エピソード10(脚本)
〇玄関の外
桐生 和佳「はい・・・」
桐生 優希「ただいま」
桐生 和佳「・・・おかえり」
桐生 優希「ごめんなさい」
桐生 和佳「なぜ謝る?」
桐生 優希「僕のせいで、選挙が・・・」
桐生 和佳「優希」
桐生 優希「はい・・・」
桐生 和佳「四年という歳月は決して長くない」
桐生 優希「そう、ですね」
桐生 和佳「私には夢がある」
桐生 和佳「この年になるとな、残された時間ばかりを数えて焦るばかりでな」
桐生 和佳「そのためには、時間はなるだけ無駄にしたくない」
桐生 優希「・・・うん、そうだね」
桐生 和佳「だから、とりあえずのところはそれで許してほしい」
桐生 優希「んん?」
桐生 和佳「・・・行きたいところはあるか?」
桐生 優希「え?」
桐生 和佳「何処にでも連れて行ってやる。それから、しばらくぶりに母さんの墓参りに行かなくてはな」
桐生 優希「えっと、ごめん。どういうこと?」
桐生 和佳「四年をお前にやると言ったんだ。決して短くはない時間のはずだ」
桐生 和佳「無論、それだけでこれまでの埋め合わせができるとは思ってはいない」
桐生 和佳「ただ、今のところはそれで許してほしい」
桐生 優希「お父さん・・・」
桐生 優希「うん、もちろん!」
桐生 和佳「まずは夕飯だな」
桐生 和佳「何が食べたい?」
桐生 優希「え、えーっと、急に言われても・・・」
桐生 優希「お寿司もいいし、ピザも・・・餃子もありかな?」
桐生 和佳「よし、全部だ」
桐生 優希「ええ!」
桐生 和佳「好きなだけ食うといい」
桐生 優希「お父さん、そんなに食べられるの?」
桐生 和佳「いや、私は無理だ」
桐生 和佳「言っただろう? そんな歳ではない」
桐生 優希「僕も食べられないんだけど・・・」
桐生 和佳「なら、早く決めるんだな」
桐生 和佳「確かに四年は短くはないとは言ったが、もたもたとしていたらあっという間だぞ?」
〇ビルの屋上
平川 盗愛「あら、ここにいたのね」
平川 盗愛「探したわ」
高木 誘作「盗愛」
平川 盗愛「昨夜、優希から連絡あったわ」
平川 盗愛「無事に父親のもとに帰れたって」
高木 誘作「そ」
平川 盗愛「興味なさそうね」
高木 誘作「そりゃね」
平川 盗愛「自分の作戦に自信があったって?」
高木 誘作「いや、そういうわけじゃあないけど・・・」
平川 盗愛「自惚れ屋ね」
高木 誘作「だから違うって」
高木 誘作「で、そんなこと伝えるためだけにわざわざ?」
平川 盗愛「んなわけないでしょ」
高木 誘作「じゃあ何用?」
平川 盗愛「忘れたとは言わせないわよ」
高木 誘作「何を?」
平川 盗愛「報酬よ、報酬」
平川 盗愛「払ってくれる約束だったじゃない」
高木 誘作「ああ、そうだったね」
高木 誘作「相変わらず、金に関しては抜け目がないな・・・」
平川 盗愛「あんたには特にね」
平川 盗愛「騙し取られた四千万を取り返すまで付き纏ってやることにしたから」
高木 誘作「人聞き悪いな・・・」
高木 誘作「君の取り分は二千万だし、そもそもあれは正当な報酬だろうに」
平川 盗愛「つべこべ言わない」
高木 誘作「はいはい」
平川 盗愛「で? さっきからあんたが持ってるそれ、何なの?」
高木 誘作「え? ああ」
高木 誘作「これか?」
平川 盗愛「そうそう」
高木 誘作「ボイスレコーダーだよ」
平川 盗愛「そんなの見りゃわかるわ。はっ倒すわよ?」
高木 誘作「まぁ保険みたいなものだよ」
平川 盗愛「保険?」
高木 誘作「優希に持たせていてさ、人質になっている間中録音してもらっていたんだよ」
高木 誘作「その中できっと露見したら困る話だって出てくるだろうし、榊への牽制として使えるかなって」
高木 誘作「いざという時になってから動き出すのもいいけれど、あらかじめ持っているに越したことないから」
平川 盗愛「ああ、そゆこと」
平川 盗愛「それにしても、相変わらずスマホすら持っていないのにSNSを活用するの好きね」
高木 誘作「関係ないでしょ」
平川 盗愛「ん? ちょっと待って?」
高木 誘作「な、何?」
平川 盗愛「それをあなたが持っているってことは、既に優希に会ってるってこと?」
高木 誘作「まぁね」
平川 盗愛「なら言いなさいよ。私、馬鹿みたいじゃない」
高木 誘作「知らないよ、そっちから勝手に言い出してきたんだろ」
平川 盗愛「で?」
高木 誘作「で?」
平川 盗愛「それ、何が録音されてるの?」
