転生は異世界じゃなくたっていい(脚本)
〇一人部屋
どうしてだろう。
何度転生しても、僕はサラリーマンだ。
転生というのものは、真逆の人生を歩むのだと思っていた。
ニートが勇者、おじさんが女子高生、サラリーマンがサラリーマン...
並びがやっぱりおかしい。
どうせならイケメン俳優にでも生まれ変わって、チヤホヤされたい人生だった。
俳優の真逆の人生は何なのだろう。
何も表現せず誰にも見向きもされない、そんな寡黙な放浪者にでもなるのだろうか。
そう考えると、
サラリーマンは数多ある生き方の中で、
最も無難で平均的なのではなかろうか。
サラリーマンに、
はなから真逆の人生なんてなかったのだ。
4回目の転生で、僕はそう思った。
「死にたい。」
初めてそう思ったのはいつのことだっただろう。
寝る前にそう呟くのは、何回目だろう。
〇オフィスビル
僕はビルから飛び降りることで、新しい人生を始められる。
初めは本当に死ぬつもりで飛び降りたのに、翌朝アラームの音で目が覚める。
知らない人生の一日のスタートにも慣れてしまった。
最初こそ戸惑いもしたが、今は自分のものらしき名刺と身分証さえあれば、大体の出社先の見当は付く。
見知らぬ顔の身なりを整え、家を出て仕事をして帰る。
元の人生と同じ渋谷勤務のサラリーマンなら、
適応もそこそこできるらしい。
仕事はもとよりミスばかりで、うだつのあがらないやつ。
お得意の仕事覚えの悪さで、初めての仕事の失敗も上手にごまかすことができる。
最初の人生は、大企業に入社し渋谷支社に配属。
やりたい仕事ではなかったが、それなりに悪くない人生に思えた。
「死にたい。」
悪くない人生のはずなのに、そう呟いてしまうのはなぜだろう。
〇渋谷の雑踏
子どもの頃、アイドルに憧れていた。
その次は歌手。そして、俳優。
事あるたびに自分の限界に気づくのだが、
厳しい親のせいにして自分に諦めさせる言い訳をついた。
厳しい家庭で育った子は、それなりの実力と運さえあれば、そこそこの大企業には入れる。
転職が当たり前と言われ始めた世の中で、それなりの大企業のサラリーマンたちはどこ吹く風。
この国の将来がどうなるかも分からないのに、なんとなく仕事には一生困らないと思っている。
だから、
頑張った分、給料が上がるわけでもないし、そこそこ働いてプライベートを楽しむのが正攻法だ。
僕は誰よりもこの世界の正攻法に慣れてしまったらしい。
「死にたい。」
本気でもないのに僕がそう呟くのは、そのせいなのかもしれない。
僕は逃げ出さなければならない。
未来が決まった、この平凡な世界から。
〇公園通り
生まれ変わるなら、もっと特別な人生がいい。
円の中に全ての生き方を点にして書くとすると、非凡な生き方は縁、平凡な生き方ほど中心へ書くのが分かりやすいだろう。
縁に並ぶのは俳優、社長、政治家、歌手などだろうか。
そうするとどうしたって、円の中心はサラリーマンになる。
真ん中にいるのだから、真逆の人生なんて存在しない。
ならば、サラリーマンから抜け出したいのなら、中心から少しズレる生き方をすればいい。
やることは、いたって簡単だ。
退職届のフォーマットの日付と名前を書き直し、僕は顔もよく知らない上司へ渡した。
同期からの引き留めも、同僚の視線の冷たさも気にする必要はない。
ましてや、有休消化なんてどうだっていい。
晴れやかな気持ちそのまま、いつものビルの屋上へと駆け上がる。
「新しい人生を生きたい。」
今回は靴を脱ぐことも忘れ、地上からの心地よい風を受ける。
...
ガタンゴトン、ガタンゴトン
僕は今日も、鞄片手に渋谷へと向かう。
転生してもサラリーマンだと、ちょっと残念な気持ちはわかります。
ただ、死ぬことに慣れてしまっているところが、読んでてちょっと怖かったです。
転生先がサラリーマンにしかなれないなんて、死んだ意味がなかったんじゃないかと思いました。でも、サラリーマンも捨てたもんじゃないですよ。
サラリーマンって守られている部分と、枠からはみだせないジレンマのような戦いがあると思います。死にたい!という心の叫びは、自分を変えたい!という本能からくるのだろうと思いました。