エピソード19『ナクル』(脚本)
〇村の眺望
【2034年、イバラキ。『飼葉タタミ』】
深夜、皆が眠ってから藁の寝床を抜け出す。
わたしは広がる星空を前に、大きく息を吐き出した。
胸いっぱいのわたしの前へ、世界はどこまでも大きく広がっていた。広がっていく空は、無限に光を繋げていた。
──生まれて初めてのデート。
胸の高鳴りが抑えられない。何を考えてもドキドキで、何を考えても胸がはち切れそうだ。
緋色「じゃあ、行くか!」
〇店の入口
いたる所が閉まった路上を歩く。
街灯さえも消えた街。それは寂しいけれど、わたしにとっては他のどの都市よりもファッショナブルだ。
カボチャのオブジェがわたしへ笑いかける。箒に乗った魔女のリースが煌めいて、
わたしたちは街を、この世界を笑いながら歩いた。
何もない街を2人手を取り、語り、巡った。
そんなわたしは、デート中に先生に伝えたいことがあった。1つだけどうしてもお願いしたい事があった。
タタミ「ちゅー、して、いい? えと、・・・いや何でもないの!!」
言えない! 言えない! 顔が熱くてすごく苦しい。このままじゃ燃え尽きちゃう!
その時、僅かな街の灯《ひ》を背に先生が腰を屈めてくれた。
・・・・・・息を吸い込む。
爪先立ちわたしは目を閉じた。寝静まった町の片隅で光を背にした彼のおでこに立ち向かう。
「『タタミ』、頑張れ」
思わず目を開ける。先生が笑っていた。わたしは無礼なこのヒトを嗜める為、一番の罰を与える為に、
――『大好き』の、
――『これからもずっと付いていきます』の、
『ちゅー』をした。
〇小さな小屋
【2034年、イバラキ。『ヒト腹 創』】
早朝、朝一番に身を清めた。過ちは決して認められない。許されない。
久方ぶりに白衣へ身を通す。
シワの無いキレイな執刀着だった。
きっと『みれい』が大切に持っていてくれたんだろう。そこには感謝の想いしか無い。
手術のメイン、『緋色』に繋げる生体金属の錬成には、可能な限り火を加えないことで話が進んだ。
型、土台の鋼板の加工、錬成には隣町の金内《かなうち》さんが協力してくれた。
「剛さんの息子の頼みなら!」と彼らは力こぶを見せつける。
鋼を打ち終えるまでに『緋色』の身体を弄らなきゃならない。それを始めるのが手術日決定の翌日、つまりは今日だ。
『緋色』の気が冷める前に決めておきたかった。
間に『黒い宝』の一部を挟むとはいえ、『緋色』が『奈久留』に、『ペスティス』に馴染む必要があった。
その抗体を撃ち込む作業が、今日の肝《きも》だ。
農場校舎に在った無菌室、そこに一部のメンバーを集める。
『緋色』。
執刀担当の『ボク』。
補助に『みれい』と『楽々』。
──『タタミ』は呼ばなかった。
ツクル「はじめます」
宣誓した。『みれい』と『楽々』がボクの隣に着く。
電子メスで『奈久留』の腕を切開。神経を仮型《かりがた》へと詰めていく。マチューとヘガールで肉を肩型《かたがた》へ収める。
麻酔で眠る『緋色』のその肩も切開、鑷子《せっし》とヘガールを用い鋼糸《こうし》で縫いつけていく。
大事な疑似神経を幾つも埋め込み、適所へ繋げていく。『ホーム』から持ち帰った人工筋肉を、その外側へ幾重にも植え付ける。
手術は良好に進んだ。
一番恐れたアレルギー反応が『想定内』で収まった事が大きかった。
手術が始まり1時間と32分。
まな板の上の魚のように跳ね『暴れのたうつ』くらいだ。
『みれい』は涙を零しながら『緋色』の身体を抑え込んだ。『楽々』と2人がかりで、弾き飛ばされながらも抑えつける。
心底『緋色』を好いている『あの子』をこの面子に加えなかったのは正解だった。
2人の涙を見、暴れる『緋色』を抑えつけ、
──計5日が経過した。
金内さんが届けてくれた金型、『黒い宝』を核にした鉤爪を、『奈久留』のモノだった腕へ覆うように被せ、『緋色』に接合する。
〇古民家の蔵
疲弊し寝ていた『緋色』が目を覚ました。疲れ眠った『みれい』と『楽々』を起こさないように穏やかな言葉で彼が話す。
緋色「・・・これが『奈久留』の腕、」
ツクル「ああ、ほとんどが人工筋肉だけどね。けどそれは、間違いなく『奈久留』の腕だよ」
ツクル「そしてこれこそが、お前の新しいチカラ、 『奈久留《ナックル》』を超越したモノ、『ブロウ』だよ」
『ブロウ』は『黒い輝石』を用いる事により、その腕自体に意志を持ち、彼女はその輝石を通して言葉を発した。
(・・・『緋色』?)
緋色「うん。俺だよ、・・・『奈久留』」
『ブロウ』は7年前の『奈久留』以上に煌めいていた。先端の鉤爪の曲線が、美しさと力強さを魅せつける。
緋色「『奈久留』、今更だけど、俺がお前の腕を貰ってもいいかな? 守ってあげたい子が居るんだ。俺にお前のチカラを貸してくれ」
(あたしに名を付けて、『緋色』)
緋色「黒いクマの腕を模した女神、・・・『黒熊《こくゆう》ブロウ』」
在りし日のように彼女がおどける。笑うように、緋色の腕となったモノの核、『黒い輝石』は煌めいた。
(ありゃ、意外にかっこいい名前だ)
緋色「かっこいいだろ。だから、」
(うん。あたし『黒熊《こくゆう》ブロウ』が『緋色』を守るよ! この腕で、圧倒的チカラで)
(このチカラ、・・・砕け散るまで!)
『緋色』に宿った『黒い輝石』は、まるでヒトの子のように、その煌めきから雫を零した。
𝓽𝓸 𝓫𝓮 𝓬𝓸𝓷𝓽𝓲𝓷𝓾𝓮𝓭