高木 誘作「さぁ?」
平川 盗愛「さぁって、まだ聞いてないの?」
高木 誘作「まぁね」
平川 盗愛「ちゃんと録音されてるかわからないじゃない」
高木 誘作「かもね」
高木 誘作「まぁ、正直どっちでもいいし」
高木 誘作「おそらく使うこともないだろうから」
平川 盗愛「でも何が録音されてるか気になるじゃない」
高木 誘作「いや、全然」
平川 盗愛「いいから聞かせなさいよ!」
高木 誘作「何なんだよ・・・」
高木 誘作「わかったわかった、今再生するから」
ボイスレコーダー「どうした?」
ボイスレコーダー「その片桐さん」
ボイスレコーダー「一つ、お願いがあります」
ボイスレコーダー「聞いてくれますか?」
〇地下室
片桐 拐斗「お願い?」
桐生 優希「逃げてください」
片桐 拐斗「はぁ?」
桐生 優希「この仕事は事実上の失敗です。誘作さんがそうなるよう仕向けました」
桐生 優希「聞くところによると、榊権藤は失敗を許さないんですよね?」
桐生 優希「ですから、発覚する前に逃げてください」
片桐 拐斗「・・・・・・」
桐生 優希「誘作さんも、片桐さんを見殺しにすることは望まないと思います」
片桐 拐斗「あいつから聞いてないのか?」
桐生 優希「何を、です?」
片桐 拐斗「あいつは自分の兄を裏切っているんだよ」
片桐 拐斗「かつて政治家だったあいつの親父に恨みを持つものが、身代金を請求しようと息子を誘拐する依頼があった」
片桐 拐斗「そうして、誘拐したのが誘作だったんだよ」
片桐 拐斗「だけど、あいつの親父は身代金の要求を無視したんだ」
片桐 拐斗「どうもあいつは兄と比較され続けて、不出来の烙印を押されていたらしい」
片桐 拐斗「だから、生まれながらにして両親から無視され続けていたんだと」
桐生 優希「そう、だったんですか・・・」
片桐 拐斗「だけど、あいつの兄貴だけは違った」
片桐 拐斗「ちゃんとあいつに、兄として接していたよ」
片桐 拐斗「少なくとも、俺にはそんなふうに見えた」
片桐 拐斗「だけど、あいつはその兄を裏切ったんだ」
片桐 拐斗「兄弟であることを逆手に呼び出して、俺に引き渡したんだ」
片桐 拐斗「おかげで俺はその依頼を達成できて、首の皮一枚繋がったわけだ」
片桐 拐斗「その代わりってわけじゃないが、それ以来奴の面倒を見続けることにした」
片桐 拐斗「預け先もないから仕方なくな」
桐生 優希「・・・・・・」
片桐 拐斗「失望したか」
桐生 優希「いえ、納得しました」
桐生 優希「だから誘作さんは、僕を誘拐した時に優しく接してくれたんだなと」
桐生 優希「僕も同じように無視されたような扱い受けて、世界で独りぼっちなように感じていました」
桐生 優希「だから、わかるような気がします」
片桐 拐斗「自分の兄を裏切ったこともか?」
桐生 優希「僕も、父を裏切りかけたんです」
桐生 優希「でもその時、誘作さんは絶対に身内を裏切るような真似はしちゃいけないと言ってくれました」
桐生 優希「おかげというのは変ですが、父の涙を久しぶりに見ました。おそらく母が亡くなって時以来かと」
片桐 拐斗「・・・そうか」
桐生 優希「誘作さん、きっと今では後悔しているんじゃないかと思うんです」
桐生 優希「だから・・・」
片桐 拐斗「あんたは、それでいいのか?」
桐生 優希「僕?」
片桐 拐斗「ああ。俺がここで逃げるということは、榊が誘拐を引き継ぐということだ」
片桐 拐斗「奴はああ見えて、冷酷なことも厭わない。それでもいいのか?」
桐生 優希「怖くないと言えば嘘になりますが」
桐生 優希「でも、誘作さんは僕の安全を確実に保証すると言ってくれたので、その言葉を信じます」
片桐 拐斗「・・・・・・」
片桐 拐斗「わかった」
片桐 拐斗「誘作によろしくな」
桐生 優希「はい」
桐生 優希「ほとぼりが冷めたら、誘作さんに会ってあげてください」
片桐 拐斗「・・・考えとくよ」
〇ビルの屋上
平川 盗愛「まさか、そんなことになっていたとはね」
高木 誘作「ああ。俺もさすがにこれは予想外だった」
平川 盗愛「優希も中々、無茶なことするというか」
平川 盗愛「まぁ、何事もなかったみたいだしいいけど」
高木 誘作「・・・そうだね」
平川 盗愛「それにしてもあんた、片桐を見捨てるつもりでいたの?」
高木 誘作「結果的には」
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