読切(脚本)
〇水の中
12月25日に日が替わり、もうすぐ夜明け。雪でも降っていれば、ロマンティックだが、あいにくの雨。目に映っているのは・・・
〇公園のベンチ
初めて逢ったのは半年前。いつものように、目に映る人々を見て楽しんでいた時、ベンチの下にその猫はいた。
〇新緑
白く透き通った毛並み、青い瞳に、気品を感じた。私は何故かその猫が、自分にとって、特別な存在のように感じた。銅像の私が。
〇ハチ公前
私はというと、何故か忠犬と呼ばれる銅像の中にいる。でも銅像が出来た当時からではなく、多分途中から入ったのだと思う。
〇渋谷のスクランブル交差点
私はこれまで、沢山の目に映る物事を見てきて、どの生き物も面白いと思っていたが、心を奪われた事まではなかった。
〇幻想空間
もしかしたら自分は神ではないかとも思ったが、何一つ支配出来ないので、すぐに違う事はわかった。だから私はただの「何か」だ。
〇黒背景
自分が何かもわからないのだから、周りの物事にも、必要以上に感心を抱くことなど無かったのた。
〇ポリゴン
私は初めて感じる感覚に動揺した。自分の気持ちに、変に理由をつけようとするから、その猫が、私を頻繁に見ている様にも感じた。
〇ハチ公前
人が増え、その猫が消えた時は、寂しく感じたが、夜が過ぎ、夜明けになる少し前、人気が少なくなった時に、再び私の前に現れた。
〇ハチ公前
でも何故か、菊の花をくわえて来て、私の台座の上に置いた。そしてそのまま台座の上に座り、くつろぎ始めた。
〇ハチ公前
この猫は私を供養するために花を探しに行き、菊の花を供えるために戻ってきたのかと思った。何かを誤解しているのかと思った。
〇ゆめかわ
その猫は、頭が良いようにも、おっちょこちょいのようにも感じたから。ただ、その娘が私を認識している事も実感した。
〇ハチ公前
その日からその猫は、度々私の前に現れることになった。ただし、菊の花に限らず、様々な花をくわえて、やって来ていたが。
〇花模様2
この猫は供養ではなく、単に花が好きで、それを私に持ってきてくれるようだった。私は花を持ってくるこの猫が愛らしかった。
〇リンドウ
私はこの猫の事を好きになり、「恋」という言葉で想うようにした。恋には、もう一つ好きな事がある。音楽だ。
〇ハチ公前
ここは音楽も多い街。私も音楽は好きだったが、一緒にいる時に流れる音楽は、これまで感じたから事のない幸せだった。
〇ハチ公前
恋が来る時間帯に流れる音楽は、酔っぱらいの生歌も多い。聴くに耐えない日もあるけれど、やたら歌が上手い人も、時々現れた。
〇ハチ公前
そんな時、今日は当たりだねと言うように、恋は私によりそってくる。心をくすがれる様な暖かさが、なんとも言えない幸せだった。
〇ハチ公前
恋と過ごす時間は大好きだった。しかし恋には一つ心配な事もあった。恋は病気にかかっていた。度々来れない日があった。
〇黒背景
私も台座の上の生活は長く、様々な生き物を見てきたから、病気には気がつきやすい。しかし銅像の中の私には、何も出来なかった。
〇ハチ公前
恋は元気な時に、誰かが落とした花束等から、花をくわえ、嬉しそうに私の元へやって来ていた。それがいつも愛らしかった。
〇ローズピンク
多分、恋の体は毎日辛い。動ける時だけ私の元に来ている。私は恋の元気な時だけを見て、勝手に、回復しているものだと考えてた。
〇ハチ公前
そして今日。夜明け近くから雨。その日の恋は、薔薇をくわえていた。クリスマスならではの落とし物が、とても微笑ましかった。
〇水たまり
でも近づこうと歩み寄る恋を見て、私の気持ちは一変。いつになく具合が悪く見えた。雨の中、ふらつきながら歩み寄る恋。
〇壁
近づいて来る程に、遠くに離れていくのを感じた。氷で作られた冷たい釘が、ゆっくり胸の中心に刺さっていくような感覚だった。
〇黒
冷たい釘が、体の中心まで入ってきた時、私はその冷たい孤独に耐えらを悟った。私は寂しさに拘束されるようで、苦しかった。
〇水の中
恋は台座の上にやってきて薔薇を置くと、そのまま優しい顔で眠りについた。私は初めて「息が止まった」。一瞬だけ。
〇水玉2
その直後、私が入っていた忠犬の器が、視界の下にあった。そして私の隣からは暖かい何かを感じた。恋だ。
〇花模様
恋と私はお互い、それぞれの器から出て、同じ空間に存在していた。これまで交わせなかった、言葉も交わせるようになった。
〇幻想2
何か照らされている道があり、私達はその方向に歩き始めた。なるべくゆっくり、新しい幸せが、出来るだけ長く続くように。
恋とか愛とか、言葉にすると簡単なようで簡単でないですよね、その定義ってどこから来るのでしょう。言葉で言い表せない感情もありますもんね、楽しいお話しでした。
銅像の犬と現実の猫は、私達人間同士の関係を比喩表現されたものなのかもしれませんが、私はあえて、動かない忠賢ハチ公と白い野良猫の物語としてよみすすめました。言葉を交わさなくても相手の痛みがみえる、学ぶべきことですね。
どうして台座の中に…?何者なんだろう?と気になりましたが、好きな子に何もしてあげられない姿を見て、私たちもあまり変わらないなと思いました。ふたりでいることの喜びが音楽を一緒に楽しむ描写でよく伝わってきて、胸が暖かくなりました。切なさと優しさを同時に届けてもらった気持ちです。ずっと幸せでいてほしくなるふたりですね。