見知らぬキミへ

あら川ねむ

エピソード1(脚本)

見知らぬキミへ

あら川ねむ

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〇渋谷駅前
  寒空の下、悴む手を暖めようと、
  上着のポケットに手を突っ込んだ。
「あれ、なんだこれ」
  くしゃっと音を立てたそれを、
  俺はそっと手に取った。
「メモ・・・手紙?」
  丁寧に折り畳まれた花柄のメモ。
  表には小綺麗な文字でこう書いてある。
???「見知らぬキミへ」
  この紙も、この字も、身に覚えがない。
  裏を見ても差出人の名前はない。
  柄と字から見て、女性が書いたことに間違いはないと思うが、女友達や彼女なんて俺にはいないし、
  妹はいるがまだ小さくて、手紙なんて書けるわけがなかった。
  もしかして通学中電車内で運命的な出会いをして、俺にラブレターでも書いてくれた人がいるのかと一瞬期待したが、
「そんな夢みたいな話、あるわけないよな」
「そんなことより、何なんだ本当に・・・」
  どこの誰が書いたのかわからない手紙なんて、ときめくどころか気味が悪い。
  そのまま開かずに駅のゴミ箱に捨ててしまおうかと思ったのだが、
  やっぱりどこの誰が、何のために書いたのか気になった。

〇渋谷のスクランブル交差点
  ふと気がつけば、
  待っていたはずの信号がまた赤くなった。
「ここの信号長いのに。 座って読むか」
  スクランブル交差点は今日も人だかりだ。
  道行く人はみんな急ぎ足で歩いている気がする。
  話し声もあちらこちらで聞こえる。
  相変わらず忙しい街だな。
  そんなことを考えつつ、
  駅前のベンチに座って、俺はそっと手紙を開いた。
???「はじめまして。 いや、正確にはまた会ったね、かも」
???「この手紙を読んでいるということは、 わたしの願いが届いたのかな」
???「正直こんなことができるなんて、 思いもよらなかったよ」
「また・・・会った?」
???「キミにどうしても伝えたいことがあって、 この手紙を書きました」
???「わたしとキミは住む世界が違うから、 話す方法はコレしかないんだ。許してね」
「・・・住む世界が・・・違う?」
「どういうことだ・・・?」
???「まず、わたしは誰なんだ、と不思議に感じていると思います」
???「実はわたしとキミは何度も会ったことがあるの。話したのは一言二言だけど」
「・・・」
???「これまで何度も話しかけようとしたけれど、なかなか話しかけられなかったの」
???「わたしも臆病だったなと、今は思うよ」
「・・・話したことがある?」
「俺と? この女の子が?」
「・・・」
「ありえない。 だってそんな知り合い一人も」
???「これを言えば、わたしが誰だかわかるかな」
???「カフェオレ、ミルクおおめ、トール」
「えっ」
「それって、まさか・・・」

〇渋谷のスクランブル交差点
店員さん「キミの声、 この三言でしか聞いたことないかも」
店員さん「まぁお客さんと店員なんて、 そもそも話す機会がないのかもしれないけれど」
  俺はこの女性に覚えがある。
  きっとあの人に違いない。
  そう確信した時、あることを思い出した。
少年「俺、行かなきゃ、あの場所へ」

〇渋谷駅前
  信号は青くなっていた。
  気がつけば大勢の人を押し退けて、
  俺は無心に走っていた。
  スクランブル交差点の前、
  大きな看板の下にあるカフェ。
  俺は、
  俺は、ここに来るのが好きだった。
  学校をサボってここに来るのが。
  ここに来れば、
  ここでこの時間にカフェオレを頼めば、
  彼女が笑いかけてくれるから。
「あの人は・・・」
  今日も彼女はいるだろうか。
  まだ成長期だった俺は、
  少し背伸びをして、あの笑顔を探した。
  彼女はいた。
  いつものように。
  この時間、この場所に。

〇渋谷駅前
店員さん「いらっしゃいませ! 何にしますか?」
  ああ、いつもの笑顔だ、よかった。
  変わってないんだな、あの人は。今も。

〇渋谷駅前
  そうだ、全部、思い出した。
  以前隣の席の女子たちが話していた。

〇ハチ公前
  駅前にあるハチ公像。
  伝えたいことを手紙に書き、
  足元に供え頭を撫でてやると、
  願いが届くというものだ。
  女子たちは浮き足立っていたが、
  俺には関係のないことだと思っていた。

〇渋谷のスクランブル交差点
  俺はあの日、
  いつものようにカフェへ向かう途中、
  スクランブル交差点で、
  トラックに跳ねられた。
  まさか、自分が死ぬなんて思いもしなかった。
  こんなことになるなら、
  もっと君と話していればよかった。
  俺はまだ子供だったから、
  恥ずかしくて声をかけられなかったんだ。
  君の方が少し背が高くて、自信がなかった。

  思い出したように、
  手に持っていた手紙に目を落とした。
  涙で字が滲む。
店員さん「あの日も、キミが来るのを楽しみにしていたんだ」
店員さん「でも、いつまで経っても来なかったの。 あの日こそは、声をかけようと思っていたのに」
店員さん「その日目の前で事故が起きたの。 すごく大きな音だった」
店員さん「運転手が居眠りしていたんだって。 まさかあの事故でキミが死んじゃうなんて、思いもしなかった」
店員さん「ごめんね、でもこれだけは伝えたくて」
店員さん「いつも来てくれてありがとう」
店員さん「そして、大好きでした。 ずっとキミのこと、忘れない」

〇ハチ公前
  渋谷駅前に佇むハチ公。
  その昔、大好きな飼い主を駅前で待っていたらしい。
  飼い主が亡くなった後も、
  ずっと同じ場所で待ち続けたって。
  いつか帰ってくると信じて。
  本当かどうかなんてわからない。
  でも今は、
  そうだったと信じたい。
少年「そうか」
少年「──君もハチ公と同じだったんだね」
  俺は、いつのまにか笑っていた。
  そして、
  彼女も静かに笑ってくれている気がした。

コメント

  • まさかの展開にびっくりしました。
    告白をするのって勇気が必要だと思うんですが、人間っていつどうなるかわからないわけで。
    彼女の思いが伝わったみたいで良かったです。

  • 渋谷のスタバ(?)で,素敵な出会いがあれば良いなと誰もが思うことでしょう。一度限りの人生,誰かに自分の気持ちをしっかり伝えておこうと思いました!

  • すでに他界にいる人へこうして思いを届けることができたら本当にいいですね。お互いに伝えきれなかった二つの気持ちが次元を超えて重なっている様が想像できました。

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