一杯だったが、自分に言い聞かせた。
  「大丈夫!彼は帰ってくる、日本が戦争で負けるはずなんてないんだから!」
ユキ「そうね、そしたら待ってるわ! いつもの通り、渋谷の駅でね!」
けん「うん!約束してくれ!」
けん「戦争が終わった年の七夕の日、いつもの時間で渋谷駅で待ち合わせしよう!」
ユキ「ふふ、彦星と織り姫じゃないんだから七夕なんて」
ユキ「でも、わかったわ!約束する!!」
けん「うん、約束だよ」
  その翌月、健太朗は満州へと旅立った。

〇炎
  健太朗が去って半年もしないうちに日本は一変した。
  東京大空襲、質素な食事、防空壕、日に日にユキもやつれていった。
ユキ(健太朗さん...何をしてるのかしら)
ユキ(元気だといいけど....)
  1944年11月24日
  米軍のB29が東京の空に飛んできた。
  東京上空で急降下し、爆撃を開始したのだ!

〇荒廃した街
  爆撃当時、ユキは家族のために買い出しに出ていた。
  しかしB29の爆撃により、目の前の家屋が崩れ、その柱がユキを直撃する!
ユキ「い、痛い!助けて....」
ユキ(あぁ、健太朗さん... 結局会えずに終わってしまいそうです...)
  ユキが諦めかけた時、通りすがりの男性が下敷きになっているユキを見つけた。
勘助「だ、大丈夫ですか?!」
ユキ「え、誰? け、健太朗さん....?」
勘助「大変だ、腕を負傷している! すぐに病院に連れて行かなくては...!!」
  男性はユキを抱き上げて、急いで病院へ向かった。

〇荒廃した街
  1945年8月15日、終戦を迎えた。
  しかし、健太朗が帰ってきたのは2年後の1947年春。
  彼は、満州で捕虜となり労働を強いられていたのだ。
  1947年 7月7日 15時 渋谷
けん(渋谷もだいぶ変わってしまったな...)
けん(果たして、ユキさんは覚えているだろうか。でも約束の終戦の年から2年も経っているし...)

〇田舎駅の改札
  健太朗は、渋谷駅の伝言板の前に向かった。
けん(ああ、懐かしい)
けん(この風景、この匂い、この人混み...)
けん(俺の青春はすべて、この渋谷駅に置いてきたんだ...)
  伝言板の前で、健太朗は足を止めた。
  そこには様々なコメントが書かれていた。
  O月X日
  14:00「喫茶店にいます」淑子
  
  14:30「来ないので帰ります」斉藤
  
  14:48「チビ、おせえぞ!」小沢
  健太朗は伝言板の中で、
  ひときわ丁寧で綺麗な字で書かれたコメントを発見した。
  O月X日 15:00
  
  「健太朗さん、青春をありがとう。」ユキ
けん(・・・)
  ユキは終戦から毎年、七夕の日になると、渋谷の伝言板にそのコメントを書き続けていたのだ。
  しかし、健太朗に会えない理由までは書かなかった。

〇渋谷の雑踏
  月日が経ち、健太朗は他の女性と結婚をした。子供も2人でき、幸せな家庭を築いていった。
健太朗「もう渋谷に昔の面影はないのぉ 50年以上経てばそれもそうか」
  去年の夏、妻に先立たれ、75歳になった健太朗は、渋谷を1人で歩いてふと思い出した。
  自分の数少ない青春で出会った「ユキ」のことを。
  健太朗は、ある週刊誌の「この人に会いたい!」のコーナーが目に止まった。
  そこに、戦争で生き別れになったユキのことをハガキ投稿してみることにした。
  すると、1ヶ月もしないうちに出版社から電話がかかってきた。
出版の人「もしもし? 健太朗さんのお電話ですか?」
健太朗「はい、そうですが」
出版の人「目黒出版の小島です」
出版の人「この前、健太朗さんが投稿してくれましたユキさんについてですが、弊社に連絡がありまして...」
出版の人「ぜひ、お会いしたいとのことだったんですが....」
健太朗「はい、、」
出版の人「なぜか電話番号を教えようとしたら断られまして...」
出版の人「電話でなく、「渋谷のいつもの場所でいつもの時間で会いましょう。」と...」
健太朗「・・・」
健太朗「わかりました、ありがとうございます」

〇ハチ公前
健太朗(ユキさん、あの場所って行ったけど、 今はもう伝言板もないし、風景も変わり果ててるけど大丈夫かな....)
健太朗(・・・)
ユキ「け、健太朗さん?」
健太朗「ゆ、ユキさん?!」
ユキ「だいぶ、お待たせしちゃいましたね」
ユキ「一眼でわかりましたよ」
健太朗「こちらこそ、やっと約束を果たせましたね」
  その後、2人の会話は尽きなかった。
  ユキは、戦時中に怪我をし、介抱してくれた男性と結婚、家族をもった。
  しかしユキの夫は3年前、病死し、今は未亡人として生きていた。
  2人は75歳であったが、
  お互いの家族も応援してくれ、
  ついに結婚した。
  渋谷の東横ボードはもう無いが、
  渋谷駅が出会いと別れの場であることは100年後も変わらないだろう。

コメント

  • 時を経てなお続く思いに感動しました。
    遅くなってしまったけど、二人は約束を果たしたんですね。
    純粋で、素敵な愛だと思いました。

  • 時代を股にかけた素晴らしいストーリでした。まさに縁のあるお二人だったのですね。戦争に巻き込まれながらも、決してお互いの存在を忘れることが無かったという所に、現代の生活では生み出せない強い愛を感じます。描写もとても丁寧で、心に残りました。

  • 東横ボードの存在を初めて知りました。教えてくださり、ありがとうございます。伝言板から雑誌、テレビと、メディアが進化していく中で、二人もまた時代を生き延びて再会できたことに涙がこみ上げました。伝言に込められたの想いの数と、書き込んだ人たち一人ひとりの行方に考えを巡らせると、抱えきれない歴史の重みを感じます。このお話のお蔭で、新たな渋谷の魅力を知ることができました。

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