読切(脚本)
〇渋谷駅前
渋谷さま「ひれ伏せ人間ども! わらわはこの渋谷の土地神・渋谷大明神様じゃぞ!」
ミミ「ポケットティッシュどうぞ~。 ありがとうございます~」
ミミ「ほら、渋谷さま。 ちゃんと配ってください。 今月も家賃厳しいんですよ?」
渋谷さま「納得いかん!」
ミミ「はい?」
渋谷さま「納得いかんぞ耳かじり女! わらわはこの地で人間どもに敬われ、畏れられていた存在。それが何故ティッシュ配りなど」
ミミ「生活の為ですよ」
ミミ「それから、耳かじり女という名は30年ほど前に捨てたんです。今はミミって呼んでくださいね?」
渋谷さま「ぶりっこするでないキツイぞ」
ミミ「・・・耳かじりますよ?」
〇道玄坂
渋谷駅から離れるほど斜度が上がっていく。
裏路地に入ると昔ながらのお店が軒を並べる風景を眺めつつ、暗渠の上を歩くことができる。
渋谷さま「変わってしまったのう、この土地は」
ミミ「そうなのですか?」
渋谷さま「うむ。百年ほど前には田畑があったのじゃ。当時の面影を残していた川も開発でいくつか埋め立てられてなぁ」
ミミ「今の渋谷からは考えられませんね」
ミミ「でも、嘆く必要はないと思います。開発が人を呼び、人が土地に根付いたおかげで私達が存在するのですから」
渋谷さま「神としてはお主のように人間を害するモノの存在は許容しかねるのじゃがな」
ミミ「そ、それは昔の話です。私にはもうそんな力はありません」
ミミ「そういえば、今日は特売ですよ! 時代に取り残されたモノ同士仲良く、つつましく暮らしましょう渋谷さま」
〇古いアパートの部屋
激安スーパーで買い物を終えて帰ってくると夕方だった。
渋谷さま「まあ、性質は違えどお主はわらわと同じ人の想いが生んだ存在じゃからな。 同族ではないが同類。同じ穴のムジナじゃ」
ミミ「藪から棒になんですか?」
渋谷さま「うむ。つつましい暮らしから脱却したいという話じゃ」
ミミ「今の流れで何故そういう話に。 まあ、ティッシュ配りじゃ脱せないですよ」
渋谷さま「脱せぬか・・・」
ミミ「そ、それよりも今日のお夕飯は豪華ですよ? 白米とお味噌汁と。 なんと、大根のお漬物です」
渋谷さま「昔はよかった。昔は沢山の捧げものがわらわの神社に――今は見向きもされぬ」
ミミ「渋谷さま聞いてます?」
渋谷さま「というか神社は再開発で取り壊されてしもうた。おのれ、おのれ人間・・・」
ミミ「もしも~し?」
渋谷さま「そうか、閃いたぞ耳かじり女!」
ミミ「急になんですか?」
渋谷さま「渋谷を昔の農村に戻す! そうすればわらわへの捧げものも復活するはずじゃ!」
ミミ「えーっと」
〇渋谷のスクランブル交差点
明け方とも真夜中とも言い切れない時間でも、スクランブル交差点の周辺は明るい。
しかし、昼間たくさん歩いていた人の姿が今はなかった。
渋谷さま「深夜3時36分にスクランブル交差点から人がいなくなるというのは本当じゃったか」
ミミ「この都市伝説も人の想いによって生まれたものです。 火のないところに煙は立ちません」
ミミ「で、鍬で何をするつもりですか渋谷さま?」
渋谷さま「ここを耕す! そして神社を再建し信仰を取り戻すのじゃ! そしたら捧げものがウハウハ! 毎日ステーキじゃ!」
ミミ「・・・・・・」
渋谷さま「天才すぎて声も出ぬか? まあ、見ておれ」
警官「ちょっと君、何してるの?」
渋谷さま「ん? 耳かじり女。 貴様いつから男の声に」
警官「話を聞こうか。交番まで来てくれるかな」
〇高架下
明け方。
ミミ「よかったですね、厳重注意で済んで」
渋谷さま「貴様! わらわを置いて逃げおったな!」
ミミ「そんなことより、渋谷さまは考えが古いんですよ」
渋谷さま「古いじゃと!? 貴様だってもう30年も前に女子高生の間でだけ流行した古い怪異じゃろが!」
ミミ「渋谷は流行発信地としても有名なのですから、信仰を取り戻したいのならばSNSを使ってみてはいかがでしょう?」
渋谷さま「無視するでないわ」
ミミ「こちらこんなこともあろうかと用意したスマホです」
渋谷さま「随分用意がいいな貴様。 ま、まあやってみるか」
メリーさん「『もしもし、わたしメリー。うふふ』」
渋谷さま「おい、このスマホ呪われておるが?」
ミミ「大丈夫です。現役のお仲間から譲り受けたものなので。人間以外は呪われません」
渋谷さま「神でよかったわい。 で、SNSとは何をするんじゃ?」
ミミ「文章を書き込むんですよ。 ちょっと貸してください」
渋谷さま「ほれ」
ミミ「こうして。 こんな感じで、どうでしょうか?」
渋谷さま「なになに? 『急募、渋谷大明神へのお賽銭。再開発で取り壊されたお社を再建したい』」
渋谷さま「よいではないか!」
ミミ「では、渋谷さまのお写真も載せて。 これを拡散っと」
渋谷さま「あとはどうすればいい?」
ミミ「そうですね、ハチ公像前で募金箱でも持って信者を待ちましょうか」
〇ハチ公前
ハチ公像前で待つこと数時間。
〇ハチ公前
夕方になった。
渋谷さま「一人も信者が来んぞ! 何故じゃ耳かじり女!」
ミミ「人前でその名を叫ばないでください。 これは、渋谷さまに威厳がないとしか」
渋谷さま「威厳がないじゃと!? ええい、どうすれば」
ミミ「うーん」
ミミ「いっそ改名してみたらいかがでしょう? 渋谷よりも人目を集めそうな名前に」
渋谷さま「・・・・・・」
ミミ「あの、冗談で──」
渋谷さま「それじゃ! 渋谷の土地神なのに、わらわの名がまんま渋谷というひねりのなさがいけなかったのじゃ!」
ミミ「・・・・・・」
ミミ「そうですね。 信仰を集めるため、一時的に名前を変えるのも手かもしれません」
渋谷さま「じゃろ!?」
渋谷さま「人の目に留まりそうな名前、呼称。うーむ」
〇渋谷のスクランブル交差点
夕方のスクランブル交差点は人で溢れ返っていた。
〇ハチ公前
渋谷さま「決めた! わらわの名は今日からスクランブル大明神じゃ!」
ミミ「・・・・・・」
渋谷さま「どうじゃ!」
ミミ「やっぱり渋谷の土地神なのですから、渋谷さまは渋谷さまのままでいきましょう」
こいつの性格なら
そのうちネット内に神社建築するんじゃね?
2人が狭い部屋に住んでいるのがなんだか微笑ましくて良いなと思いました😌警察に厳重注意されたり、ティッシュを配ったり、日常に溶け込んでいる様子が良いです☺️
渋谷さま、見た目は美人で雰囲気もあるのに、空回りしてる(?)ところがかわいいです。2人の会話が楽しいですね。