クードクラース

イトウアユム

第18話「殺人の覚悟」(脚本)

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〇お化け屋敷
綾瀬静「淡紅子が俺のために・・・」
黛ましろ「――あなたを殺そうとした、の?」
  突然の青紫郎の告白に静とましろは
  問い返す。
篠宮青紫郎「そうさ」
篠宮青紫郎「あの日、僕は淡紅子に呼び出された──」

〇クリニックのロビー
篠宮淡紅子「――私は近いうちに死ぬわ」
篠宮淡紅子「自分でも分かるの・・・ 病気はもう手遅れだって」
篠宮淡紅子「私が死ねば、きっとあなたは良いように 静さんを言いくるめて縛るわ」
篠宮淡紅子「お兄様は・・・ 静さんを支配したいのでしょう?」
篠宮青紫郎「どうして・・・そう思うんだい?」
篠宮淡紅子「だって静さんは、あなたの言いなりに ならない、初めての人ですもの」
篠宮青紫郎「淡紅子・・・『この事』は 静や他の人には相談してないのかい?」
篠宮淡紅子「・・・してないわ。 静さんも含め、周りの人達は全て・・・」
篠宮淡紅子「悔しいけどお兄様の表の顔を 信じているもの」
篠宮淡紅子「――お兄様が殺人鬼だと知らずに」
篠宮淡紅子「そして、殺人鬼だと分かっても・・・」
篠宮淡紅子「篠宮家が裏でもみ消してしまうでしょう? 警察に相談しても同じことだわ」
篠宮淡紅子「でも、この診療所が燃えて、焼け跡から 『証拠』が見つかれば、あなたの罪が 明るみになる」
篠宮淡紅子「だから・・・私はこの診療所に火をつけた」
篠宮淡紅子「あなたを告発するため、殺すために」
篠宮淡紅子「静さんが篠宮家の事も、私の事も全て忘れ ・・・過去に捕らわれず前進できるように」
篠宮淡紅子「――そして、幸せになれるように」

〇お化け屋敷
綾瀬静「――淡紅子は俺の為に・・・ お前を殺そうとしたのか?」
篠宮青紫郎「そうさ。 でも、淡紅子は僕に返り討ちにされ・・・」
篠宮青紫郎「不運にもキミにその場面を見られ、 僕達は刺し違えた」
篠宮青紫郎「けど・・・全て淡紅子の思惑と 裏目に出てしまったよね」
篠宮青紫郎「なにせ、政財界に大きな影響を与えている 篠宮家だ」
篠宮青紫郎「家人から殺人鬼を出すわけにはいかない」
篠宮青紫郎「だから、死んだキミに 僕の全ての罪を被せた」
篠宮青紫郎「・・・淡紅子の勇気は結果として キミに殺人鬼の汚名を着せてしまった」
篠宮青紫郎「ああ、なんて、哀れな妹なんだ!」
綾瀬静「淡紅子は・・・俺なんかのために・・・」
  知ってしまった、兄の裏の殺人鬼の顔。
  それから静を守ろうとし、
  そのために殺された淡紅子。
  静の胸にひとつの思い出がよぎる。

〇レトロ喫茶
篠宮淡紅子「静さんは―― お兄様を信頼しているんですね」
綾瀬静「青紫郎をか? まあ・・・確かに信頼してるかもな」
綾瀬静「『最初から信頼しなければ良い。信頼して  いたから、裏切られたって思うんだ』 ・・・って、昔はそう思ってた」
綾瀬静「でも・・・ あいつは俺のその考えを変えてくれた」
綾瀬静「だから青紫郎みたいな、 信頼出来る奴がいる、って言うのも・・・」
綾瀬静「なかなか悪くないと思ってるんだ」
綾瀬静「もちろん、それに淡紅子も含まれてるぞ」
篠宮淡紅子「・・・静さん、 私と約束してくださいますか?」
篠宮淡紅子「これから先・・・どんな事があっても、 人を信じる事を、やめないって」
篠宮淡紅子「例え・・・ 私やお兄様を信じられなくなっても」
綾瀬静「――どうしたんだ? さっきから急に」
篠宮淡紅子「それは・・・」
篠宮淡紅子「結婚してから理想と違う! と幻滅されたら大変困りますから」
篠宮淡紅子「『淡紅子はもっと大人しいと  思っていたのに!』とか」
篠宮淡紅子「『青紫郎を兄と呼ぶのはどうしても  無理だ!』とか」
篠宮淡紅子「だから先に関白宣言ならぬ、 かかあ天下宣言をしたかったんです」
  茶目っ気たっぷりに微笑む淡紅子に
  静は笑い返す。
綾瀬静「はは、淡紅子になら、 俺はおとなしく尻に敷かれる覚悟だよ」
篠宮淡紅子「ふふ、楽しみにしてますよ」
篠宮淡紅子「約束・・・ですからね、静さん」

〇お化け屋敷
綾瀬静(――多分、淡紅子は・・・ あの頃には青紫郎の凶行に気付いていた)
綾瀬静(だけど、俺には言えなかった。 俺が・・・青紫郎を信用していたから)
綾瀬静(結果、1人で抱え込んで・・・)
綾瀬静(淡紅子・・・俺が、もう少しお前の話に 耳を傾けていたら・・・)
綾瀬静(もっと注意深く 青紫郎に接していたら・・・)
  淡紅子に感じる愛おしさと悲しみ。
  そして、悔恨。
  ぼんやりする静に青紫郎はニヤリと笑い、1枚のカードを取り出そうとする。
  ――しかし。
黛ましろ「――吊るされた男発動 (オープン・ハングドマン)」
  ましろの縄が鞭のようにしなり、
  青紫郎の手からカードを弾く。
黛ましろ「――静、しっかりして」
  青紫郎を睨みつけながら
  傍らの静に注意するましろ。
黛ましろ「月のタロットの意味は不安、憂鬱、誤解 ・・・多分あのカードは精神に関与する 罠カード」
黛ましろ「対象者を動揺させて、精神になんらかの 作用を与える効果を発動するんだと 思う・・・」
篠宮青紫郎「さすがはましろちゃん。 だいぶ鋭い考察だね」
黛ましろ「悲しんでは・・・ダメだよ。 あの人に付けこまれる」
黛ましろ「淡紅子さんの思いが無駄になる」
黛ましろ「淡紅子さんは自分の選択に 後悔なんてしてないと思う」
黛ましろ「それに──」
黛ましろ(・・・私は淡紅子さんの存在に敵わない かも知れない。でも・・・)
黛ましろ「どんなに悔やんでも、過去は取り戻せない」
黛ましろ(淡紅子さんは『過去』)
黛ましろ(静に尽くして役に立てる 『今』の唯一の存在は・・・私)
  ましろは静に視線を移す。
黛ましろ「だから、ちゃんと今を見て・・・ 過去に捕らわれないで・・・私を見て」
綾瀬静「・・・ましろ」
綾瀬静「そうだな・・・ましろの言う通りだ」
綾瀬静「今更悔やんでも、 淡紅子が死んだ事実は覆らない」
綾瀬静「それに・・・俺は今、やり遂げなければならない事がある。悩んでいる暇なんてない」
綾瀬静(自分の選択に後悔しないように―― そしてましろを後悔させないように)
綾瀬静「今は・・・ お前を信じて、お前をまっすぐ見る」
黛ましろ「静・・・」
篠宮青紫郎「あーあ、静の心が持ち直したかぁ。 このカードは対象者の心に揺らぎが無いと使えないんだよね。残念・・・」
  東の空の濃い闇が少しずつ、
  薄くなっていく。

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