その目に、炎

雪乃

エピソード1(脚本)

その目に、炎

雪乃

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〇畳敷きの大広間
真宮彩子「あに様、本当においたわしいこと。 目を怪我されて」
真宮妙子「彩子、およしなさい。 朝食の場で、そんなこと」
真宮彩子「あら、御免なさい、かか様」
真宮彩子「でも目を怪我されてから、あに様、ずうっとお一人よ」
真宮彩子「きっと寂しい思いをされていますわ」
真宮彩子「ね、とと様。 今日はあに様に会ってもよろしゅうございますか?」
真宮信道「・・・・・・構わん」
真宮彩子「ああ、嬉しいわ。 とと様、ありがとうございます」
真宮彩子「さ、ご馳走様でございました」
真宮彩子「早くあに様のもとへ行かなくては」

〇古風な和室(小物無し)
真宮彩子「あに様、彩子です」
真宮彩子「入ってもよろしいですか?」
真宮一郎「彩子か。入れ」
真宮彩子「あに様、お身体の具合はいかがですか?」
真宮一郎「だいぶ良くなった」
真宮一郎「この目の包帯は気になるが・・・・・・」
真宮彩子「今、お取り替え致しますわ」
真宮彩子「外させていただきますわね」
真宮一郎「分かった、頼む」
真宮彩子「包帯を外しました」
真宮彩子「あに様、今何がお見えになりますか?」
真宮一郎「見えるって、真っ暗だ」
真宮一郎「いや、何故だ」
真宮一郎「これは何だ」
真宮一郎「彩子、なぜお前の姿だけ見えるんだ」
真宮一郎「他は何も見えないのに」
真宮彩子「あに様、わたくしだけは見えるのですね?」
真宮一郎「ああ、そうだ。彩子、何故だ」
真宮一郎「お前、まさか、何か知っているのか?」
真宮彩子「良かった」
真宮一郎「良かっ、た・・・・・・?」
真宮一郎「お前、何を、言って・・・・・・」
真宮彩子「良かった、と申しました」
真宮彩子「だって、あに様が、わたくししか見られなくなったんですもの」
真宮彩子「永遠に」
真宮一郎「おい、どういうことだ⁈」
真宮一郎「お前が何かしたのか⁈」
真宮彩子「あに様は、ご存知でなくて良いことです」
真宮彩子「それに、知ってどうなさるおつもり?」
真宮一郎「とにかく、父に相談して──」
真宮彩子「あに様のお話は、とと様からすれば信じがたいことでございましょう」
真宮彩子「もちろん、かか様だって同じこと」
真宮彩子「これは、わたくしとあに様の秘密にすればよろしいのでございます」
真宮一郎「秘密・・・・・・」
真宮一郎「お前、本当にどうしてしまったんだ」
真宮一郎「何故、こんなことをした」
真宮一郎「俺に恨みでもあるのか」
真宮彩子「恨み?恨みといえばそうかもしれませんわね」
真宮一郎「俺は常にお前の良き兄であろうと努めてきたつもりだ」
真宮一郎「お前に、何かしてしまったのか?」
真宮彩子「・・・・・・ご婚約なさったでしょう、世津子様と」
真宮一郎「婚約は確かにしたが・・・・・・何か関係があるのか?」
真宮彩子「あに様が世津子様と結婚なされば、あに様はいずれ家督を継ぐでしょう」
真宮彩子「そうすれば、わたくしのお役目は、どこぞのお家に嫁ぐことだけ」
真宮彩子「わたくしはね、あに様」
真宮彩子「あに様と、ずうっと一緒におりたいのです」
真宮彩子「ですから、わたくし、決めましたの」
真宮彩子「あに様な視界に映るものを、わたくしだけにしてしまおうと」
真宮彩子「そうすれば、あに様はずっとここにいてくださるわ」
真宮彩子「わたくしも、ずっとここにいることができる」
真宮彩子「では、わたくしはこれで失礼しますわ」
真宮一郎「おい、彩子!彩子!」

