翼のない鳥、宇宙の果てよ

雪乃

前編(脚本)

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雪乃

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〇黒
  ここで速報です。
  イシス発イシュタル行きの旅客宇宙船が事故に遭い────
  乗客乗員の生存は絶望的と見られます──

〇名門の学校
  とうとう来てしまった、ここに。
  彼女が──ゲルダが生きた星に。
  もう、ゲルダは宇宙のどこにもいないというのに。

〇宇宙空間
  人類が地球を離れて数世紀。
  宇宙へと進出した人類は、新天地とした惑星を首都星イシュタルと定めた。

〇名門の学校
  ここは惑星イシス。
  宇宙連邦の中でもとりわけ大学や研究機関が多く、
  学問の星と呼ばれている。
  俺と、恋人のゲルダが学生時代を過ごした星だ。
  ゲルダはイシスにある芸術大学で、声楽を学んでいた。
クラレンス「俺は、何をしているんだろうな」
  ゲルダは宇宙船の事故で亡くなった。
  イシスから、首都星イシュタルに戻る途上だった。
クラレンス(皆、若いな)
クラレンス(当たり前か。大学生たちだ)
クラレンス(ここに、ゲルダはいたんだ)
  あれは、何年前のことだったか──

〇名門の学校
ゲルダ「クラレンス!」
クラレンス「ゲルダ!」
ゲルダ「ごめんなさい、講義が長引いてしまったの」
クラレンス「気にしなくていいよ」
クラレンス「次の演奏会だって、近いんだろう」
クラレンス「忙しいんじゃないのか」
ゲルダ「そう、でも楽しいわ」
クラレンス「演奏会には必ず行くよ」
ゲルダ「ええ。ありがとう」
  歌っているゲルダの姿が好きだった。

〇塔のある都市外観
  大学卒業後、俺は就職のためイシュタルにも戻った。
  ゲルダは大学院に進学し、イシスに残った。
  あのニュースを聞いたのは、ゲルダがイシュタルに帰ると聞いた矢先のことだった。

〇黒
  ここで速報です。
  イシス発イシュタル行きの旅客宇宙船が事故に遭い────
  乗客乗員の生存は絶望的と見られます──
  その宇宙船は、ゲルダが乗っていたものだ。
  その後正式に、政府から犠牲者の名前が発表された。
  そこに、彼女の名前はあった。
  ゲルダ・クライン。
  事故の慰霊碑には、その名前が刻まれていた。

〇名門の学校
  俺が今立っているのは、ゲルダの母校の前だ。
  ゲルダの面影を追いたいのだろうか。
クラレンス(そんなことをして、何になる)
クラレンス(ゲルダがいないという事実を、強く自覚するだけじゃないのか)
クラレンス「そうだ」
  いつまでもここに居るわけにはいかない。
クラレンス「行ってみるか、俺の母校に」

〇ハイテクな学校
  イシス総合大学。
  俺の母校だ。
クラレンス「懐かしいな・・・・・・」
アン「あの、」
アン「どうか、されました?」
クラレンス「え?」
アン「あ、すみません」
アン「ここで、何をされているのかなと思って」
クラレンス「ああ、すみません」
クラレンス「少し、通りかかっただけです」
  彼女と目が合った。
  その瞬間、なぜか──
  ゲルダのことが、頭をよぎった。

〇川沿いの公園
  ろくに挨拶もせず、
  逃げるように、あの場を去ってしまった。
  あの女性を見た時、なぜかゲルダのことが頭をよぎったのだ。
  ゲルダとは髪の色も目の色も違う。
  まったく、似ていないはずなのに──

〇古書店
クラレンス(何度来ても、ここはすごいな)
クラレンス(地球時代の本も多い)
クラレンス(大学時代は、よく通ったな)
  ここはイシスにある古書店。
  品揃えの良さからは有名で、この辺りの大学生ならばまず行く場所だ。
アン「こんにちはー!」
クラレンス「あ」
アン「あ」
アン「さっきの──」
店主「おや」
店主「元気な声がすると思って来てみたら、」
店主「随分、懐かしい人が来てくれているじゃないか」
アン「店長さん!」
アン「お知り合いですか?」
店主「昔はよく来てくれていたよね」
クラレンス「ええ、大学時代に」
クラレンス「ご無沙汰しております」
アン「大学?」
クラレンス「卒業生なんです」
クラレンス「イシス総合大学の」
アン「あ、だからさっき大学の前に立っていらしたんですね」
クラレンス「ええ、まぁ」
店主「クラレンスくん」
店主「今日はまたどうしてここに?」
店主「出張かい?」
クラレンス「いえ、ただの──」
クラレンス「旅行です」
  そんなことを話していると、
  彼女がある本に目を留めた。
アン「あった!」
店主「おや、お目当ての本があったかい?」
アン「探してたんです、これ」
アン「次の課題で必要になるから」
アン「この本、頂いていきます」
店主「ああ、なら会計を今──」
  店内を見渡すと、ある本が目に入った
店主「その本が、気になるかい?」
クラレンス「ええ」
クラレンス「変わった綴じ方ですね」
アン「地球時代の、ニホンの詩集じゃありませんか?」
アン「これは前に出た復刻版」
アン「綴じ方から文字まで、地球時代に出版されたものを再現してるんです」
アン「巻末に訳や読み方も書かれていて、便利なんですよ」
アン「でも数が少なくて、あまり出回ってなかったはずです」
アン「私も、お店で見たのは初めてです」
  これも、何かの巡り合わせか。
クラレンス「ならこの本、買っていきます」
店主「お、ありがとう」
  俺は、彼女と一緒に店を出た。

