青の桜が散る前に

鈴谷なつ

青の桜が散る前に(脚本)

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〇桜の見える丘
  渋谷区のスクランブル交差点。
  そこを囲むように植えられた青い桜の周辺は、連日多くの人で賑わっていた。

〇桜の見える丘
  桜の花びらは優しい青色。とても綺麗だと評判である。週末には地方からも人が集まる盛況ぶりだ。

〇古い本
  律は昔付き合っていた彼女との交換日記を見返していた。しまっていたそのノートを取り出したのは、昔のことを思い出したからだ。

〇古い本
  『今日からキミの彼女になる、相澤華菜です。誕生日は九月十五日、忘れないでね! 乙女座のA型だよ』

〇古い本
  無邪気な声が聞こえてくるような一ページだった。律は自分のページを飛ばしながら、華菜の書いたページだけを読み進めていく。

〇古い本
  『好きなお花は桜。本当は春生まれがよかったんだぁ。でも乙女座はりっくんと相性いいみたいだから、九月生まれでラッキーかも』

〇古い本
  『りっくん大好きだよ、ずっと一緒にいてね』
   付き合っていた頃のことが、鮮明によみがえってくる。

〇古い本
  華菜はいつも笑っていて、りっくん、とやわらかい声で律の名前を呼んだ。そんな姿が可愛くて、大好きだったのだ。

〇桜の見える丘
  「りっくん、桜を見に行こうよ」
   十年前に付き合っていた彼女、華菜が突然会いに来たのは二年前のことだ。

〇桜の見える丘
  あまりに唐突な訪問に、一度玄関の扉を閉め、もう一度訪問者を確認してしまったほどである。

〇桜の見える丘
  律の名前を呼び、やわらかな声で笑うその姿は昔の彼女と変わらない。短かった髪が長く伸びたことだけが、時の流れを感じさせた。

〇桜の見える丘
  そのときは驚いて断ってしまったが、彼女は一年前の春にも律に会いに来た。

〇桜の見える丘
  桜の季節に決まってやってくる彼女は、きっと花患いなのだろう。その結論に至るのは、難しいことではなかった。

〇桜の見える丘
  花患いは、都内で発見された病の一種である。その症状は無自覚に、最も印象深い知り合いを花見に誘う、という奇妙なものだ。

〇桜の見える丘
  桜の季節を過ぎると我に返り、どうしてあんなことをしたのだろう、と不思議がる。珍しい病だが詳しいことはまだ分かっていない。

〇桜の見える丘
  しかし年々罹患者が増えていることは確かで、律の好きだった彼女もまた、花患いにおかされているようだった。

〇桜の見える丘
  ただ一つ確かなことは、どうやら律は彼女の人生において最も印象深い人だったということだ。それが良い意味ならいいのだけれど。

〇桜の見える丘
  花患いが問題になったのは、対象が患者にとって最も印象深い相手だという点だ。それは必ずしも過去一番好きな人とは限らない。

〇桜の見える丘
  この世で一番苦手な人だったりもする。そのため罹患者が嘆きながら精神科に相談に行き、花患いという病気が表面化したのだ。

〇桜の見える丘
  今年も桜の季節がやってきた。華菜はまた会いに来るのだろうか。

〇桜の見える丘
  そんなことを考えているとテレビから速報が流れてきた。無関心だった花患いのニュースも、最近では熱心に見るようになっていた。

〇桜の見える丘
  花患いとは何なのか。治療法はあるのか、治療できるとしたら、いつからなのか。

〇桜の見える丘
  どうかまだこのままであってほしいと願う自分がいることに気がつきながら、律はテレビに目を向ける。

〇桜の見える丘
アナウンサー「速報です。都内を中心に発症が確認されている花患いについて、研究機関が新たな見解を示しました」

〇桜の見える丘
アナウンサー「今回の研究により、花患いは青い桜の花粉症の一種で、罹るのはAB型の人のみ、ということが分かりました。繰り返します・・・」

〇桜の見える丘
  ニ、三度瞬きをして、一度首を傾げる。それから律は先ほどまで読んでいた交換日記に目を落とした。

〇桜の見える丘
  それと同時に鳴る、携帯電話。着信を告げるのは、登録されていない番号だ。しかしこの番号には見覚えがあった。

〇桜の見える丘
  『も、もしもし? りっくん?』
   華菜です、と少し緊張した声。
  『突然ごめんね』
  「うん、どうしたの」

〇桜の見える丘
  『昔、交換日記してたでしょ? あれって、りっくんが持ってたよね? もう捨てちゃったならいいんだけど』

〇桜の見える丘
  「俺が持ってるよ、今、開こうとしてた」
  『見ちゃだめ!』
   嘘がばれるから? と訊ねると、華菜は困ったような声をあげる。

〇桜の見える丘
  『だって、知らなかったんだもん。花患いになるのはAB型だけって』
  「俺も今知ったよ。というか、日本中の人が今知ったよ」

〇桜の見える丘
  『・・・呆れた?』
  「・・・・・・そうだなぁ。俺も花患いなのかもしれない。華菜と青い桜を見に行きたいからね」

〇桜の見える丘
  まあ俺はO型なんだけど、と笑うと、華菜が笑ってみせた。
  『りっくん、大人になったね。素直になった』

〇桜の見える丘
  「そりゃあ十年も経てばね」
   華菜だって変わったよ。少しズルくなって、綺麗になった。それを言えないところは相変わらずだ。

〇桜の見える丘
  『りっくん』
  「ん?」

〇桜の見える丘
  『会いに行っても、いいかなぁ』
  「もちろん」
   律はありったけの優しい声を返した。

〇桜の見える丘
  「渋谷のスクランブル交差点で会おう」
   人混みの中でも華菜を見つけてみせる。そんな決意と共に、律は笑みをこぼすのだった。

コメント

  • “一番印象に残っている相手”というのが良いなと思いました!
    若きヒロインと彼との甘い交換日記の思い出、花患いという本心を隠せなくなる病。背景のうつろいとともに流れていく想い。二人の関係もゆっくりと進展していくのがまた良いですね。
    もし花患いが完治したとしても、二人はきっと花見に出掛けるんだろうなぁ。

  • 作者様の作品を初めて読ませていただきまして、こういう作風の方なのかと驚いていたんですけど、挑戦的な作品だったのですね。
    小説に背景を付けるとこんな仕上がりになるにかもしれませんね。多分、動画で切れ目なくグラデーションをかけられたらより映えるのかも?
    勉強になりました。

    みなさん書かれてますけど、優しく浸れる雰囲気が良いですね。奇病の設定や内容、技術的にも楽しませていただきました。

  • 読んでいてとても綺麗な話だと思いました。
    また、二人の姿をあえて見せず再会の約束をして締めるのも余韻があってとてもよかったです。

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