〇古風な和室(小物無し)
黒鳥「一郎さん、黒鳥です」
黒鳥「診察に参りました」
真宮一郎「ああ、黒鳥先生」
黒鳥「具合はどうです」
真宮一郎「体は平気なんです」
真宮一郎「でも、妹が、妹が・・・・・・」
黒鳥「妹御・・・・・・彩子様が何か?」
真宮一郎「妹が、俺の目に何かをしたんです」
黒鳥「一郎さん」
黒鳥「少し、心が不安定になっているようですね」
真宮一郎「そんなことありません!」
真宮一郎「先生、とにかく妹を・・・・・・」
黒鳥「ですが、あなたがこれほど取り乱すのであれば余程のことと見えます」
黒鳥「よろしければ、彩子様には私からお話ししましょうか」
真宮一郎「ありがとうございます」
真宮一郎「やはり、先生に相談して良かった」
黒鳥「彩子様にお話を聞いておきますから、待っていてください」
真宮一郎「お願いします」

〇古民家の蔵
黒鳥「おい、彩子。ここにいたのか」
真宮彩子「あら、黒鳥センセイじゃない」
真宮彩子「お医者様の姿が大変お似合いだこと」
黒鳥「からかうな」
黒鳥「それよりも、とうとう見せたんだな」
黒鳥「お前の兄貴に」
真宮彩子「ええ、そうよ」
真宮彩子「遅かれ早かれ、いつかあに様がご存じになることでしょう?」
真宮彩子「安心なさって、わたくし以外は誰も知らないから」
黒鳥「油断はするなよ」
黒鳥「お前に対して、お前の兄貴はひどく不信感を抱いている」
真宮彩子「分かっておりますわ」
黒鳥「兄貴だけじゃない」
黒鳥「両親にはどう説明するつもりだ?」
真宮彩子「・・・・・・事故ですわ、すべて」
真宮彩子「事故なのです、事故ということになっているでしょう」
黒鳥「お前の兄貴が目を怪我した一件・・・・・・」
黒鳥「表向きは、な」
真宮彩子「黒鳥センセイ、あなたがそうしてくださったじゃないの」
真宮彩子「あなたの術で、事故を起こして・・・・・・」
黒鳥「そうだ、お前の魂と引き換えに」
真宮彩子「そして、あなたはあに様の目に術をかけた」
真宮彩子「わたくし以外、見えなくなる術を」
真宮彩子「その上お医者様のふりをしてわたくしの家に潜り込んで監視するなんて!」
真宮彩子「本当に、抜け目のないアヤカシ様だこと!」
黒鳥「お前、俺を何だと思っているんだ」
黒鳥「お前の命も俺の掌の上だということを忘れるな」
真宮彩子「まぁ、怖いお顔」
真宮彩子「ご心配なく」
真宮彩子「約束は守ります」
真宮彩子「わたくしが死んだら、わたくしの魂は、どうぞあなたのお好きなように」
真宮彩子「それよりセンセイ、父と母が呼んでおりましたわ」
真宮彩子「行って差し上げたほうがよろしいのではなくて?」
黒鳥「まったく、人間というとものはよく分からん」
黒鳥「とりあえず、ここでは医者だしな」
黒鳥「両親と話してこよう」
真宮彩子「分かりましたわ。では、ごきげんよう」

〇風流な庭園
黒鳥(彩子はうまく焚き付けた)
黒鳥(あとは、燃え上がるのを待つだけか)

〇畳敷きの大広間
真宮妙子「先生、息子の容体は・・・・・・?」
黒鳥「お怪我はほとんど治っていらっしゃいます」
真宮信道「目の具合は、どうですか」
黒鳥「申し上げにくいことですが、もう・・・・・・」
黒鳥「お見えにならないようです」
真宮妙子「そんな・・・・・・」
真宮妙子「一郎・・・・・・」
真宮信道「酷い事故だったのだ、無理もない・・・・・・」
女中「旦那様、奥様」
真宮妙子「どうかしたの?」
女中「お話中に申し訳ありません」
女中「お客様がお見えです」
真宮妙子「どなたかしら」
女中「田島世津子様です」
女中「一郎様の、婚約者の・・・・・・」
真宮妙子「あなた、どうしましょう」
真宮信道「通してくれ」
真宮信道「私から話そう」
黒鳥「では、私はこれで失礼いたします」
真宮妙子「はい、先生」
真宮妙子「これからも、どうか一郎のこと、よろしくお願いします」

