読切(脚本)
〇沖合(穴あり)
『みんな違ってみんないい』って誰かが言ってた
多分学校で教わったんだろうな
多様な価値観や考え方を否定しないための標語だよね
でも同時にそれは、すべての思考を放棄した諦観の念すら感じられる
だってそうでしょ?
誰かに対する敬意も、多様性へ歩み寄ろうとする姿勢も感じられないのだから・・・
〇教室
私は小さなころから変わり者と言われ続けてきた
とがった個性が認められるわけでも、誰かに迷惑をかけてきたというわけでもない・・・と思う。
でも私はやっぱり変な奴らしい
周りとは価値観や倫理観が違うとよく指摘される
〇黒
私はいつも少数派なんだ
〇渋谷駅前
だから私は渋谷が好き
こんなに多くの人が集まってるのに、互いが互いに関心をしめさず、目的も信念もばらばらにひとつの集団を築いてるから
ここでは、ただ道を歩くだけでマジョリティになれる
何もせずただ息をするだけで、みんなとつながることができるんだ
バカも天才もスターも嫌われ者も、みんなが同じ階級で過ごせる社会
〇病院の診察室
少数派代表の私には、医者になるという夢があった
それは、困っている多くの方に直接寄り添ってあげられるからで
みんなから羨望のまなざしで見られたいからで
私が抱える困難に明確な処方をしてあげたかったからだ
〇図書館
夢が実現できるようにだれよりも勉強したと胸を張って言える
少なくとも中学1年生から高校3年生が終わるまで、毎日12時間以上机と向き合った人間なんてそうそういないと思う
青春なんてなんのその
すべてを捧げるつもりで勉強をしてきた
それでも医者にはなれなかったけど
〇雑踏
スクランブル交差点を見下ろしながら、自分のキャリアについて考えた
勉強し続けることが私にとっての最良の選択だったのだろうか
ただみんなと同じような悩みを抱えて
みんなと同じように困難を分け合って
みんなと同じようなありきたりな人生を歩みたかった
ただそれだけが私の願いだったのに──
〇謎の扉
二十歳を迎えたこの冬
これまでの人生の意義も今後のキャリアも
なにもかにも見えなくなってしまった
〇渋谷のスクランブル交差点
”交差点に行こう”
ふとした衝動にかられるがままに、私の足は世界の中心を目指しはじめた
まだ日付が変わってから4時間も経っていない
だれもいない渋谷の街に佇んでも、余計に虚しさを感じるだけなのに・・・
〇黒
それでも歩みは止められなかった
すべてを開放してしまいたかった
そうしてほんの一瞬だけでも、世界一悲劇なヒロインを演じてやりたかった
それなのに──
〇ハチ公前
ハチ公の前に男がいた
こんな時間に待ち合わせなんてするものか
深夜にひとりで渋谷にいるなんてやばいやつに決まっている
私は男がこの場を離れるまで、じっと物陰から見張ってやることにした
それは単純な興味だった
予想通り、男は変な奴だった
ただその場をウロウロしては、たまにしゃがんで頭を抱えて、また歩き回って
〇ハチ公前
そんな男の奇行をおもしろがっていたが、私はすぐにはっとした
〇黒
男が抑えていたであろう嗚咽の声が、微かに聞こえてきたからだ
見てはいけないものだと瞬時に察知した
でもその場を離れることはできなかった
時折甲高くしゃくりあげる声が静寂に響く
「ずずっ」
鼻をすする音だ。
・・・・・・
・・・・・・
〇黒
「ふざけるな!!!」
それはあまりにも突然のことだった
力強い男の怒声が街全体にこだました
〇黒
「ギュッ!ギュッ!ギュッ!」
なにかが力強く擦れるような音が二度三度にわたり聞こえてきた
”見つかったら殺される”
私の体はいよいよ動かなくなってしまった
目を離していた私はただ、自分の鼓動の音と喉まででかかった声とを抑えることで精いっぱいだった
〇ハチ公前
10分ほどたっただろうか?
次に私が目をやった時には、ハチ公しかいなかった
「こっちがふざけるなだよ・・・」
つい愚痴がこぼれてしまう
私はそろりそろりと物陰から身をだし、慎重に忠犬のところまで歩いた
男が見ていた世界が気になっていたからだった
男はここで何を感じたのだろう
微動だにしないハチ公像をまじまじと見ながら、時にうろうろしたりしゃがみこんだりしながら男のことを回想してみる
傍から見たら完全なる変質者である
そうやって意味のない詮索をしているうちに
自分のことがいよいよ情けなく思えてきた
〇ハチ公前
渋谷の歴史に頭を差し出し、悟られないようにそっと涙を流す
「・・・・・・」
「・・・・・・」
“さっさと帰ってしまおう”
そう思ってその場を離れようとしたとき
ハチ公像の小さな異変に私は気づいてしまった
きっと誰も気づかないくらいにほんの小さな異変
書き足された4文字しかない短いメッセージ。
〇渋谷のスクランブル交差点
「『ふざけるな』っか...」
今度は上を向いて泣いた
涙が、こぼれてしまわないように
〇白
いじけていてもしょうがない
自分の選んだ道こそが正解だって言えるように、もうちょっとがんばってやろうと心に誓った
「ありがとう」
それだけ返して、私は帰路についた。
主人公が渋谷に対して抱いているような感情って、海外に行ったときに感じるそれと少し似ているなぁと感じました。違う服、違う肌の色、違う言葉、違うバックグラウンド、考え方、宗教。そういうときの私の場合、『みんな違ってみんないい』の言葉は無関心で興味がないって感じより、ジャッジされない自由な世界ってとらえてます。言葉ひとつとってもそれぞれにいろんな感じ方があって、おもしろいですね。
人が寂しいと感じる時、それは孤独であって、孤独を感じるには他者を必要とする。そんなどこか矛盾していて理不尽で面倒な人間な社会。モノローグの文章で読むことでとても共感できる部分がありました!読んでいて面白かったです。
ゆるく孤独に慣れると、雑踏の中の方が落ち着いてきますよね。
雑踏の人達は自分に無関心だけど、その無関心さが優しく感じたり。
主人公もまた、元気になれてるといいなぁと思いました。