雪月下に幽霊(脚本)
〇渋谷駅前
「知ってる? 満月の晴れた日に、雪が降り積もると、武士のユーレイが出るんだって!」
それは、他愛のないウワサのはずだった・・・
〇渋谷駅前
渋谷に 20cm 雪が積もったあの日。
〇渋谷のスクランブル交差点
7時の電車に乗って帰るはずが、電車もバスも止まって、もう11時。
ゆき「もう、並ぶの疲れた・・・」
たに「それな・・・」
たに「全然、進んだ気がしないね・・・」
たに「どうしようね・・・ どっか大きな建物なら、避難所とか開放されていないかな?」
〇SHIBUYA SKY
駅を離れ、会社に戻ろうと、歩き出す。
雪雲が減って、満月が輝き出していた。
六本木通り。坂の上。
渋谷を見下ろす高台に館が見えた。
近づこうとしたら、すっと消えた。
ゆき「ねぇ、いま、馬に乗った人、いたよね?」
たに「えっ! それよりさ」
たに「坂の上、大きな屋敷になっていたよね。 ビルが無くなってたよね?」
ゆき「えっ? 知らない! 馬に乗ってた! 刀、さしてたよ!」
また月の光がさした。
坂の上から、馬に乗った武士が駆け下りてきた。
たに「逃げよう!」
雪で足がとられて上手く走れない。
ゆき「足が抜けなぁい!」
〇SHIBUYA SKY
叫び声がした。
振り返ると、馬がいた。
武士が彼女の方に手を伸ばしている。
〇SHIBUYA SKY
雲が翳った。
武士が消えた。
腰が抜ける。
立てなくなって・・・
気を失って・・・・・
保護されて・・・・・
〇渋谷ヒカリエ
数日後、久しぶりに出社した。
途中、坂の上を見る。
ビル群だけが見えた。
いつも通りの渋谷。
いつも通りの光景。
〇オフィスのフロア
ボス「発見が早くて良かったよ」
ボス「体調が戻るまで、無理せずに、自分のタイミングで仕事すればいいからな」
ボス「顔を見せてくれて、ありがとう」
たに「はい。ありがとうございます」
〇廊下のT字路
先輩(聞いたぞ。 二人で、雪の中、倒れていたらしいな)
たに(はい。お騒がせし、すみませんでした)
先輩の顔が真剣になった。
〇廊下のT字路
先輩「二人とも、無事でよかった。 で、お前、なにか見なかったか?」
たに「?? はい?」
先輩「オレ、昔、2ヶ月くらい、行方不明になったことあったろ?」
たに「はい。記憶喪失になられた、と聞きました」
先輩「あぁ、そういうことになった」
先輩「ただな。実はさ。 オレは、鎌倉幕府が始まる直前に行ってたんだよ」
〇らせん階段
言葉にならない僕の叫びを、先輩がいなした。
先輩「声が大きいよ」
先輩(お前、満月の晴れた日に、雪が降り積もると、武士の幽霊がでるって、聞いたことないか?)
たに「あります!」
先輩「おれ、渋谷城の武士につかまってさ。 下男にさせられたんだよ」
たに「げなん?」
先輩「そう。 住み込みの、なんでも処理係だよ」
たに「渋谷に城があったんですか?」
先輩「あぁ、あった。住んでた」
先輩「ただ、当時の城だから、デカい館だな」
先輩「雪の日、馬に乗って、武士が坂を駆け下りてきた」
先輩「雪で上手く走れなくてさ。 あっという間に捕まったよ」
たに「あれ、怖いですよね」
思い出すだけで、背筋が凍る
先輩「あぁ、怖いよ」
先輩「ただ、まぁ、不審者じゃないと分かってもらってからは、優しかったよ」
〇寂れた村
先輩「ご当主の常光さまは、まさにリーダーって感じだった。 あぁいう上司は最高だよ」
先輩「ただ、食事も粗末だし、水道もないし、井戸で水を汲んだりしてたからな。 生活環境は、現代の方が断然いいな」
〇繁華街の大通り
先輩「12月の満月の日に降って、2月の満月の日にも雪が降って・・・」
先輩「渋谷駅が坂の下に見えてきたんで、もう雪の中を全力で走ったよ」
先輩「お前たちが雪の中で保護されて入院したって聞いて、ひょっとしたら俺と同じことがあったかと思ってさ」
先輩「よく逃げ出せたな」
〇草原の道
渋谷常光は、金王丸とも、土佐坊昌俊ともいう。
平安時代末期の平治の乱に、源義朝に従って参戦。
敗戦後も、義朝の子の頼朝と懇意にし、頼朝のために精力的に活躍。
源頼朝は、そう、鎌倉幕府の初代将軍だ。
〇桜並木
渋谷城は、渋谷の街の名の由来でもある。
その跡地は、氏神だけ残されて金王八幡宮となった。
境内の金王桜は、一重と八重が混じって美しく咲く。
源頼朝が金王丸を偲んで植えたものといわれている。
〇小さい会議室
たに「それで先輩。時々、お参りに行っているんですね」
先輩「そう。 常光さま、最高の上司だったし」
先輩「おれ、900年くらい前に住んでたからな」
〇渋谷ヒカリエ
先輩「もう景色はすっかり変わっているけど、なつかしさは変わらないよ」
渋谷でも、歴史はありますよね。
戦国時代やそれより前の時代の建物は東京にあるってイメージはあまりありませんでしたが、それぞれの歴史を調べてみたいなぁと思いました。
渋谷というと109とか賑やかなイメージしかわかなかったけれど、渋谷城跡なんてあったんですね。読んで初めて知りましたので、次回渋谷に行くときはそんなことも意識しながら歩いてみたくなりました。
現代はビル群が立ち並び,整備された渋谷。昔とは全く姿が異なるのでしょうね。この作品を読んで,人々が集まる渋谷,歴史的な視点で散策してみたくなりました。