〇畳敷きの大広間
田島世津子「ご無沙汰しております」
真宮妙子「世津子さん、その、ね・・・・・・」
田島世津子「一郎さんの事故のことは、存じ上げております」
田島世津子「目を怪我されたと」
田島世津子「それで、一郎さんは・・・・・・」
真宮妙子「世津子さん、あのね・・・・・・」
真宮信道「見えないんだ、もう」
田島世津子「見えない?」
真宮信道「一郎の目は、もう見えないのだ」
田島世津子「そんな・・・・・・」
真宮信道「世津子さん。非常に、心苦しいことだが・・・・・・」
真宮信道「一郎と君の婚約は──」
田島世津子「わたし、支えます」
田島世津子「一郎さんのこと、お支えいたします」
田島世津子「何があっても、わたしは一郎さんの婚約者です」
真宮妙子「世津子さん・・・・・・!」
田島世津子「義父上様、義母上様」
田島世津子「わたしは、一郎さんの伴侶になりたいのです」
田島世津子「一郎さん、誓ってくださいました」
田島世津子「何があっても君を守ると──」
田島世津子「ですからわたしも、一郎さんをお守りしたいのです」
真宮妙子「世津子さん」
田島世津子「覚悟はしています」
田島世津子「ですから、一郎さんにお会いできませんか」
真宮妙子「あなた」
真宮信道「分かった」
真宮信道「会ってあげてくれ」
田島世津子「ありがとうございます」
真宮妙子「あなた、本当によろしいのですか」
真宮信道「彼女に、あれほどの覚悟があるのならば」
真宮信道「彩子もいずれはどこかへ嫁ぐ」
真宮信道「一郎には、支えが必要なのだ」
真宮妙子「そう、ですね」
真宮妙子「世津子さんには、苦労をかけてしまうかもしれないけれど」
真宮妙子「一郎には、あの子には、そばにいてくれる人がいないと」
真宮信道「祝言を挙げよう」
真宮信道「予定より遅れるかもしれないが、先生と相談して」
真宮妙子「そう、そうね」
真宮妙子「そうしましょう、あなた」
真宮妙子「一郎と世津子さんの、祝言を・・・・・・」

〇風流な庭園
真宮彩子「あら、世津子様」
真宮彩子「もしかして、兄に会いに来てくださったのですか?」
田島世津子「そうです。事故に遭われたとお聞きしたから」
田島世津子「それに、目がもうお見えにならないって」
真宮彩子「そうですわ」
田島世津子「ええ、でも私、もう決めましたから」
真宮彩子「決めた?」
田島世津子「何があっても、一郎さんをお守りして、お支えすると」
真宮彩子「何があっても?」
田島世津子「はい」
田島世津子「先ほど義父上様と義母上様にも、お話ししてきました」
田島世津子「わたし、一郎さんと結婚します」
田島世津子「彩子さん、あなたの手をお借りすることもあるかもしれないけれど」
田島世津子「それでもきっと私、一郎さんと一緒に生きていきますから」
田島世津子「わたし、一郎さんに会ってきますね」
田島世津子「失礼します」
真宮彩子「結婚?」
真宮彩子(これで何もかも、破談になるはずだったのに?)
真宮彩子(計画が、狂ったわ)
真宮彩子(あに様が結婚したら、私が黒鳥と契約した意味がなくなる)
真宮彩子(なんとしても、阻止しなくては)
真宮彩子「あに様・・・・・・」
真宮彩子「あに様には、彩子以外いらない」
真宮彩子「彩子には、あに様以外いらない」
真宮彩子「そうでなくては駄目なの」
真宮彩子「そうで、なくては──」

