とどかぬ声

阿楽溟介

とどかぬ声(脚本)

とどかぬ声

阿楽溟介

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とどかぬ声
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〇雑居ビル
  その日俺は、懐かしい顔と再会した
???「もしかして、斉藤か?」
斉藤「ん? ──おお、田中か! 久しぶりだな、高校以来じゃないか」
田中「久しぶり! 仕事終わり? なら飲みに行こうよ」
斉藤「おう、行こうぜ」

〇大衆居酒屋
  思い出話の前に、近況を報告し合った
  久しぶりに美味い酒だった
田中「しかし斉藤、ビール飲みながらよく食べるねー」
斉藤「俺、大学3年の時アメリカ留学してんだ それで向こうのボリュームに慣れちまってな」
田中「へえ、そうなの! そういえば高校の時から英語の成績良かったっけ」
田中「でも体型は変わらないんだね」
斉藤「自分でも不思議だけどな だがそれを言うなら田中、お前も変わんねーよ」
斉藤「高校の時のまんま 声掛けられた時なんか、タイムスリップしたのかと思ったぜ」
田中「アハハ、私服だったのもあるかもね 今日休みだったから」
田中「でも懐かしいねー 高校の時はほら、「怪談研究部」なんて作ってさ」
斉藤「あったあった! なんか部活やんなきゃいけないからって、よりによって怪談!」
田中「あれは斉藤がいたからだよ」
斉藤「俺がいたから? そうだっけ?」
田中「斉藤が霊感あったからさ 中学の時から「幽霊探し」が僕らのブームになっちゃったんだよ」
斉藤「そうか、そういえばそうだったな だが・・・」
斉藤「・・・」
田中「何、ノスタルジー?」
斉藤「いや、俺の霊感なんてもんは、まったく弱っちいもんだったって思ってな」
田中「霊感が弱いだって?」
田中「でも斉藤、心霊写真も撮ったことあるし、ポルターガイストだってエクトプラズムだって──」
斉藤「所詮、その程度だったってことさ」
田中「・・・なんかあったの?」
斉藤「ああ・・・あれは俺が大学2年の頃──」
田中「ちょい待ち!」
斉藤「な、なんだよ」
田中「それ、怖い話?」
斉藤「ああ、そういやお前、研究部のメンバーのくせに怖いのダメなんだっけ」
田中「そう、全然ダメ! 仲間外れが嫌だったから仕方なく入部したんだよ」
斉藤「そういやそんな話もあったな まあ安心しろって、怖い話じゃねーから」
田中「ほ、本当? そんなこと言う時って、大体いっつも怖いオチがついてたじゃない」
斉藤「本当に笑い話だって オチで思わず吹き出しちまうぜ」
田中「本当に? なら聞くよ」
斉藤(・・・本当に、笑える話さ)

〇大学
  大学2年の夏期休暇のことさ
斉藤(どっかにいいバイト、ないもんかね)
  俺は留学に向けて、バイトに明け暮れていた
  狙いは割のいい短期バイト
  怪しい先輩からの斡旋も受けた──で、面白いバイトが見つかった
  どんなバイトだと思う?
  ──心霊番組のアシスタントさ
  番組っていったって、ほとんど「監督」が一人で回してるネット番組──だけど根強いファンがいて、案外儲かっているらしい
監督「君が斉藤君だね よろしく頼むよ」
  やることは簡単
  監督について歩いてビデオカメラを回すだけ

〇混雑した高速道路
  現場までは、監督の運転するワゴン車に乗せてもらった
  一応、運転を申し出たんだが、断られた
  他人には愛車を触らせたくないらしい
  おかげでちょっとした小旅行――いいバイトだと思ったよ
斉藤「やっぱ、俺に霊感があるから使ってくれたんですか?」
監督「いや、現場でビビらないならいいんだ 前の子は、映像がブレちゃってね」
斉藤「なるほど」
  監督に霊感はなかったが、嗅覚は確かだった
  行く場所はことごとく「本物」──といっても、危険過ぎるということはなかった
  霊を馬鹿にする態度も見せなかったから、俺は安心してついていった
  ──そして、その日がやってきた

〇曲がり角
斉藤「おはようございます、監督」
監督「・・・おはよう、斉藤君」
斉藤(なんだ? なんか緊張してる? それに──)
斉藤「あのう・・・そちらの方は?」
監督「うん、紹介しよう」
監督「幽玄先生だ」
幽玄「斉藤君いうんのう? 今日はよろしくのう」
  訛りの強いその婆さんは、監督曰く、日本一の除霊師だとか
  手首にたくさんの数珠を巻いてた
監督「いいかい斉藤君、今日は幽玄先生の進む先を、注目するものをとにかく撮ってくれ」
斉藤「お、オス!」
  「さまよえる魂の成仏」──そんな企画だそうだ
監督「よし、じゃあ現場に向かおう」

