採用面接

みっきん

採用面接(脚本)

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〇シンプルなワンルーム
相馬「特技、って何書けばいいんだ?」
  履歴書を前に相馬はしばし固まってしまった。
  今まで数え切れない程の履歴書を見てきたのに、他人がどのように欄を埋めていたかまるで思い出せない。
  そもそも就職活動など、彼にとっては大学生の時以来二十年ぶりのことである。
  現在の会社では比較的エリートコースを歩んできた。
  得意先に恵まれたことあって営業成績は常にトップ。
  同期の中でいち早くマネージャーに昇進し、人事採用なども任されるようになった。
  転職を決意したのは昨日のこと。会社が大手外資系に買収されることになり、製造部への異動と減給が彼に告げられた。
  まさに青天の霹靂である。
  インターネットで片っ端から求人を探し、ようやく条件に見合う会社を見つけた。
  職場は渋谷。通勤は今より遠くなるが、給与も悪くないし、新規事業開拓というやり甲斐のある仕事だった。
  まずは書類選考を通過しなければならなかった。
  これといった資格もなく、学歴も平凡な彼にとって「特技」欄は自分をアピールするための限られた場である。
  少しでも採用担当者の目をひくべく少々奇抜なことを書いておきたい。
  そう考えた相馬は他の人が何を特技としているのかSNSサイトのプロフィール欄を検索してみることにした。
  読書や映画鑑賞では平凡すぎる。スキーやサーフィンなども嘘がばれやすい。
  独り言を呟きながらクリックを続けていると、とある女性のブログに辿り着いた。
  『香水作り体験してきました!』、そのタイトルを目にした瞬間に相馬は思わずガッツポーズをした。
  これなら当たり障りもなく、インテリな印象も与えられるだろう。
  産みの苦しみから解放されたかのように意気揚々と特技の空欄に「香水作り」と書き入れた。

〇大企業のオフィスビル
  面接日程の連絡が入ったのはそれから二週間後のことだった。
  唯一の不安だった書類選考をクリアした相馬はすでに内定を勝ち取ったような気分に浸っていた。
  これまでずっと採用する側だっただけに、面接官のポイントや判定基準はある程度心得ているつもりだったからである。
  相手が同じくらいの年代であれば、この職務経歴や過去の功績を十分評価してくれるだろう。
  そんな過信を抱きながら彼は指定された日時に面接会場のドアを開けた。

〇応接スペース
面接官「では相馬さん、そこに掛けて下さい」
  出迎えた二十代半ばの女性から放たれる何とも言えない甘い香りに相馬は一瞬骨抜きになった。
  こんな綺麗な女性と一緒に働けたらいいな、と少々の下心を抱きながら席に着くと、彼女はその対面側に座った。
面接官「本日面接を担当させて頂く人事部長の風間です。ズバズバ聞きますんでご容赦ください」
  履歴書を手に取り一瞥する。
面接官「香水、お好きなんですか?」
  いきなりそこ? 意を突かれた質問に相馬は動揺を隠せなかった。
  咄嵯に取り繕おうにも上手い言葉が出ず、
相馬「はい・・・・・・えーっと、まあ、それなりに」
  と、しどろもどろな回答になってしまった。
  女性面接官はボールペンを右手でクルクルと回しながら話を続けた。
面接官「へぇ、どんなものを使ってらっしゃるんでしょうか?」
  下調べゼロ、予備知識なんてある訳ない。
  せいぜい知っている名前はシャネルか、数年前に流行った曲に出てくるドルチェ&ガッバーナくらいだ
  しかしこれでは底の浅さがバレてしまう。
相馬「市販品でなくて、天然成分を自分でブレンドするんです」
  取り敢えずボールを打ち返してみたが、どの方向に飛んだのかは自分でも分からない。
面接官「へぇ、面白そう」
  面接官は興味津々な顔で相馬を見つめる。
  微かに漂う芳醇な洋梨の甘い香り。間違いなく彼女が纏っているフレグランスだ。
  それに引き換え自分はと言うと緊張もあってか汗の臭いが鼻につく。
  思わず目の前の面接官から目を逸らし、オフィス奥に飾られたアンスリウムの赤い花を相馬は眺めた。
  話題を逸らそう、この職場についての質問を。
  頭の中で最適解を模索した数秒は無駄に終わる。
面接官「私、前職はアロマテラピストだったんです」
面接官「この会社で話合う人いないんで嬉しいな」
面接官「天然だと何が好きですか?」
  詰んだ、そう相馬は思った。
  嘘の上塗りをしたのが間違いだった。
  もはや適当に話を合わせられるレベルではない。
  また別の会社を探さねば。次はもっと無難な特技を書こう。
相馬「すみません、本当は知らないんです」
  観念し、正直に告白した。
面接官「でしょうね、そうだと思って私も一か八かで嘘をつきました」
面接官「アロマテラピストなんてやってません」
  え? 相馬は目を見開きしばらく固まった。
面接官「よかった。ちゃんと謝れる素直な方で。じゃあ、来月から宜しくお願いしますね」
  おしまい

コメント

  • 大人になってからの、履歴書の趣味特技欄ってすごく悩みますよね。深く頷きながら読んでしまいました。それにしても面接官さんの手腕には笑いました。

  • 履歴書の趣味や特技って何書いていいのか悩みますよね。
    それにしてもこの面接担当の女性はとても人を見る目がありますね。
    嘘をついたらはい没!ってわけじゃなくて、ちゃんとその後も人柄を見てくれるあたりがすごいと思います。

  • やっぱり履歴書は正直にかかないとね!嘘書いて受かってもあとが辛いし、、。この面接官の女性は若いのに人を見抜く力があって敏腕ですね。正直者が勝ついいエンディングでした♪

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