渋谷に架ける虹の橋(脚本)
〇電車の中
次はー、渋谷、渋谷、終点です
──午前8時24分
この日は朝から雨が降っていた。
濡れたビニール傘を右腕にかけ、左手で吊革につかまる。
いつもと変わらない「日常」
スマホでゲームをしていると、斜め前に立っていた女性のLINEの会話が見えてしまった。
相手は、彼氏だろうか?
慌てて視線を逸らすと、今度は年配の男性がなにやら険しい顔をして、株価のチャートを見ている。
Instagram、TikTok、Twitter、YouTube、写真、音楽、ラジオ、電子書籍、ゲーム・・・
あらゆる情報や娯楽が「スマートフォン」という機械に集約され、いつしか僕たちは、常に下を向いて歩くようになった。
〇渋谷駅前
ホームのエスカレーターを上り、地下を通って、スクランブル交差点に向かう。
右手でスマホをタップしながら、すれ違う人を器用に避ける。
どうやら現代人は視界の端で物や人を認識する能力に長けたようだ。
地上に出て信号待ちをしていると、視線の先に、小さな女の子の頭頂部が見えた。
〇渋谷のスクランブル交差点
女の子「あっ、虹!」
車の排気音の狭間で、女の子の高い声が響き渡った。
下を向いていた大人たちが、いっせいに顔を上げた。
夫「おお・・・すげぇ」
〇空
見上げた空は、青かった。
渋谷の空は、こんなにも澄んでいて、色鮮やかだっただろうか?
〇渋谷のスクランブル交差点
信号が変わると、皆心なしかゆっくりとしたペースで歩みを進める。
その時、右手に握りしめていたスマホが震えた。
夫「もしもし、どうした?」
パパ!?
ハチが・・・ハチが・・・・・・!!
〇明るいリビング
その日、家に帰ると、ハチは毛布に包まれて、まるで静かに眠っているようだった。
夫(ハチ・・・こんなに痩せ細っていただろうか?)
妻「朝、急に血を吐いて、そのまま・・・」
息子「うぅ・・・ハチ・・・」
夫「そうか・・・。 明日ペットの葬儀屋に連絡して、火葬してもらおう」
妻「裕太、今日はもう遅いから寝なさい」
息子「はーい・・・」
〇ペットショップの店内
ハチは、もう10年以上前、妻と同棲し始めた時に飼った。
ポメラニアンなのに、ふざけて「ハチ」と呼んだのは僕だった。
妻は笑い転げて、それがそのまま名前になった。
〇明るいリビング
息子が寝静まった後、僕はリビングで一人、ウイスキーを飲んでいた。
妻「あら・・・まだ起きてたの。 朝は、ごめんなさいね。取り乱して電話しちゃって」
リビングに戻ってきた妻は、缶ビールを開けて僕の対面に座った。
夫「いや・・・ むしろ、色々と任せてしまって、すまなかった」
こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは、久しぶりだった。
いつもは、帰って風呂に入り、妻が息子を寝かしつけている間にご飯を食べ、ソファでダラダラと過ごし、
寝るまでの時間を、テレビとスマホゲームとYouTubeでつぶしていた。
ビールを飲む妻の横顔は、瞼が赤く腫れていた。
夫(なんだか、白髪が増えただろうか? 昔綺麗にしてたネイルも、今はやっていないんだな・・・)
・・・・・・
僕は、今まで何を見ていたのだろうか?
目線を上げたら、気付けることがこんなにもたくさんあったのに。
斜め30度下の景色ばかり見ていた。
夫「そういえば今日、虹が出たんだよ」
妻「・・・? へぇ、そうなの?」
妻は、少し驚いたように顔を上げた。
こんなふうに、たわいもないことを自分から話しかけたのも、いつぶりだろう?
夫「ちょうど、あの電話があった時かな。渋谷で」
妻「そう・・・。 それはきっと、ハチからのメッセージだったんじゃない?」
夫「ハチ?なんで?」
妻「「虹の橋」って詩、知らない? 亡くなったペットは、虹の橋のふもとへ行って、幸せに暮らしているの」
妻「そこで私たちを待ってくれているのよ。 そしていつか、再会して、一緒に天国にゆくの」
夫「ハチ・・・!!」
ハチ
ありがとう。
〇地下街
明日は、妻と息子が好きだと言っていた、
クロワッサンを買って帰ろう
とても素敵な物語ですね!!
物語とは、日常で忘れがちな大切なものを気づかせてくれるものなのですね。
ドキュメンタリーよりフィクションの方が、真実を伝えやすいという話も聞いたことがあります。
読み手に気づかせてくれたものが、その人にとって生涯大切なものになる事もあるでしょう。とても素敵なことだと思います。
才能がお有りなので、新作を心待ちにしてます。
この世の中ではこんなふうにメッセージが繋がることってありますよね。そう思うと偶然見かけたあの虹も、偶然ではなく必然で、ハチからの自分の近くにあるものに目を向けて幸せに暮らしてね、というメッセージだったんですね。
自分の周りにある大事なもの、それをしっかりと見つめることができているか問われている所感です。当たり前、変わらないと軽く流さずに、ちゃんと向き合わなければならないと気づかされました。とても心に染み入る物語でした。