エピソード1(脚本)
〇渋谷駅前
実は、今もまだ緊張している
このスクランブル交差点に
足を踏み出すときには
東京へ来て、もうずいぶん経つというのに、
この狂ったような人の多さには
慣れることはない
その日も、電車を降りて、
駅から街へ向って歩き出そうとしていた
〇渋谷駅前
どんどん増えていく
信号待ちの人々の一隅
そこに、
戸惑うように立ち竦む女性の姿を見た
右手に握られた白杖。
そこから、彼女が視覚障害者であることがわかった
えいじ「あの・・・」
話しかけると、気づいた女性は口を開いた
瑠依「は、はい」
「渡りたいの?この交差点を」
頭上にある大型ビジョンからは
大音量の音楽が降ってくる
それに搔き消されないよう、
はっきりとした口調で話す
瑠依「ええ、そうなんです」
瑠依「でも、なかなか渡ることができなくて」
無理もなかった
信号が青に変わり、
無数の人影が
私たちの前を足早に過ぎていった
白杖を持ったままで、
人波をかき分けて歩くなんて
とてもできないだろう
えいじ「わかった」
瑠依「えっ?」
えいじ「連れてってあげるよ」
えいじ「交差点の向こうまで」
瑠依「ほっ、本当ですか・・・!?」
〇渋谷駅前
えいじ「いいかな?」
えいじ「じゃ、僕の腕をとって」
瑠依「はい・・・」
えいじ「もうすぐ信号が変わる・・・」
えいじ「よし、行くよ!」
瑠依「はい!」
私はゆっくりと
でも迷いなく、歩き出した
・・・
彼女の不安そうな足どりに
ペースを合わせて、
行き交う人にぶつからずに
歩くのは
簡単なことではなかった
信号が点滅し始めていた・・・
もうすぐ赤に変わる・・・
でも、
焦らない、焦らない
急ぎ足にならないよう
確実に歩を進める
えいじ「もう少し・・・」
えいじ「大丈夫だよ・・・!」
瑠依「はい・・・!」
〇SHIBUYA109
えいじ「何とか、渡れた・・・」
えいじ「大丈夫かな?」
瑠依「はい、なんとか」
休日の午後ということもあって、
渋谷の街はいつもに増して
混雑していた
えいじ「もうちょっと先まで、送っていくよ 今日は人が多いから」
瑠依「えっ・・・それは・・・ 申し訳ありません」
えいじ「どこまで行けばいいかな?」
瑠依「では、東急本店の方まで お願いできますか」
えいじ「よし、じゃあ行こう」
そうやって、
少し歩き出したときだった
瑠依「あっ!!」
小さな段差に
彼女は躓きそうになった
えいじ「ゴメン!」
よろめいた彼女を、なんとか支えた
えいじ「ごめんね、 気をつけるから、安心して」
瑠依「はい、お願いします」
彼女の右手が、
いっそう力強く私の左腕を握った
目の見えない人を介助するのは、
イメージしていたより
ずっと大変だった
早足で歩く人たち
ほんのわずかな路上の段差
そういったいつもは見過ごしてしまう
障害に、気を払わなければならない
〇東急百貨店
えいじ「ふぅ・・・ 着いたよ、東急本店の前だ」
瑠依「あ、ありがとうございます」
えいじ「ここまで来れば、大丈夫かな?」
瑠依「ええ、助かりました、とても」
考えていたより大変だったな・・・
そう思いながら、身体を離して、
彼女と向かい合ったときだった・・・
えいじ「えっ・・・」
えいじ「キ、キミ・・・」
えいじ「見えて・・・たの・・・!?」
瑠依「ええ」
えいじ「そんな・・・」
何が何だかわからなかった
えいじ「ダメだよ・・・」
えいじ「そんな、他人の親切心を 弄ぶようなことをして!」
私は戸惑うとともに
本気で怒っていた
自分はくだらないゲームに
付き合わされただけだったのか
瑠依「ごめんなさい!」
瑠依「そのことは謝ります!」
瑠依「でも、聞いてくれますか・・・?」
瑠依「ちゃんとした理由があるんです」
瑠依「私がこんなことを しているのには・・・」
〇東急百貨店
彼女は話してくれた・・・
今、大学で保健福祉の勉強を
していること
その実践のために
自分が視覚障害者になりきって
街中を歩いていたことを・・・
瑠依「ごめんなさい」
彼女はもう一度繰り返した
瑠依「でもね、ちゃんと声を掛けて 助けようとしてくれたのは、 貴方だけだった」
瑠依「3時間もああして待っていたのに・・・」
えいじ「そんな・・・」
瑠依「多分、声を掛けようとしてくれた 人はいたんだけど」
瑠依「一歩足を踏み出すっていうのは 簡単なことじゃないんだね」
その表情からは、
彼女が遊び半分でやったのではない
ことが伺えた
えいじ「そうか・・・」
〇渋谷スクランブルスクエア
瑠依「とっても怖いの」
瑠依「何も見えない中で歩くのって・・・」
瑠依「私も路上に出てみて、 初めてわかった・・・」
瑠依「でもね、」
瑠依「あなたの手に引かれていると とっても安心した」
瑠依「ちょっとした段差もちゃんと 知らせてくれたでしょ?」
えいじ「ああ・・・」
確かにそうだった
私は本気で
彼女を導こうとした
瑠依「貴方みたいな人ばかりだったら いいのだけれど、」
瑠依「世の中ってそうじゃないでしょう?」
えいじ「そうなのかもしれない」
えいじ「僕だってもっと急いでいたら 君に声をかけることなんてしなかった」
瑠依「だから、 人の親切心に頼るんじゃなくて」
瑠依「みんながそういう親切心を 発揮してくれるような」
瑠依「そんな社会に 制度設計をするのが私の目標・・・」
瑠依「なんて言うと、 カッコよすぎるかな?」
彼女は初めて笑顔を見せた
〇SHIBUYA SKY
いつの間にか会話が弾み
私たちは肩を並べて歩いていた
エレベーターを昇った先
そこからは渋谷の街が見渡せた
さっきまで二人が歩いてきた道のりも
その中にあった
瑠依「あの交差点を 一度に何人の人が行き交うか、 知ってる──?」
瑠依「3000人・・・」
瑠依「一度に3000人の人が あの交差点を渡るんだって──」
瑠依「あそこを 誰もが不安なく渡れるようになったら」
瑠依「素敵なことだと思わない──?」
昏れていく空の中で
西陽に照らされた
彼女の瞳には
茜色の希望が輝いて見えた──
渋谷のスクランブル交差点は、視覚に問題がなくても横断するのは大変ですよね。視覚障害者や他の障害がある方、その他何かしらの問題がある方も何事もなく横断できるようになることは望ましいですね!
渋谷のスクランブル交差点って、そんなにたくさんな人が行き交ってるんですね。障害者だけでなく、怪我している方や妊婦さんだって安心して渡れる場所ではなさそうですね。誰もが安心して暮らせる社会、実現してほしいです。
あの交差点って、そんなに人が通ってるんですか?
数字にすると驚きますね。正直知りませんでした。
そんな中で親切に出来る人って、本当にどれくらいなんでしょうか。
心温まるお話でした。