渋谷の音色(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
時々、私には分からなくなる。
風景は何一つ変わっていないのに。
昔と今ではこの町の色は恐ろしいほどに違って見える。
〇教室
星野未希「しおりん!しおりん!」
未希の声は教室の中でこだまする。
黒板近くにいた男子生徒が振り返る。彼の背後の黒板には『卒業まで二週間!』の白文字。
今野詩織「声、大きいよ。どうしたのさ?」
対象的に詩織の声は誰よりも穏やかだった。
星野未希「放課後、渋谷行こーよ!渋谷!」
赤子のように声を上ずらせる未希。
今野詩織「えー?一昨日行ったばっかだろー?」
不服そうな詩織に未希は頬を膨らませた。
星野未希「一昨日だよ一昨日!二日も前だよ!そろそろ行かないと充電きれちゃうよ」
詩織はまいったという表情で、
今野詩織「何の充電だよ。まったく・・・本当に未輝は渋谷が好きだな」
星野未希「好き好き!大好き!」
未希の声は再び教室でこだました。
今野詩織「・・・渋谷の何がそんなに好きなんだ?」
星野未希「なんかね!キラキラしてるとこ!お洋服もいっぱい買えるし、美味しいクレープも沢山食べられる!全部が全部、輝いてるの!」
未希は幸せそうに語るのだった。
今野詩織「他にいくらでもそんな場所あるだろ?」
星野未希「そんな場所他にはないの!だから行こうよー!一生のお願いだからー!」
あまりにも幸せそうな未希の表情に、詩織は一つ小さなため息をついて、
今野詩織「・・・分かった。行こうか」
星野未希「やった!」
彼女の日々は何よりも輝いていた。
〇渋谷のスクランブル交差点
深い夜。
星野未希は足早に人混みの中を歩いていく。
星野未希「・・・」
こんこんこん。ハイヒールの音だけが町に消えていった。
かさかさ。
未希の足元をゴキブリが這っていく。
星野未希「・・・汚い町」
こんこんこん。
未希はふと足を止めた。目の前にはシャッターの降ろされた小さな建物。
星野未希「・・・ここ」
建物の前には、オレンジ色のくまが描かれた看板が無造作に置かれていた。
〇渋谷のスクランブル交差点
人混みの中に二組のローファー。
星野未希「見て見て!あそこのお店ね!前テレビで特集してたの!」
未希はぴょんぴょんと跳ねる。
今野詩織「・・・」
星野未希「見て見て!あそこの洋服屋さん!モデルの○○がよく行くお店なんだって!すごいね!」
今野詩織「・・・」
詩織は何も口にしない。
星野未希「どうしたの?詩織?元気ないの?」
今野詩織「ううん。別に」
星野未希「なんでもなくないでしょ?どうしたの?」
今野詩織「・・・なんか幸せだなって」
星野未希「え?」
今野詩織「だから、なんでもないの」
二人の足がぴたりと止まる。
今野詩織「あ!クレープ屋さんだよ!未希!食べに行こうよ!美味しそうだよ!」
『△△クレープ』。看板にはオレンジのくまが描かれていた。
星野未希「いいんだけど、さ・・・」
今野詩織「よし!じゃあ行こう!」
詩織は未希の手を引いてクレープ屋に入っていく。
〇渋谷のスクランブル交差点
看板のオレンジくまを見つめる未希。
星野未希「いつのまにかこの店潰れてたんだ」
くまの腕には数年手入れされていないだろう錆がついている
星野未希「あのころからもう何年も経ってるんもんね。なくなるのも当たり前か」
冷風が未希の身体を撫でる。
未希は身体をぶるぶると震わせた。
星野未希「・・・寒い。もう帰ろう」
未希は足先を変える。
その時、未希の耳に聞き覚えのある声が聞こえる。
『未来はきっと、空のような希望を包んで~♪』
星野未希「この声・・・」
未希はクレープ屋の裏路地へと足を進めた。
〇渋谷のスクランブル交差点
今野詩織「美味しかったね!クレープ!」
詩織が店から出てくる。後ろをついてくる未希。
星野未希「・・・」
今野詩織「またこよーね!」
星野未希「・・・」
未希は下をうつむいている。
今野詩織「どうしたの?」
星野未希「・・・」
未希はしばらく黙り込んでから、
星野未希「・・・私、今幸せ」
今野詩織「え?」
星野未希「・・・でも、考えちゃったんだ」
星野未希「・・・今の幸せってずっと続くのかな?」
きょとんとする詩織。
星野未希「・・・変わらないかな?これから先もずっと」
今野詩織「・・・」
詩織は口をつむぐ。
星野未希「卒業、しても変わらないかな。私達も、この町も、今食べたクレープの味も」
今野詩織「・・・」
星野未希「ごめん。変なこと言っちゃった。気にしないで」
遷ろう時の流れ。春の風が二人の頬を撫でた。
今野詩織「きっと」
未希は顔を上げる。何かに期待して。
今野詩織「きっと大丈夫だよ!」
星野未希「・・・」
『大丈夫』。どうも未希にはその言葉が引っかかった。
星野未希「大丈夫・・・だよね」
その時、
『『未来はきっと、空のような希望を包んで~♪』
星野未希「?」
今野詩織「?」
星野未希「綺麗な声。誰かが歌ってるの?」
今野詩織「見に行ってみよっか?」
二人は店裏へと足を向ける。
〇ビルの裏通り
星野未希「このへんから聞こえるんだけどな」
今野詩織「あ!あそこじゃない?」
詩織の指さす先には人だまり。
星野未希「あ、あの人だ!声、すごい綺麗」
歌い手は未希をちらりと見つめ、微笑んだ。
星野未希「こっち見たよ!私のこと見てくれた!」
ぴょんぴょんと跳ねる未希。
今野詩織「いつもここで歌っているのかな?」
星野未希「どうなんだろうね。でも、いつかは有名になってテレビとかに出るのかもしれないね!あんなに歌上手いんだもん!」
今野詩織「そうだね。あんなに上手かったらすぐ有名になっちゃうかもね。今、私達すごくラッキーかも」
星野未希「ラッキー!ラッキー!」
星野未希「ホントにすごいなー!」
〇ビルの裏通り
歩を進める未希。
星野未希「・・・ああ、やっぱり」
数人の人に囲まれて、彼女はそこに居た。
星野未希「・・・まだここにいたの。有名にはならなかったのね」
未希の心にずしりと彼女の声が響く。
星野未希「もう、みんな変わってしまったのに」
姿も声も変わらない彼女
星野未希「あなたは変わらずこの町で歌っているんだね」
星野未希「何のために歌うの? どうしてまだここにいるの?」
未希の独り言は寂しさと共に、風の中に消えていく。
その時、
歌い手は未希を見つけて微笑むのだった。
過去の自分の感じていたことや想い出と重ねながら読みました。かつてあったものがもうそこにはないと、言い表せないような切ない気持ちになったりしますね。でもきこえてきた声のようにかわらないものもある。それを幸せととらえるか不幸ととらえるのかも自分次第なのかもしれません。読みながら、今このとき一瞬一瞬を大切に生きたいと思いました。
幸せな時、「この幸せがずっと続くのかな」と思うのと同時に、「ずっと続かないから幸せと呼ぶのかな」と思ったりすることがあります😌最後まで歌っているシーンがとても印象的でした🥲
過去に幸せだと強く感じた事がある人なら、それを糧に又違う形の幸せを築いていけると思いたいです。周りの変化に惑わされない自分軸というものを持っていたいですね。自己考察に導いてくれるお話でした。