〇古風な和室(小物無し)
田島世津子「一郎さん」
田島世津子「世津子です」
田島世津子「入っても・・・・・・よろしいですか?」
田島世津子「一郎さん」
真宮一郎「世津子?」
真宮一郎「駄目だ」
田島世津子「どうして?」
真宮一郎「彩子しか、妹しか、見えないんだ・・・・・・」
田島世津子「今、なんと」
真宮一郎「俺の目がもう、そうなってしまったんだ」
真宮一郎「君が、見えない・・・・・・」
田島世津子「目が、お見えならないと聞いたのですけれど」
田島世津子「違うのですか?」
真宮一郎「妹が、俺に何かをしたんだ!」
真宮一郎「俺の目に、俺の体に、何かを」
田島世津子「彩子さんが?」
田島世津子「一体、何を」
真宮一郎「分からない、分からないんだ」
真宮一郎「きっと信じてはもらえないだろうが」
真宮一郎「でも、いや、だから」
真宮一郎「君と結婚することは、できない」
田島世津子「一郎さん!」
田島世津子「世津子は、ここにおります」
真宮一郎「駄目だ」
真宮一郎「君の姿が、見えない・・・・・・」
「一郎さん」
「黒鳥です」
「今・・・・・・入っても?」
真宮一郎「先生!」
田島世津子「どなた?」
真宮一郎「俺の、主治医の先生だ」
真宮一郎「先生、どうぞ」
黒鳥「失礼します」
田島世津子「あの、先生」
田島世津子「田島世津子と申します」
田島世津子「一郎さんの・・・・・・婚約者です」
黒鳥「はい。ご両親からお聞きしました」
田島世津子「一郎さん、妹さんのことしか見えないって仰るんです」
田島世津子「どういう、ことですか?」
黒鳥「一郎さんは、かなり取り乱しているようです」
田島世津子「治る?の、ですか・・・・・・」
黒鳥「それはまだ、何とも・・・・・・」
田島世津子「そんなことが・・・・・・」
田島世津子「すみません、わたし、今日はもう・・・・・・」
真宮一郎「世津子、すまない」
真宮一郎「落ち着いたら、話そう」
田島世津子「はい」
田島世津子「すみません、失礼・・・・・・します」
真宮一郎「先生」
黒鳥「ご婚約、なさっているのでしょう」
真宮一郎「はい」
真宮一郎「しかし、この状態では、もう・・・・・・」
真宮一郎「先生」
真宮一郎「妹は、どうでした?」
黒鳥「妹御は、一郎さんを大変心配しておいでですよ」
真宮一郎「でも、彩子は・・・・・・」
真宮一郎「彩子が、あんなに優しい子が、俺に何かをしたなんて」
真宮一郎「自分でも、信じられないんです」
真宮一郎「先生は妹について、本当に何も、」
真宮一郎「ご存知ないのですか?」
黒鳥「一郎さん・・・・・・」
黒鳥「私はあなたの主治医として、誠心誠意治療にあたってきました」
黒鳥「ですがね、一郎さん」
黒鳥「本当のことを、申し上げましょう」
黒鳥「本当はね、私は──」

〇風流な庭園
真宮彩子「世津子様」
田島世津子「彩子さん」
田島世津子「一郎さん、どうなってしまわれたの?」
田島世津子「あなたの姿しか見えないって仰るんです」
田島世津子「どうして、そんなことに」
真宮彩子「兄はとても取り乱しているようなのでございます」
田島世津子「彩子さん、あなた、何を考えていらっしゃるの?」
真宮彩子「どういうことですか?」
田島世津子「お身内が大変なことになっているのに」
田島世津子「随分と、冷静に見えるわ」
真宮彩子「ええ、わたくしには悲しんでいる時間はありませんもの」
真宮彩子「真宮家のこと、兄のこと」
真宮彩子「わたくしが、守ってゆかなければ」
田島世津子「彩子さん」
田島世津子「あなた、とても強い方ね」
真宮彩子「・・・.・・・そうでしょうか」
田島世津子「わたし、一郎さんを支えると言ったのに」
真宮彩子「あなたも十分お強い方ですわ、世津子様」
真宮彩子「兄のことを気にかけてくださって、ありがとうございます」
真宮彩子「でもどうか、気をつけてくださいね」
田島世津子「え?」
真宮彩子「帰り道には、特に」
田島世津子「帰り道?」
真宮彩子「いえ、何でもありませんわ」
真宮彩子「どうか、お気をつけてお帰りくださいませ」
真宮彩子「兄のことが落ち着いたら、ゆっくりとお話ししとうございますし」
田島世津子「そう、そうね・・・・・・」
田島世津子「ありがとうございます、彩子さん」
田島世津子「わたし、失礼しますね」
真宮彩子「はい」
真宮彩子「さようなら、世津子様」

