エピソード43『ある朝の日』(脚本)
〇通学路
2015年、イバラキ。『桜壱貫』
2階造りの建屋を眺める。
幼い頃からの連れである『なゆた』と登校する為、
俺はインターホンを押しつぶした。
桜 壱貫(さくら いっかん)「おい『なゆた』迎えに来たぞ。 時はかねなり、だ。早くしろ」
「うわ、もうそんな時間だったんだ。 急がなきゃ、だね!」
慌てふためくこの声には10数年と聞き慣れた。
裾《すそ》の乱れを正し、門の脇に仁王立つ。
「『なぅ』気にすること無いでしゅよ。 『いっか』なんて放って置くでしゅ。 ・・・昔のヒトも言ってました」
「『朝食は全ての始まり、大事な1日も朝餉《あさげ》から』 って。 朝はもりもり食べるのが大事なんでしゅよ?」
・・・モヤる思いは言葉にせず、インターホンを鳴らすことにした。
2度目のその呼び鈴に、足元に来ていた黒猫が反応する。
そいつは、全身を使って俺に甘えてくる。
うずくまり、その背を撫でた。
苛立つ心が、しばし落ち着く。
俺は黒猫に笑顔でもって応えた。
桜 壱貫(さくら いっかん)「・・・・・・」
──腕時計が更に5分の経過を俺に教える。
「『いっくん』待ってるよ。 早くしなきゃだよ! 『モカちゃん』!」
深々と頷く。
『なゆた』には後で甘味《かんみ》をおごらねばならない。
「『いっか』は、そんなちっちゃい事に構う男じゃないでしゅ。 うやぁぁ、この浅漬けも美味しいでしゅね~!」
桜 壱貫(さくら いっかん)「・・・・・・」
タイヤの鳴く、耳障りな音で我に返る。
先ほどまで居た黒猫が居ない。
胸を埋める嫌な予感に、俺は鞄を投げ捨て走った。
〇開けた交差点
・・・・・・
先の路上で、あの黒猫を見つけた。
道のワキで四肢を丸め、誰も見つけることが出来ないくらい小さく、
・・・黒猫がうずくまっている。
桜 壱貫(さくら いっかん)「・・・・・・」
猫の口元を拭う。
・・・その顔はとても綺麗だった。
己の家までそれほどの距離も無い。
ゆっくり、亡き骸を汚さないように抱き上げる。
〇昔ながらの一軒家
桜 壱貫(さくら いっかん)「・・・・・・」
────言葉は無かった。
家の隅、桜の巨木の脇に位牌が在る。
その茶色の札木を前にして、俺は思い出していた。
幼い頃からの連れである『なゆた』を愛しく想い始めた頃のことを。
そして、8年前のあの日。
一匹の友人との早過ぎたサヨナラを。
𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