〇川沿いの公園
  彼女は買ったばかりの本を抱えて、弾むような足取りで歩いている。
アン「あの、」
クラレンス「どうしました?」
アン「イシス総合大学の卒業生ってことは、私の先輩ですね」
アン「私、そこの文学部に通ってるんです」
クラレンス「文学部!」
  手に持っていた本に、ふと視線を落とす。
クラレンス「だから詳しかったんですね」
アン「えっと、それで──」
クラレンス「クラレンスです。クラレンス・ファン・フリート」
クラレンス「社会学部に通っていました」
アン「フリート、さん」
アン「私、アン・エバンスです」
アン「地球時代の古典について研究してるんです」
クラレンス「古典──」
アン「面白いんです」
アン「時代も違う、住んでいた星すらも違う人たちと同じ本を読むなんて!」
アン「想像するんです、本を読みながら」
アン「私たち人間が生まれた星が、どんな場所だったのか」
  その時、不思議な感覚を覚えた。
  昔、こんな会話をした気がする。
  あれは、大学生の頃。
  そうだ、ゲルダと。
  まさしくこのイシスで、そんな会話をしたんだ。

〇名門の学校
  思い出した。
  まだ俺もゲルダも学生で、ゲルダが出演する声楽の演奏会の直前の、ある日。
ゲルダ「クラレンス、待たせてしまったかしら」
クラレンス「そんなことはないよ」
クラレンス「演奏会のリハーサルだろう」
クラレンス「何を歌うんだ?」
ゲルダ「『月に寄せる歌』。『ルサルカ』の」
クラレンス「また随分と昔の──地球時代の曲だな」
ゲルダ「ええそうよ」
ゲルダ「興味深いことよ」
ゲルダ「私が知らない星で生まれた歌を歌うのよ」
ゲルダ「歌いながら、想像するの」
ゲルダ「この曲が初めて歌われた星は、どんなところだったのかしらって」

〇川沿いの公園
アン「──さん」
アン「フリート、さん?」
クラレンス「あ」
クラレンス「すみません」
アン「どうかなさいました?」
クラレンス「いえ、なんでもありません」
  地球に思いを馳せるアンの目は、どことなく、
  ゲルダに似ているような気がした。
アン「あ、時間だ!」
アン「すみません、友達と約束してるので、これで失礼しますね!」
  アンは重そうな本を抱えて、小走りで駆けていく。
  1人残されて、なんとなく、ベンチに座った。
  古書店で買った本を開くと、見慣れない文字が並んでいる。
クラレンス(そういえば、地球時代の復刻版と言っていたな)
クラレンス(俺の知らない言葉だ)
  詩集なんて読んだこともなかったのに、
  この本は読みたいと思った。
  ぱらぱらとページをめくる。
  巻末の訳の隣には、アルファベットで読み方が書かれている。
クラレンス「い、か、に、し、て・・・・・・」
  気づけば口に出していた。
  地球時代に話されたという、古い言葉で書かれた古い詩を。
クラレンス「わ、す、る、る、も、の、そ・・・・・・」
  【いかしにて忘るるものそ我妹子に恋はまされど忘らえなくに】
  訳にも目を通す。
  【どうしたら忘れることができようか。愛するあなたに恋心は増さりはしても、とても忘れられるものではない。】
  さらに読み進めていく。
クラレンス「こ、よ、い、の、あ、り、あ、け、の・・・・・・」
  【今夜の有明の月夜ありつつも君をおきては待つ人もなし】
  【今夜の有明の月のように、こうしてありながら、あなたの他には、待ち続ける人はありません。】
  月。月か。
  地球には「月」と呼ばれる衛星があったらしい。
クラレンス(イシュタルもイシスも、衛星を持たない星だからな)
クラレンス(俺は「月」と呼ぶべき星を見たことがない)
  有明の月、とは夜が明けても空に残っている月のことのようだ。

〇空
  ふと、空を見上げる。
  綺麗な青空だ。
  地球にあったという月なら、画像で見たことがある。
  丸い、黄金に輝く星。地球の唯一の衛星。
  それは、詩に残るほどに美しい衛星だったのだろう。

〇川沿いの公園
クラレンス「おっと、もうこんな時間か」
  詩集を読んでいるうちに、気づけば夕方になっていた。
クラレンス(そろそろホテルに行くか)
クラレンス(チェックインの時間だ)

〇ホテルの部屋
  イシスのホテルで迎えた夜。
  テーブルの上に、今日買った詩集を置いた。
クラレンス「アン・エバンス──」
  ゲルダとどこか、同じものを待つ彼女。
  文学という翼で羽ばたこうとするその姿。
  地球という、人類がもはや帰ることのできない故郷に思いを馳せる姿。
  ゲルダを思い出さずには、いられなかった。
  音楽という翼で羽ばたく、彼女のことを──

次のエピソード:後編

コメント

  • 未来の壮大な世界観の話のようですが、始めは静かに進んでいく展開が逆に印象深いです。つい引き込まれていく語り口がとても印象的です。
    まだまだ謎だらケのストーリーですが、どう展開していくのか楽しみです。

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