読切(脚本)
〇電車の座席
私が初めて東横線を使い始めた時は、私は高校生だった。
東横線渋谷駅にあり、始発であり、終点であった。当時は地上二階に駅舎を構えていた。
〇SHIBUYA109
渋谷は私にとっての「初めて」が多かった。初めてのアルバイト、飲み会、合コン、初めてできた彼女との買い物デート。
プリクラのメッカで、プリクラのメッカで初めてのプリクラをハシゴ。渋谷のランドマーク109も、この時初めて足を踏み入れた。
あやか「ねえー、これどう?かわいい?」
ひかり「う、うん!」
〇ゲームセンター
プリクラ「3,2,1、はい!」
〇大企業のオフィスビル
就職をしたらオフィスは丸の内。渋谷駅は始発でも終点でもなく、ただの乗り継ぎ駅になった。
「居酒屋お探しですか?」と聞かれて、飲み放題にするとデザートのサービスをつけるというので入った、
しなびた唐揚げやもやし、薄すぎて味のしないお酒を出すわりに一人五千円のぼったくり居酒屋。
パセラやスイーツパラダイス、カラオケ館には行かなくなった。プリクラももう撮らなくなった。
〇駅のホーム
大学を卒業して暫くたった後、東横線は副都心線とつながった。渋谷駅は、もう終点ではなくなった。
同時に、地下の奥深くに潜った。渋谷駅自体も迷うように入り組んで、存在が薄くなっていった。
〇綺麗な港町
数年後には地方転勤、さらに海外勤務になった。渋谷からはどんどん遠ざかっていった。
渋谷のことは、たまにニュースやネットで見かけるくらいになっていた。渋谷の記憶は日に日に薄れていっていた。
〇シックなリビング
10月末のハロウィン仮装、サッカー日本代表戦時の「ニッポン・ニッポン。バモニッポン!」。
燃え上がる車。バリケードで臨海態勢を敷く警察。若者と警察。いつの世にもある社会の戦い。
センター街はバスケットボール通りになったそうだ。
大学入試センター試験も大学共通テストに名前が変わったらしいが、私にとっては未だに両方とも「センター」だ。
〇大企業のオフィスビル
コロナも相まって、久々に日本に戻ってきた。勤務地は相変わらず丸の内。
たろう「Xインターネットの田中です。よろしくお願いいたします」
今度の取引先の会社の住所は渋谷だった。最近なんか多くないかな?オフィスが渋谷の会社。
〇渋谷フクラス
契約の為、久々に渋谷駅を訪れた。ふと顔をあげると、イヤホンで耳栓をし、スマホをながらスタスタと流れる人々の脇を、
ガラス張りの高層ビルがそびえ立ち、早朝の透き通った日光を反射している。
たった数年のうちに、何もない砂漠地帯が、
世界一の高さや大きさを擁する高層ビル地帯になったドバイのように、渋谷も竹が生えるように急速に発展していた。
〇渋谷スクランブルスクエア
渋谷駅と駅ビル間の通路は、工事現場の触るとひんやりとする白い壁と、床は緑の接続テープに覆われていた。
一昔前の横浜駅の中央改札付近の永遠に続くと思われた工事現場迷路が、東横線の反対側に移ってきたようだ。
その鎧をまとった要塞は、着々と力を貯め、次の時代へ備えているようだった。
〇渋谷のスクランブル交差点
終点ではなくなり、一度は地下に潜った渋谷。渋谷はまた地上に姿を現し、天へと突き抜け始めた。
入り組んだ迷路の中の点と点が、また違う形の線として繋がり始めた。
渋谷は発展を続ける。
久々の渋谷は地下に潜る前以上に引力を増していた。じりじりと引き付けられていった。
〇公園通り
渋谷に寄ることが多くなった。
休日も宮下パークの屋上で汗を流し、ストリームで飲むようになった。
〇渋谷フクラス
次世代の輝きと流れを生み出す渋谷のヒカリとストリーム。夢をフクラス、まだ机もないがらんとしたオフィス。
真新しい会社名と、保護フィルムを剥がしたての鏡にも使える銀色の表札。
私の次の一章は、また渋谷から始まる。
思い出と今と、渋谷もどんどん成長していき、同時に彼自身の成長の記録のように思えました。
学生時代のあれこれって、いつまで経ってもキラキラしたものなんですよね。
拝読いたしました。文章の1つ1つに渋谷の情景が凝縮してあり,写真を見ているような感覚に陥りました。素晴らしい作品だと思います。
街の変容にかんする叙述が、主人公の成長とその関わりと合わせて描かれており、時間経過が生き生きと感じられます。
出発点になったり通過点になったりする渋谷を舞台とする本作、とても深く読み入ってしまいました。