〇古民家の蔵
真宮彩子「黒鳥センセイ」
真宮彩子「終わりまして?」
黒鳥「ああ」
黒鳥「本当に、良かったのか」
黒鳥「兄貴を俺に食わせるなど」
真宮彩子「構いませんわ」
真宮彩子「次は、わたくしの番ね」
黒鳥「人間というものは可笑しな生き物だな」
黒鳥「兄貴を食ったら、今度は自分を食えと言う」
真宮彩子「耐えられなくなりましたの、わたくし」
真宮彩子「世津子様があに様と結婚なさると聞いた時に」
真宮彩子「もう、どうにも耐え難く思いましたの」
真宮彩子「あなたがわたくしを食べてくだされば」
真宮彩子「わたくし、あに様とずうっと一緒にいられますわ」
真宮彩子「ならば、本望です」
黒鳥「本当に、いいのだな?」
真宮彩子「そんなこと、今更お尋ねになりますの?」
真宮彩子「あに様は、もうあなたの中にいるはずでございましょう?」
真宮一郎「彩子」
真宮彩子「あに様⁈」
真宮彩子「なぜ、ここに」
黒鳥「すべて話した」
真宮彩子「黒鳥、どうして⁈」
真宮一郎「全部聞いたよ、先生の正体も」
真宮一郎「お前が手を出した、秘術とやらも」
真宮一郎「秘術とやらで、黒鳥先生を──妖を呼び出したんだな」
真宮一郎「それに、世津子を殺そうとしたことも」
真宮一郎「世津子は無事だ」
真宮一郎「帰り道にでも殺そうとしたんだろう」
真宮一郎「事故に見せかけて」
真宮彩子「そんな・・・・・・」
真宮彩子「何のつもりですか、黒鳥」
真宮彩子「わたくしの魂を差し出すと、約束したはず」
黒鳥「思い上がるなよ、小娘」
黒鳥「人間の魂の質など、たかが知れている」
黒鳥「兄貴の目に呪いをかけ、果ては婚約者を殺せだと」
黒鳥「お前1人の魂を対価とするには、割りに合わん契約だな」
真宮彩子「あに様、わたくしは・・・・・・」
真宮彩子「ただ、あに様のおそばにいたかっただけなのに・・・・・・」
真宮一郎「彩子⁈」
禍ツ火「あに・・・・・・さま・・・・・・」
真宮一郎「彩子が・・・・・・怪物に・・・・・・」
黒鳥「やはり、こうなったか」
真宮一郎「どういうことですか⁈」
黒鳥「こいつは禍ツ火(まがつひ)」
黒鳥「人間の負の感情が燃え上がった姿だ」
真宮一郎「彩子は、彩子はどうなるんですか⁈」
真宮一郎「先生?」
黒鳥「やはり、こうでなくてはなぁ」
黒鳥「この状態の人間が、一番──」
黒鳥「美味い」
真宮一郎「先、生・・・・・・?」
黒鳥「ああ安心しろ人間」
黒鳥「この禍ツ火は、俺が食ってやる」
真宮一郎「彩子、彩子ーーー!!!」

〇黒

〇古民家の蔵
真宮一郎「彩子、彩子?」
黒鳥「食ったぞ、お前の妹に宿った禍ツ火は」
真宮一郎「え・・・・・・?」
黒鳥「お前の妹の中に、火種があることは知っていた」
黒鳥「火種はいつか燃え上がる」
黒鳥「お前も知っての通り、彩子は俺を呼び出した」
黒鳥「どこで手に入れたかは知らんが、秘術を使ってな」
黒鳥「待ったよ、彩子の火種が燃え上がるのを」
黒鳥「彩子は俺に取引を持ちかけた」
黒鳥「話したとおりだ」
黒鳥「そしてお前の婚約者が結婚を決意したことで、とうとう──」
黒鳥「お前への感情が、暴走したんだ」
黒鳥「歪んだ愛か、執着か、依存か・・・・・・」
黒鳥「ま、どれであれ俺には関係ない」
黒鳥「結果的に、禍ツ火になったことに変わりはないからな」
真宮一郎「それで、彩子は、生きてるんですか?」
黒鳥「ああ、「火」だけを食ったからな」
黒鳥「魂は食わん」
真宮一郎「先生、あなたは何者なんですか?」
黒鳥「すべて話しただろう?」
真宮一郎「妖、だと・・・・・・」
黒鳥「俺は──」
黒鳥「禍ツ火を喰らう者」
黒鳥「火喰い、だ」

