さよなら、またね(脚本)
〇部屋のベッド
──あれから3ヶ月
正直未だに拭い去れないでいる
夜は決まって寂しくなるし、想いが巡って寝付けなくなる
眠れない夜には、あのバンドの曲を聴く
あなたが気に入っていたバンド
私が普段聴かないロックバンド
あまり有名じゃない、聞いたこともない名前の
知っている曲なんて、たかが数曲だけどそれだけで十分
別にそのバンドが好きだったわけじゃないし
あなたが口ずさんでいたから好きになった
あなたが歌う曲が好きだっただけなのだ
それでも今夜は珍しくあの曲に包まれる
泣かないように
誰にも見られないように一人で
そうするとその時だけはあなたの事もあの曲もあのバンドすらも独り占め出来るような気持ちになれる
〇見晴らしのいい公園
住んでる街を一望できる公園
何かあるといつもその公園に足を運んでいた
友達と喧嘩した時
仕事がうまくいかなかった時
飼っていた猫が死んでしまった時
いつも無意識にその公園にたどり着く
そして今日みたいな眠れない夜に
──彼に出逢った
スケッチブックを持ってベンチに腰掛ける彼が妙に気になってしまった
みどり「あの」
みどり「どんな絵を描くんですか?」
急に声をかけられ驚いた彼の顔を今でも鮮明に覚えている
彼は何も言わずに俯いてしまった
みどり(そりゃ急に声かけられたら警戒するよな・・・)
みどり「なんか、ごめんなさい」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で彼に謝ってベンチに座り直した
永遠にも思える長く気まずい時間が二人の間に流れる
あらた「街とか空とか・・・」
何の事かわからなかった
彼は私の質問に答えてくれたのだ
緊張していたのか声は震えていたけど
──耳触りの良い
低くて優しい声だった
〇部屋のベッド
私のクローゼットの奥底に、あなたが描いてくれた絵が仕舞ってある
捨てられなくて、でも目に付くのは辛くて仕舞い込んだ数々
曲を聞くたびに
いつも思い出してしまう
瞼の裏に現れたその残像は
私が眠るまで焼き付いて離れない
実物はまだちょっと見れないけど
みどり「私はまだあなたの事想ってるよ」
午前三時五分前
──私はまだ寝られずにいる
〇改札口前
彼は、渋谷行きの最終電車に乗るみたいだった
あらた「描いている絵が完成するまで、毎日ちょっとだけあの公園にいます」
みどり「また会えると良いですね」
社交辞令じゃなく本心だった
でも本気で会えるとは思ってなかった
名前も歳も連絡先さえ知らない
それに私も言わなかった
あらた「それじゃあ、また」
彼は照れ臭そうにそう言って
改札を抜けていった
「それじゃあ、また」
その言葉を本気で言ったのか
つい口から出てしまったのか
分からなかったけど
私たちの再会はそれから半月ほど経ってからだった
〇部屋のベッド
寂しい
過去を思い出すと、たちまち我慢出来ないほどの虚無感と寂寞感に襲われてしまう
暗い部屋で、小さな常夜灯のオレンジ色の光が一層その感情に拍車をかける
──午前四時二十五分
外はまだ暗く、車一つ走っていない
みどり「まるでこの世界に私だけが生きているみたいだなぁ・・・」
あなたと居た時は、朝方までベッドで話し込んだりしていた
一瞬で夜が更け、そして朝日が少しずつ部屋を明るくしていった
みどり「眠れない・・・」
今日はまだ、眠れそうもない
あなたの絵のせいで、目を瞑ることも出来ない
〇見晴らしのいい公園
半年後
みどり「あれ、絵はどうしたの?」
あらた「あの絵、描き終わったんです」
描き終わってからも毎日少しだけ
この公園に来ていたらしい
あらた「完成した絵をあなたに見せたかったんです」
そしてそれが彼から貰った
──初めての絵だった
〇書斎
それからは沢山の事を話した
彼が絵を描いているところを見せてもらったりもした
これまでに描いた作品も全部
彼が住むアパートの小さな部屋に沢山の作品と物語が積まれていた
〇駅のホーム
彼の家へは渋谷駅で乗り換える
いつの間にか、乗り換えもスムーズに出来るようになっていた
そんな当たり前の小さな幸せが私にとって
とても大事なものだった
〇部屋のベッド
それ以降は思い出しても辛くなるだけだ
だからいつも出逢った頃の事だけを思い出す
嫌な思い出に蓋をして、明るい過去だけ振り返る
〇部屋のベッド
いつの間にかカーテンの隙間から少しづつ朝日が入ってきていた
──朝七時三十分
鳴る前のアラームを解除して布団から起きる
化粧をして
〇部屋のベッド
靴を履いて鍵を閉める
何か忘れてる気がするけど──
みどり「まぁ、いいか」
電車に乗って向かう先は渋谷
あなたの家に行く時に乗り換える駅、渋谷
〇電車の中
降りる扉は
あの日々と同じく左
〇渋谷のスクランブル交差点
改札を抜けてハチ公口から出ると
あの音楽が耳をくすぐった
彼の好きだったバンド
そのバンドが大きなモニターから優しい音を降らせていた
新曲と共にメジャーデビューを果たしたらしい
『さよなら、またね』
みどり「──さよなら、またね」
ナレーションが曲名をそう告げていた
切なくて、眠れなくて…それでも朝は来るんですよね。
彼女の気持ちを考えると悲しいです。
「またね」の通り、また彼に会えるといいなぁと思いました。
彼女の気持ちが痛いほどよくわかり、とても切なかったです。こんなに悲しいことってないですよね。大切な人に会えなくなるっていうのは、人にとっての最大の哀しみなんじゃないかと思います。
眠れぬ夜を過ごし、朝が来て淡々と身支度をして出勤していく彼女の虚しさ、悲しさが痛いほど伝わりました。ここまで人を愛せたことが幸運だったか不運だったのか、ゆっくりその答えを出せるといいですね。