〇開けた高速道路
  移動中、婆さん──幽玄先生に聞かれて、大学のことなんかを話した
  先生は、本物の霊能者だと思ったよ
  なんとなく、オーラで分かった
  この人と一緒なら大丈夫だろう
  ──そう、思ったんだが

〇屋敷の門
  ──向かった先は山奥の廃村だった
  いくつかの廃屋を通り過ぎ、やがて大きな屋敷に着いた
  そこかしこから聞こえる虫の声
  カメラとバッテリーを抱えた俺は、その屋敷を目の前にして確信したぜ
  コイツは「やばい」ってな
  朽ちてはいるが、どことなく威圧感がある
  その佇まいは黒い獣のように思えた――背中の汗が一気に冷たくなったよ
幽玄「大丈夫かのう? 監督さんは鈍感じゃけんど、あんたはつらいのう?」
斉藤「い、いえ・・・大丈夫です お構いなく」
監督「ではお願いします 幽玄先生」

〇古民家の居間
  先生と、懐中電灯を手にした監督
  その後ろを、俺はビデオカメラを構えて歩く
  ライトを灯すが、闇に吸い込まれるように、明かりは弱々しく感じられた
  かび臭い室内、淀んだ空気、軋む床──
  揺れ動くライトに、奇妙な酔いを覚える
幽玄「・・・」
  幽玄先生は間取りを把握しているみたいに、ずいずいと進んでいく
  取り残されないように、俺は必死に追い掛けたぜ
  カメラの中の映像と、実際の風景を交互に追い掛けたんだ

〇古風な和室(小物無し)
  穴だらけの障子戸を通り過ぎて、大きな部屋に辿り着いた
  俺は入り口から室内を照らした
  幽玄先生の見下ろす視線の先には、どす黒い、大きな染みがあった
  ──血溜まり──
  俺はそう確信した
  その時、耳元で監督が囁いた
監督「おい・・・もっと近付け」
斉藤「む、無理っす」
  俺は部屋の中に足を踏み入れることができなかった
  全身の汗が凍りつくようだった
  入り口から幽玄先生の姿を撮影するので一杯一杯
  監督はやっきになって俺の背中を押し込もうと──なんてことはしなかった
  監督だって中に入らなかった──きっと、霊感ゼロの監督だって「やばい」ってことが分かったんだろうぜ
  部屋の中は異様な空気に満ちていたんだ
  重々しくて忌ま忌ましい、そんな空気に
  幽玄先生は畳の染みのすぐそばに正座をした
  そして染みに向かって何事かを呟いた
  距離があるから音は拾えないが、確かに何か呟いた──その時だ

〇古風な和室(小物無し)
  屋敷が一度、大きく軋んだ
  その音といったら・・・今思い出してもぞっとする
  木造の屋敷から、金属音みたいな甲高い音が、悲鳴みたいな音が響いたんだ
  空気がどろりと粘ついたような気がした
  視界がねじれるような感覚・・・立っているので精一杯だった
幽玄「──のう! ──のう!」
  先生は染みに向かって何かを叫んでいた
  掌で数珠を鳴らして繰り返していた
  それに呼応するかのように、屋敷全体が悲鳴を上げる
  込み上げる吐き気をこらえながら、俺はカメラを回し続けた
「オエェ──・・・!」
  嘔吐したのは横の監督だった
  俺は思わずそちらを見た
  吐瀉物の中でおびただしい数の──あれは何だ?──黒いミミズみたいなもんが蠢いていた
  ぴちゃぴちゃと音を立てて、酸っぱいような嫌なにおいの中で、俺は必死に耐えた
  塩気のある唾液が次々にわいて出る──歯を食いしばった
幽玄「──のう!」
  幽玄先生は相変わらず声を掛けていたが、いよいよもって、屋敷全体の悲鳴も激しくなってきた
  先生の必死の声を聞いて、俺はハッとして、叫んだ
斉藤「『何か手伝えることはありませんか!』」
  でも駄目だった
  何も変わりゃしなかった
  幽玄先生と屋敷が叫び続ける中、俺は足元に違和感を覚えた
  「嘘だろう」と思いつつ、横でうずくまる監督を見た
  監督も俺を見ていた
  勘違いじゃない──地震だ!
  揺れは急激に大きくなった
  こんな屋敷、いつ崩れてもおかしくない
監督「幽玄先生!」
  室内に飛び込んだのは監督だった
  俺も意を決して足を踏み出した
監督「もういい! もう駄目です先生、逃げないと!」
  そして先生を引きずるようにして、俺たちは屋敷を飛び出したんだ

