ぼくとご主人(脚本)
〇実家の居間
「よしよし・・・・・・」
そう言って頭を撫でる
ご主人「ほうら、いい子だ」
ハチ「わおん!」
産まれてすぐ、ぼくはこの家にやってきた。
人間の言葉はよくわからない。
でもこの人がぼくを可愛がってくれているのはわかった。
ご主人「そら、お食べ」
ハチ「わんっ!」
よくわからないけど、毎日とても美味しいものをくれる。
理由はジョンに教えてもらった
ジョン「私達のご主人は上野英三郎という。農業博士だ」
ジョンは色んな事をぼくに教えてくれたが
、ぼくはその半分もわからなかった
ジョン「私達はこのご主人に飼われている」
ハチ「かわれる?」
ジョン「面倒を見てもらっている、という意味だ」
ハチ「ふぅん・・・・・・」
やっぱりよくわからない。
ジョン「だから忠を尽くさなければいけないよ」
ハチ「ちゅーをつくす?」
ジョン「命令や指示に忠実に従わなければならない、という事だ」
ハチ「ふぅん・・・・・・」
全然わからない
ハチ「はむはむはむ・・・・・・」
ご主人「今日も元気だな」
そう言ってまた頭を撫でた
難しい事はわからない
でも、ぼくはこのご主人の事が大好きだった
頭を撫でられると、とても幸せな気持ちになる
それだけで十分だった。
〇田園風景
ご主人「じゃあ行ってくるよ」
ハチ「わん!」
ご主人は朝になると、どこかへ出掛ける
ジョンによると、『がっこう』という所らしい。
それが何をする場所なのかは知らない。
毎日行くのだから、きっと楽しい場所なのだろう。
ご主人「さあ行こう、ハチ」
ハチ「わん!」
ぼくは毎日ご主人の送り迎えをしている。
ご主人を守らなければならない
それが、ちゅーをつくすという事だからだ。
ご主人「・・・・・・」
ぼくはこの時間がとても好きだった
食べ物を食べている時も楽しいが、ご主人と歩いていると、もっと楽しい
ご主人「ふふ・・・・・・」
ハチ「っ!?」
楽しすぎて尻尾が揺れていたらしい
ちょっと恥ずかしかった・・・・・・
〇田舎の駅
ご主人「じゃあなハチ」
ご主人「いい子で帰るんだぞ」
ハチ「くーん・・・・・・」
『えき』という場所に着くと、ご主人とはお別れだ
ぼくはこの『えき』の中には入れない
『でんしゃ』というやつの縄張りらしい
『でんしゃ』はご主人を乗せて、『がっこう』まで運ぶ
行ってしまった・・・・・・
とても悲しい
夕方になるまでご主人とは会えない
ぼくは来た道を引き返した
〇田舎の駅
夕方になるとぼくはご主人を迎えに行く
大きな音がする。『でんしゃ』のやつが来たのだ
そのあと色んな匂いがして、ぼくはその中からご主人の匂いを探し出す
ハチ「わんっ!!」
見つけた。ご主人だ
ご主人「ただいま。ハチ」
ハチ「わん! わん!」
ご主人! ご主人!! ご主人!!!
ぼくは嬉しくなる
ご主人「さあ、帰ろうか」
ハチ「わんっ!」
これがぼくとご主人の毎日だった
とても幸せな日々
ずっと続くと思っていた・・・・・・
〇田舎の駅
いつもの送り迎え
でもその日、ご主人は帰って来なかった
ハチ「くぅーん・・・・・・」
『でんしゃ』はくるけど、ご主人は来ない
人間「可哀想になぁ・・・・・・」
人間「お前のご主人はもう帰って来ないんだよ」
人間「まあ犬に言ってもわかんねぇか」
どういう意味だろう
ご主人の事を言っていたみたいだけど・・・・・・
ハチ「・・・・・・」
〇田舎の駅
ハチ「・・・・・・」
待っても、待っても、ご主人は帰って来なかった
何かあったのだろうか?
こんな事は初めてだ
ハチ「・・・・・・」
でもお迎えはしなきゃいけない
それがちゅーをつくすという事だから
〇実家の居間
ハチ「・・・・・・」
あれから3回くらい朝と夜が来た。
結局ご主人は帰って来なかった。ぼくは家族の人に連れられて、家に戻された。
ジョン「ハチ。もうわかっていると思うが、ご主人は・・・・・・」
ハチ「うるさいっ!」
ハチ「ご主人は帰って来るんだ!」
ハチ「きっと何かあって、それで・・・・・・」
ジョン「気持ちはわかるが、何か食べないと・・・・・・」
ハチ「うるさいっ! ジョンのばか!」
ジョン「・・・・・・」
ハチ「ごめんなさい、ジョン・・・・・・」
でもぼくはご主人を・・・・・・
ご主人を待っているんだ・・・・・・
〇田舎の駅
あれから、どのくらいの時間が経ったんだろう。
ハチ「・・・・・・」
ぼくはずっとご主人を待ち続けている
晴れの日も、雨の日も、毎日待っていた。
それでもご主人は帰って来なかった。
ハチ「・・・・・・」
もう一度会いたい
またハチと呼んでほしい
また頭を撫でてほしい
それだけで良いから・・・・・・
ご主人・・・・・・
どうか・・・・・・
〇田舎の駅
ハチ「・・・・・・」
10年程が経った。
私も随分大人になり、人も世相も大きく変わった。
どうやら人間の間で、私は有名になっているらしく、ちょっとした騒ぎになる事もあった。
現金なものだ。
野犬と変わらない、酷い扱いを受けていた頃もあったというのに。
急にちやほやされて少々戸惑っている
ハチ「・・・・・・」
私はただ待っているだけだ
ご主人が帰ってくるかどうかは問題ではない。
人間達がそう呼ぶように、私は忠犬なのだ
ご主人に忠を尽くす
その為に待っている。
ハチ「・・・・・・」
だが、それも、そろそろ限界のようだ
ハチ「・・・・・・」
腹の具合が悪い
意識も遠退いてきた
ご主人、私は貴方に十分な忠を尽くせただろうか
私もそちらに行っても宜しいだろうか
お許し頂けるなら、極楽浄土でもご一緒したい
ご主人・・・・・・
今、参ります・・・・・・
史実に基づいたお話なので、こうなるのはわかってましたが…やっぱり切ないですね。
願わくば、ハチは主人の下に行って、幸せに過ごしてるといいなぁって思います。
史実での別れが確定している分、ハチが懐くパートで切なさがこみ上げますね…。
主人が帰ってこないことを悟りながらも待ち続けていたという解釈がとても良かったです。悲しくも誇らしい忠義を感じられました。
ハチがご主人様の帰りを待ち続ける気持ちを犬の立場でストーリーを組み立てたところが良かったです。犬が人間に対する愛情は、ご主人様の気持ちが犬に伝わったからですね。