〇古風な和室(小物無し)
  先生──いや、黒鳥が俺の目にかけた術は解けた
  でも俺の視界には、彩子が、いない
  俺の目は、「奇跡的に治った」ということになっていた
  黒鳥がどんな方法を使ったのかは知らないが
  「そういうこと」になっていたのだ。
  両親も、世津子も、とても喜んだ。
  何もかもが、丸く収まったのだ。
  彩子が消えたことを除いて。
田島世津子「一郎さん」
真宮一郎「世津子」
田島世津子「もうすぐですね、わたしたちの祝言の日」
真宮一郎「ああ、そうだな」
田島世津子「でも彩子さん、行方知れずになったって」
田島世津子「見つかると、良いのですけど」
真宮一郎「そう、だな・・・・・・」
  俺は、なんとなく、分かっている
  彩子はもう、戻ってこない

〇古風な和室(小物無し)
  彩子が禍ツ火となり、そして黒鳥が火を食った、あの日
真宮彩子「あに、様・・・・・・」
真宮一郎「彩子、彩子!」
真宮一郎「目が、覚めたのか」
真宮彩子「あに様、わたくし、許されないことをしたんです」
真宮一郎「彩子・・・・・・」
真宮一郎「やり直そう」
真宮彩子「え・・・・・・?」
真宮一郎「俺の目にかけられた術は解けた」
真宮一郎「今はもう、お前だけじゃなくて、すべてが見えるんだ」
真宮一郎「世津子も無事だ」
真宮一郎「やり直そう、全部」
真宮彩子「あに様・・・・・・」
真宮彩子「本当に、お優しいのですね」
真宮彩子(そう、だからわたくしは、あに様のことが大好きなの)
真宮彩子(誰にでも優しいから)
真宮彩子(そう、誰にでも。耐え難いほどに──)
真宮彩子(愛しておりますわ、あに様──)

〇古民家の蔵
真宮彩子「黒鳥」
黒鳥「なんだ」
真宮彩子「わたくしの魂、差し上げますわ」
黒鳥「自分が死ぬことで、けじめでもつけるつもりか」
黒鳥「断る」
黒鳥「俺は「火」しか食わない」
黒鳥「単なる人間に戻ったお前に興味はない」
真宮彩子「あら、残念ですこと」
真宮彩子「仕方ありませんわね」
黒鳥「・・・・・・お前、これからどうするつもりだ」
真宮彩子「人間にご興味がないのではなくて?」
黒鳥「別に、まぁ」
黒鳥「お前が決めることだが、聞いておこうと思ってな」
真宮彩子「わたくし、あに様のおそばにはいられませんわ」
真宮彩子「だから、どこかへ行こうと思います」
黒鳥「どこへだ」
真宮彩子「どこへでも」
真宮彩子「どこか遠い遠い、あに様の、いない場所に」
黒鳥「耐えられるのか」
真宮彩子「あに様が他の誰かと一緒になるのを見ているより、ずっとましです」
黒鳥「何も変わらないな」
真宮彩子「変わるものですか」
黒鳥「好きにしろ、人間」
真宮彩子「さようなら、あに様」
真宮彩子「どうぞ、お幸せに」

〇畳敷きの大広間
  そして俺は、世津子と結婚の日を迎えようとしていた
  彩子の行方は今でも分かっていない。
  なぜ、止めることができなかったのか
  後悔ばかりが、募っていく
真宮一郎(そういえば、黒鳥はどうしているのだろう)
真宮一郎(どこかで「火」を食べているのか)
真宮一郎(俺の目が「治った」途端に消えた)
真宮一郎(もう、関わることもないと思うが・・・・・・)

〇古風な和室(小物無し)
田島世津子(彩子さん、やっぱり戻ってこないわね)
田島世津子(それでいいわ)
田島世津子(一郎さんの隣にいるのは、わたしだけで十分)
田島世津子「これで一郎さんは、私だけの旦那様」

〇黒
黒鳥「また、どこかで」
黒鳥「火種が燻っているな」
黒鳥「燃え上がるまで、あと少し──」

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