〇大衆居酒屋
  俺は一息ついて、ビールを喉に落とした
田中「そ、それでどうなったの?」
斉藤「あの後調べたんだがな、あの時間、あの地域で地震なんか起きてなかった」
斉藤「あの屋敷が怒っていたのかもしれないな」
斉藤「「助けてやれなくて、すまんかったのう」って、先生は屋敷の前で泣いてたよ」
斉藤「真っ青な顔した監督が、先生の背中をさすってたっけ──」
斉藤「──ハハッ、さすってほしかったのは監督の方だったろうがな」
斉藤「──っておい、何を怒ってんだよ」
田中「ど・こ・が、笑える話なのかなあ?」
斉藤「ま、まだオチてねーんだよ」
田中「ほう、聞いてみようか、一体どう落すつもりだい?」
斉藤「そ、そこで監督がさ、泣いてる先生に聞いたんだよ」
斉藤「「あの霊は何て言ってたんですか」って」
斉藤「そしたら先生が答えた あの霊はこう言っていたそうだ」
斉藤「キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ」
「・・・」
「・・・」
田中「ぷっ・・・あっはっは! 下らないなーもう!」
斉藤「な? 笑えるだろ?」
田中「あっはっは・・・そうか、霊は外人か!」
田中「言ってた言ってた! 先生ずっと「ノー、ノー」って!」
斉藤「そうそう、そういうこと! ズッコケ脱力系のオチってことよ!」
田中「あっはっは──」
  だが、田中はすぐに黙り込んだ
  こいつは昔から頭がいいからな
田中「──そうか、斉藤には霊の気持ちが分かったんだね」
田中「だから直接、霊に聞いたんだ」
斉藤「まあな──『何か手伝えることはありませんか』って、英語で聞いた」
斉藤「発音は完璧だったと思うぜ」
田中「でも、届かなかった?」
斉藤「ああ、俺の声は届かなかった」
斉藤「俺の霊感なんてそんなもんさ なんの役にも立ちゃしない」
斉藤「幽玄先生と違って、苦しむ霊を助けてやることなんて、できやしねえのさ」
田中「・・・そのお屋敷にさ、海外の霊能者を呼んだら?」
斉藤「先生曰く、海外の除霊は9割インチキだってよ」
田中「残り1割は?」
斉藤「金の亡者」
田中「ああ、そう・・・」
斉藤「触らぬ神に祟りなし」
斉藤「俺も監督も、あの屋敷には金輪際、近寄らねーって約束したんだ」
田中「そっか・・・それはそうと斉藤さ」
斉藤「なんだ?」
田中「その、実は僕さ、今度ドイツに旅行に行くんだけど」
「・・・」
斉藤「ワッハッハ! 死ぬなよ田中! 日本語なんて通じねーんだから、海外で地縛霊になったらもう成仏できねーぞ!」
田中「わ、笑い事じゃないよ! 僕が間違ってドイツで死んじゃったら、幽玄先生を連れてきてよ!」
斉藤「あ? ああ・・・そのな、幽玄先生、亡くなったんだよ」
田中「え・・・」
斉藤「あの一週間後に自宅でさ」
斉藤「先生の旦那さんが言うには、朝起きたら隣で死んでたって」
田中「ど、どうして・・・心臓発作とか?」
斉藤「窒息死だとよ」
斉藤「喉に詰まってたそうだ──どういうわけか、大量の生きたミミズがな」
斉藤「苦しかったはずだが・・・先生の旦那さんが言うには、うめき声なんて全く聞こえなかったそうだぜ」

コメント

  • 見事な情景描写でゾクっとしました。
    特にミミズを吐き出すところとか、すごくリアルで怖かったです。
    オチで和みましたが、その後のお話がまた怖くて!

  • 読み進むに連れ恐怖が増してきました。背筋ゾクゾクとして、描写の中でミミズが出てきた時は恐怖がMAXです。幽玄先生が亡くなった原因がミミズだとは。

  • 背筋がゾクゾクしました。途中「なんだぁ,英語かぁ(笑)」と思いながら引き込まれるように気が付いたら読んでいました。幽玄先生…ご冥福をお祈り申し上げます😢

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