渋谷 まなざしの差異

水道水

渋谷 まなざしの差異(脚本)

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〇黒
  最初に問いたい、あなたは渋谷にどんなイメージを持っているだろうか?
  さて、この問いに続くは、なんてこともないエッセイである。

〇SNSの画面
  数年前、SNSでとある若者と交わした会話が印象に残っている。
若者「オレ、この前の連休に東京観光しましたよ」
  彼は東北在住のティーンエイジャーだった。

〇走る列車
  某「5日分普通電車のり放題チケット」を利用して東京で一人旅をしたらしい。

〇SNSの画面
私「5日もあったなら東京以外にもどこか行ったのかな?」
  応えるは「私」。このエッセイの語り手である。
若者「いえ、東京だけですね」
  彼は5日間、目的地を東京に絞って観光したとのことだ。
  しかしよくよく話を聞けば、その旅程はなんとも奇妙なものであった。
若者「いやあそれにしても、東北の自宅から毎日通ったので疲れました」
私「ということは・・・・・・、東北と東京の間を毎日日帰り旅行したってこと!?」
若者「そうなりますね」

〇走る列車
  どうやら彼は宿泊費を捻出できず、遠距離にもかかわらず日帰り旅行の形を取らざるを得なかったという。
  よって普通電車でおよそ往復10時間ほどかかる東北~東京間の道程を、彼は驚くことに5日連続で通ったことになる。
  弾丸旅行ならぬマシンガン旅行とも言える所業だ。

〇SNSの画面
私「それはそれはお疲れ様です。本当に頑張ったね・・・・・・」
若者「おかげでいい経験になりました」
  ・・・・・・
  これをご覧になっている諸氏もこの旅程の厳しさには驚かれたことだろう。
  だがもう一つ、私には気にかかることがあった。
  私がどうにも理解しがたかったのは、

〇東京全景
  そんな苦労をしてまで5日間も通い続けた、彼の東京に対する熱量だった。
  いやはや、近隣県にも色々と魅力的な場所があっただろうに。
  わざわざ全日程を東京に費やすこともないだろうに。
  内心そんなことを思うほど、私にとって彼の挑戦は不思議なものに感じられたのだ。
  だが「5日連続往復10時間」という厳しい旅程が遂行された事実こそ、彼がこの都市の持つ引力に惹きつけられた証左であった。
  では、その引力の正体とはなんだろうか。なにが彼を惹きつけたのだろうか?
  ・・・・・・

〇SNSの画面
私「ちなみに東京のどこが良かったの?」
若者「例えば渋谷のスクランブル交差点ですかね、とにかく人の数と街並みに感動しました」
  ──それは私の中の自明性を打ち破った一言だった。カルチャーショックだ。

〇渋谷の雑踏
  彼にとって東京観光の象徴は、皇居でも、浅草でも、東京タワーでもなく、「渋谷駅前のビルと雑踏」だったのだ。
  特定の名所というよりも、過密で再開発の絶えない渋谷が持つような「都会らしさ」が引力になったのだろう。

〇渋谷のスクランブル交差点
  かたや、私はそういう「都会らしさ」が観光対象になるという発想はピンとこなかった。
  なぜならば、私は生まれつきの東京っ子であり、人混みも発展した都市景観も、常に身近に感じてきた「日常」だったからだ。
  幼少より東急線に揺られて育った私にとって、渋谷は「気軽に行ける巨大繫華街の一つ」であった。
  彼の発言が私に与えた感覚を地方出身者向けに翻訳すると

〇林道
  「あなたの故郷を観光して良かったところは自然や人口密度の低さです」と言われたような感覚だろうか。
  外部者にとって珍しいことは分かるが、自分にとって自明なその「場所性」自体が名所を差し置き注目されるのがピンとこないのだ

〇幻想
  だがしかし、自分にとって見慣れた日常こそが誰かにとっての非日常であり、観光誘引力になりえたのである。
  彼は非日常な「都会らしさ」を目指して東京に通い、渋谷の街に感動したのだ。
  一方で私だって渋谷にはない非都会的なものに惹かれて日本全国を旅したものだ。
  価値観とは絶対的なものではなく相対的なものだと再認識させられた。

〇渋谷の雑踏
  都会に魅力を見出す彼と

〇海岸線の道路
  地方に魅力を見出す私

〇渋谷のスクランブル交差点
  「憧憬の都市・渋谷」と「気軽に行ける街・渋谷」

〇SHIBUYA SKY
  東京という都市は鏡の様に対照的に、私たちの視線を映し出した。
  渋谷という街ひとつとっても、全く違う視線が注がれていたのだ。

〇渋谷のスクランブル交差点
  加えて、世の中には人の数だけ無数にまなざしが存在している。
  ひとそれぞれに、それぞれのまなざしがある。
  ひとそれぞれに、それぞれの価値観がある。
  色々な物差しがあってしかるべきなのだ。
  そしてそのような他者のまなざしを通じて、自身の見落としているものを再発見することもあるだろう。
  渋谷という街の解釈を通じて、改めて当たり前のことに気付かされた。
  そんなところで再び問いたい、あなたは渋谷にどんなイメージを持っているだろうか?
  あなたは渋谷にどんなまなざしを向けているだろうか?

〇SHIBUYA109
  若者の街

〇渋谷フクラス
  大人の街

〇渋谷駅前
  憧れの街

〇ハチ公前
  友人や恋人とよく訪れる街

〇改札口
  それともただの乗換駅だろうか?
  ・・・・・・

〇SNSの画面
私「面白い話をありがとう 今度来るときはもっとゆっくり出来るといいね」
若者「またお金を貯めて出直します!」

〇高架下
  ひとびとはそれぞれの文脈に応じて「渋谷」という記号を読解し、またそのイメージを再発信していく。
  それにより街というメディアは多面的に形作られ、有機体のごとく多彩な表情を見せる。
  解釈はそれぞれ違っていい。
  私たちのまなざしとともに、今日も渋谷は生き続けている。

コメント

  • 最後の文章のように「生きている」というのが、彼にとって魅力的だったのかな?と思いました。
    渋谷の街は人も多く、その分熱量もあって「生きている」って感じがするんですよね。
    楽しく読ませていただきました。

  • 人の価値観や視点によって世の中すべての見方が変わりますよね、納得しながらストーリーを読ませて頂きました。読み応えのある作品だと思いました。

  • 旅をするという事は、何処へ行くということだけでなく非日常を感じるという要素もあるように思います。それがどんな旅でも自分にとって心地よく、価値があることが大事で。この青年の旅の仕方は、もう何年も大人の旅をしている私にとってはとても魅力的でした。

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